少々お話がございます
私が住んでいたテーランド国も、今いるトラッド国も基本的には同じ言語を使っているけれど、微妙に発音やスペルが違う言葉もあるので、始めの二週間は主に言語について勉強した。
あとはアンと一緒に街に行き、流行のブティックが並ぶ大通りや、可愛い小物を取り扱っているお店、美味しいカフェを案内してもらった。馬車から眺める街並みは、街道沿いに花や木が植えられ明るく奇麗で、住み心地良く見える。特に街の真ん中には大きな運河が流れていて、その周りを子供を連れた親子や手を繋いだ老夫婦が散歩している光景が微笑ましかった。
そう、私はとても快適で充実した毎日を過ごしていたのだ。
ある一点を除いては。
「アン、今日はレイモンド様がご帰宅されるのよね」
「はい。オフィーリア様はこの国に来たばかりなのに、二週間も帰って来ないなんて酷すぎます」
「仕方がないわ。お城に初めて勤める人は二週間の研修期間中、寮で過ごすのが規則なのでしょう」
「そうですが……」
「それにここはお城から馬車で三十分以上かかるもの。お昼休憩は一時間と聞いているから、ちょっと帰ってくるなんてできないし」
学園を卒業されたレイモンド様は、ジェイムス様と同じお城の薬学研究室に勤務を始めた。
トラッド国では、お城勤めの男性は文官であろうと、研究者であろうと有事に備え剣の訓練を受けるらしい。それは配属された部署の研修と同時進行で行われるので、始めの二週間は寮で寝起きするのが慣例だとか。
そんなこと私よりも承知なのに、私を思って口を尖らせるアン。
でも、それも今日までのこと。
「今日で研修期間も終わりですし、今夜からはこちらに帰ってこられるのでしょう」
「はい。でも夕食はお城で摂るそうで。……それにしても遅すぎます」
時計の針を見れば十時を指している。
研修最終日には、研修期間中学んだことについてテストや質疑応答もあるので帰りが遅くなると事前に聞いてはいた。だからすでに湯あみも済ませ、今は寝着にガウン姿。
でも、久々に会うのにこれで良いのかと気になって、自分の姿を鏡に映す。
やっぱり着替えようかな、と思っていると扉が叩かれた。
「レイモンド様の馬車が着きました」
トーマスが知らせに来てくれ、私は急いで階段を降りていく。だって早くお伝えしたいことがあるのだもの。
階段下にいたレイモンド様は驚いた顔を見せたあと、嬉しそうに破顔した。
「オフィーリア、出迎えにきてくれたのか。そんなに慌てなくても……」
「お帰りなさいませ、レイモンド様。お話したいことがあるのです!」
気がせいて言葉を被せてしまったことを反省しながら、「お疲れのところ申し訳ないのですが、少しいいですか?」と聞けば、これまた嬉しそうに頷いた。
「どこで話そうか。サロンでいいか?」
「いえ、私の部屋へ来てください」
「オフィーリアの部屋にか? しかしもう遅い時間だ、いくら婚約者といえそれは……」
「いいから来てください。すぐに終わりますから」
半ば強引にレイモンド様の腕を取り、引っ張る様にして二階の自室へと向かう。
傍で控えていたアンにお茶はいらないと伝えると、口に手をあて「あらあら」とニマニマしていたのが気になるけれど、いまはそれどころではないわ。
「どうぞ、お入りになってください」
扉の前で立ち止まったレイモンド様に声をかけ、私はベッドへと向かう。
「あの……オフィーリア。これは僕の勘違いなのだろうか? それとも疲労のせいで起きたまま夢を見ているのだろうか?」
「起きたまま見る夢はないと思うのですが。とにかく、これを見てください」
頬を赤らめどこか上の空のレイモンド様の言葉を聞き流し、私はベッドの横にあるクローゼットの扉を開けた。
そこにはおびただしい数のドレス、ドレス、ドレス。さらに普段着のデイワンピースに鞄に靴。アクセサリーは違う場所にしまっているけれど、そっちもすでにいっぱいだ。
「この二週間毎日のようにドレスやワンピースが、それも何着も送られてくるのですが?」
「ああそれか。城から歩いて十五分ほどのところに幾つか店があってな。昼休みの度にそこへ出向き購入したんだ」
「……お昼ご飯きちんとお召し上がりになられましたか?」
「うっ、それは……」
気まずそうに目線を逸らすところを見ると、食事そっちのけで買いに行かれていたらしい。
「レイモンド様、お心遣いは大変うれしいのですが、物理的にこれ以上、服が入らないので贈り物は結構です」
「それでは、壁をブチ抜いて新しいクローゼットを……」
「いりません!」
ついついはっきりと言ってしまい、しまったと思うももう遅い。
レイモンド様がしょぼんと頭を垂れてしまった。なんでしょう、垂れた耳と尻尾の幻覚が見えたような。
「迷惑だっただろうか」
「そんなことありません。申し訳ありません、つい感情的になってしまいました。贈り物はどれも嬉しいです。上品で、でもちょっとフリルやレースがついている可愛いデザインは私好みです」
「良かった。オフィーリアがいつも着ているデザインを参考にしたんだ」
ほっとしたような笑みに私の心臓がとトクンと跳ねる。かわいい、と男性に思うのは失礼なのかな。でも、やっぱりかわいい。
「私のことよく見てくださっているのですね。ありがとうございます」
「婚約者のことを知りたいと思うのは当然だろう?」
照れつつ感謝を伝えれば、途端声が甘くなったような。
すっと距離を縮められ、そこでやっと気が付いた。
いくら婚約中とはいえ、夜にふたりっきりで部屋にいるなんて。
「あ、あの」
「うん、なんだい?」
「その。ですから、もうドレスは要らないというか……」
急に勢いが萎んだのは自覚している。顔も火照っている気がするし。
「そうか。婚約者に服を選ぶ喜びを知ったところなんだけれど、オフィーリアがそういうなら次の季節まで待つよ」
そういう問題ではないと言いたいけれど、さっき言い過ぎたことを思い出し口を噤むことにした。
「でもあと一着だけ届くからそれは受け取って欲しい」
「はい。もちろんです」
「良かった。来週の夜会に着ていくドレスだからアクセサリーや靴も一式届くよ」
えっ? 夜会ですか?
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隣国での恋敵は自称サバサバ女です。異世界恋敵といえば庇護欲そそる令嬢が多いですが、今回は違うキャラで行きます。是非最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。
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