最終話
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
番外編の割には長くなりましたが、結婚式まで来ました
「こんなところにいたのか、俺の花嫁は」
「レイモンド様も抜け出してきたのですか?」
カートラン侯爵邸の庭に置かれたベンチで月を見ながら酔いを覚ましていると、真っ白なタキシード姿のレイモンド様が現れた。ベンチを占領している白いウェディングドレスの膨らみを押さえて、レイモンド様が座る場所を作ろうにも上手くいかない。
「ちょっとお待ちください。このドレス、ボリュームが凄くて」
「では、こうしよう」
すっと身を屈めたかと思うと、レイモンド様は私の身体の下に手を入れ抱え上げた。そしてそのままベンチに腰を下ろす。当然、私はレイモンド様の膝に乗ったまま。
「あ、あの。これは……」
「他にもこのベンチに二人で座れる案があれば聞くが?」
ちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、空いている手で私の後れ毛を指に絡ませる。
「今日の主役が二人揃って抜けては、お祝いに来てくださった方々に申し訳ないです」
少し首を捻って、披露宴が開かれている会場を見る。煌々とした灯りが漏れ、風が軽快なワルツを運んできた。
結婚式には、レイモンド様のご友人や復縁間近らしいハリストン様、お義父様のお知り合いなど沢山の方が来てくださり、今はカートラン侯爵邸の広い庭の一角に作られた建物でパーティーが行われている。
私達は、数時間前に教会で司祭様の前で誓いを交わし、夫婦となった。お互いの指には真新しい結婚指輪が光っている。
「それに、誰かが探しにきた時、この姿は恥ずかしいです」
「見て見ぬふりをしてくれるさ。それに、わざわざ探すなんて不粋な真似をする人はいないだろう」
膝に座っているので、レイモンド様と私の目線はほぼ同じ。チュ、と額に口付けが落とされた。
「……そ、それにしても」
「それにしても?」
たまらず話題を変えようと口にした言葉を、そんな魂胆はお見通しだとばかりにレイモンド様が繰り返す。少し意地悪く瞳が細められている。
「あ、あの。アゼリアにはびっくりしましたよね!」
「あぁ。確かにあれには驚いた」
クツクツ笑うレイモンド様は、とっても楽しそうだ。
※
花嫁のブーケには意味がある。
渡された人は一年以内に結婚できるというジンクスの一方で、一年以内に結婚できなければ恋は叶わないとも言われているらしい。
ある意味、余計なお世話ね。
だから、結婚予定のある友人がいる場合だけブーケを譲るのだけれど。
アゼリアは、自ら私にブーケを貰いに来たのだ。
もしかしてジェイムス様からプロポーズされたの、と思い聞けば首を振る。
「今から行くの」
「えっ?」
「だって。あの人、いくら待っていても何も言ってくれないのだもの」
口を尖らせる姿はとっても愛らしいけれど、アゼリアは意外と男前な性格なのだ。自分の考えや気持ちはハッキリ口にするし、意思だって強い。
「分かったわ。健闘を祈っている」
「ありがとう。任せて!」
可愛く拳を握る手に、ブーケを手渡す。
隣にいるレイモンド様は、私達のやりとりを目を丸くして見ていた。
と、タイミングよくアゼリアの背後からジェイムス様がやってくる。
「ア、アゼリア。どうしてブーケを持っているんだ」
私から受け取ったブーケを見て、さっと顔色を変えた。
アゼリアはそれに気づかない振りで飄々と答える。
「オフィーリアから頂きました」
「そ、それは。近々結婚するということか?」
声が震えている。あぁ、これはきっと勘違いしているわ。
そっと隣のレイモンド様を見ると、人差し指を唇に当て私を見返してきた。
分かりました、何も言わずに見守れってことですね。
「できればそうしたいと思っています」
「好きな男がいるということか?」
「ええ」
にこりと微笑むアゼリアに対し、ますます青ざめるジェイムス様。
今よ! そこで跪いて「他の男に渡したくない」と叫ぶの!
心の中で最大限の応援を送るのに、ジェイムス様は下を向いたまま。自分の靴先と睨めっこだ。
「そうか。でも、俺は……」
「俺は、なんですか?」
「いや。そうだな、アゼリアが幸せになるならそれが一番だ」
がくり、とレイモンド様が転びそうになった。
そこは、俺が幸せにするから、と言うところでしょう! なに引き下がろうとしているんですか!?
「レイモンド様、なんとか言ってくださいよ」
「そうだな、このままでは……」
と、レイモンド様が見かねて一歩踏み出そうとした時。
アゼリアが少し身を屈め、俯くジェイムス様を下から見上げるように詰め寄る。
「ジェイムス様、私、ブーケを貰ったので一年以内に結婚しなくてはいけません」
「あぁ、そうだな」
「ですので、協力していただけませんか?」
「それは……他の男との仲を取り持って欲しいということ、か?」
「いいえ、私をジェイムス様のお嫁さんにしてください、ということです」
アゼリアは手にしていたブーケを、グイッとジェイムス様の前に突き出す。
それを乙女のように頬を染め、ジェイムス様が受け取る。うん? 受け取る?
「い、いいのか? 俺で」
「ジェイムス様が良いです」
「……」
「ジェイムス様、最後の言葉まで私から言わなくてはいけませんか?」
小悪魔のような微笑みを浮かべるアゼリア。
それに対し、ジェイムス様はキョトンと目を丸くした後、ハッと気が付き跪く。
「アゼリア、愛している。俺と結婚して欲しい」
「はい、私もです」
ジェイムス様はくしゃりと髪をかき上げ立ち上がると、壊れ物を抱くかのようにアゼリアを優しく腕に包んだ。
歓声が沸き上がったのは、言うまでもない。
※
「お義父様とお義母様が、倒れそうなほど驚いていたわね」
「父達だけじゃないよ。周りの皆が目を丸くしていた。それに……」
言葉を区切り、レイモンド様が再びクツクツ笑う。
「なんで兄さんがブーケを手にしているんだ?」
「ふふ、プロポーズされたからよ」
あとでアゼリアに、どうしてジェイムス様にブーケを渡したのかと聞けば、真っ赤な顔をして「緊張のあまり気づいたら渡していた」と言っていた。勇ましいプロポーズをしたのに、そんなところは可愛いのだ。
「披露宴だって、俺達より注目を浴びていた」
「あら、嫉妬ですか?」
「まさか。好都合だ」
ニヤリ、と笑みを深くすると、レイモンド様は私を抱えたまま立ち上がり、歩き始めた。
でも、向かう先は……侯爵邸?
「あの、会場はあちらですよ」
「オフィーリア、俺は一年待ったんだよ」
ヒュッと小さく息を呑む。
おそるおそる顔を見れば、口元は微笑んでいるのに目が笑っていない。
「ですが、いきなりいなくなっては」
「大丈夫。兄さんが上手くやってくれるよ」
ジェイムス様が? 絶対無理だと思いますよ。
「そんなに言うなら、戻ってもいいけれど」
「ええ、いくら何でもご挨拶せずに立ち去るのは……」
「今なら、湯浴みを待つ余裕がギリギリあるんだけどね」
「……」
言葉が出なかったのは、続けて落とされた口づけのせい。首に手を回せば、さらに深く重ねられる。
「愛しているよ、オフィーリア」
「私もです」
月明かりが照らす中、レイモンド様は会場に背を向け歩き出した。
ちょっと早足になっていることを指摘すれば、当然だと返され。
その夜、私は彼の愛の深さに溺れたのだった。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
短編から始まったのに、気づけば50話。
皆様のおかげで書いていて楽しかったです。
今、新作を書いているのですが、8割ほどできてから投稿したいな、と思っています。各話で矛盾が起きないよう丁寧な推敲が必要な感じなので。
書籍化準備中作品でそろそろ情報解禁になりそうなものもあります。そちらは活動報告で随時していきます。このお話も書籍化できればいいなぁ。
本当にここまで読んでくださり、ありがとうございました。




