流行病.4
本日1話目
後半アレハンドロ視点
一ヶ月後、やっと伝染病が落ち着いたと連絡がきた。
「はぁ、これで家に帰れる」
レイモンド様が腕を上に伸ばし、やれやれとばかりに息を吐き出す。始めの数週間は実験室に泊まり込み。そのあとはさすがに身体を壊すと、騎士寮を借り寝床を確保した。とはいえ、睡眠不足と過労は積み重なり、少し痩せたみたい。
「明日は一日中寝てください。料理長が、腕によりをかけ栄養のある食事を作ると言っていました」
「そうするよ。でも、オフィーリアとも一緒にいたいしな」
「レイモンド様が寝ている横で刺繍でもしていましょうか?」
「それはいいが、判断力の鈍った頭で少々自信がないがいいか?」
……何がですか?
とりあえず、微笑みながら首を横に振っておいた。
ジェイムス様、アゼリア、アレハンドロも加わり研究室を片付けていると、ガタリ、と扉が開く。全員が室内にいるのに誰だ、と皆が注目する中現れたのは。
「ハリストン様! お帰りなさい。ご無事で何よりです」
こちらも少し痩せられたように見えるけれど、元気そうだ。
「ただいま。まだ残っている医師もいるが、俺は一足早く帰る許可が出た。あれだけの薬草を作るのは大変だっただろう、ありがとう。今日はもう帰り、休んでくれ。三日間、研究室は閉じる。ジェイムス、責任者代行、ご苦労だった」
「いえ、俺はひたすら特効薬を作っていただけで、責任者らしいことは何もしていません」
「薬師達から、とんでもない量の特効薬が研究室で作られていると聞いた。何かしたか?」
「あぁ。そういえばより効率的な作り方を幾つか試しました。どれが良いかまだ検討中です」
サラリととんでもないことをいうジェイムス様。あの切迫した状況で改良していたなんて。どうりで薬草の減りが早いと思ったわ。
「相変わらずの規格外だな。お前のことだから何かしているな、と思っていたが。休み明けで良いので、その幾つかの方法とやらを教えてくれ」
「分かりました。あと、俺の判断でひとり臨時職員を増やしています」
「うん、それは初耳だな。誰だ?」
荷物を下ろしながら、ハリストン様が首をめぐらしたところで、翠色の瞳がパチリと瞬いた。
「……アレハンドロ、どうしてここにいる。もしかして増えた臨時職員というのはお前のことか?」
「はい」
「そうか。それは嬉しい、ありがとう」
▲▽▲▽▲▽
「そうか。それは嬉しい、ありがとう」
そう言って父は相好を崩すも、すぐに眉間に皺を寄せ神妙な顔を作った。
「ディテーは知っているんだろうな?」
「母さんの許可は取っていません」
「あー、やはりそうか。彼女が賛成するはずないと思ったんだ」
「説得が面倒だったからですよ。医学専門科にいくことは納得したから、頭ごなしに反対はしないと思うけれど、説得に時間がかかりそうだからやめました」
やれやれ、と肩をすくめる父に詰め寄る。
そんなことより、会ったら聞こうと思っていたことがあるんだ。
「手伝っていたのは、俺にもできることがあればと思ったからだけれど、それ以外に父さんに確認したいことがあるんです」
「そうか。それじゃ、あとでゆっくり」
「今聞く。そんな長い話じゃないですから。三年前、父さん達が離婚に至ったのは俺が木から落ちて骨折した時、母さんが研究室に連絡したのに帰って来なかったからですよね。しかも帰ってきたのは何週間もあと。あの時、父さんは王都にいなかったんじゃないです?」
三年前のこの時期。
今回と同じ伝染病が流行り、その特効薬を作りに父は現地に向かい、病に倒れたとオフィーリアは教えてくれた。俺が骨折したという連絡が届いた時、父は生死を彷徨っていたんじゃないか、と思うと、居ても立っても居られなくて少しでも早く聞きたかった。
「……別にそれが理由ではない。お前が気に病む必要はない」
「答えになっていないです。教えてくれないならジェイムス様に聞くから」
父なら誤魔化すだろうと思ったから、わざわざ研究室で話を切り出したんだ。俺の意図を汲み取ったのか、父は艶のない髪をクシャクシャと掻き盛大なため息を吐いた。
「……部下を巻き込むな。そうだよ、あの時俺は病で倒れていた。手紙を読んだのは回復後で、すぐに特効薬の開発に取り掛かる必要があった。でも、返事を書かなかったのも、そもそも現地に行くと伝えなかったのも全て、後から話せばいいだろうという俺の傲慢な気持ちからだ」
オフィーリアの話では、今回の現地行きも突然だったらしい。
だとすると三年前もその可能性はある。
「そのことを母さんにどうして言わないんですか?」
「病になっていたことをか? それとも連絡せず現地に向かったことをか? どっちみち伝えなかったことをディテーは許さないよ。言い訳を重ねるつもりはない」
どうして大人は、潔く達観したフリをして、必死にもがこうとしないのだろう。やってみなきゃ分からないのに。成し遂げようと努力する以前に、しても無駄な言い訳を考え、並べて、冷静で常識っぽい言葉を連ねるんだ。
「復縁が駄目だった時のための言い訳は、事前にいくらでも言えるのに?」
仕事が忙しかった、もともとすれ違いの生活だった、家庭を大事にしなかった。だから言っても無駄だ。どうせそんなことばっかり考えているんだろう。
俺の予想は当たっていたようで、父はうぐっと言葉を呑み込んだ。
「大人のことに口出しするな」
でた、大人の常套句。
「分かりました。俺はそれでいいけれど、母さんに再婚話が上がっているのは知っていますか? なんかまんざらでもなさそうなんだよな~。今日だって、二人で会う約束していたし。あっ、そろそろ相手の男が迎えにくる時間だ」
「ちょっと待て! それは本当か」
「はい、母さんより三つ若いなかなかいい男だよ。面食いだからね、このままトントンと話が進むかも」
ニヤリと笑って見せる。
急に焦り出す父はちょっと滑稽だ。
それこそ、今までぐだぐだしていたつけが回ってきたのだろう。
さてどうするかな、と見ていると、動いたのは女性達だった。
「ハリストン様、行かれたほうが良いのではありませんか?」
「オフィーリアの言う通りです。このままでは後悔しますよ!! ほら、早く」
床に置いた荷物を強引に持たせ、さらには背中を押して扉へと向かわせる。
「で、でも」
「大切なものを大事にできないと、年老いたとき手元に何も残っていませんよ!?」
最後は二人揃って、どんと突き飛ばすかのように押し出し扉を閉めた。
女性って凄い。
ぱたんと扉が閉まり、間の抜けたような静寂が横たわたる。
「……で、アレハンドロ。再婚話はどこまでが本当なの?」
くるりと振り返ったオフィーリアが、今度は俺に詰め寄ってきた。
「そういう話があるのは本当だよ。実は今日初めて会うけれど、母はあまり乗り気じゃない。母も父が反省して、生活や考えを改めたことは知っているからね。でも、あの人も素直じゃないし。全く、いい大人が。子供の苦労も分かって欲しいものだよ」
とにかく、俺がすべきことはした。
と、ここで相談なんだけれど。
「俺、今晩家に帰ってもいいのかな? そこは気を遣うべき? だとしたらオフィーリア泊めてくれないかな」
ゴツン、と大きな拳が二つ落ちて来た。
痛いな。大人げないぞ。
ラスト二話。
次は初のアゼリア視点




