夜会.1
朝から湯に入り、今までで一番張り切っているアンに着飾って貰った私は、真っ赤なドレスに身を包みレイモンド様の手を借り馬車から降りる。
今宵、王城で開かれるのは社交シーズンを告げる夜会。
半年前に開かれた夜会の数倍の参加者がいて、その人数に圧倒されてしまう。
「こんなに人が多いなんて思いませんでした。アゼリアを見つけられるかしら?」
「以前開かれた夜会は新人の歓迎式のようなものだからね。謂わば、城勤めの人間の内輪のパーティだったが、今日はほぼ全ての貴族が招かれている」
馬車は違えど一緒に来た義父達は、数ヶ月ぶりに会うご友人を見つけすでに人混みに紛れどこにいるか分からない。
ジェイムス様はアゼリアを迎えに行ったので、そろそろ着く頃かと思うのだけれど。
広い会場でピンク色のドレスを探していると、会場が「わっ」っとどよめき立った。
国王陛下ならファンファーレのトランペットが鳴るはずだけれど、音は聞こえない。
どうしたのかと思いつつメイン扉を振り返ると、真っ白な正装やドレスに身を包んだデビュタントのご子息、ご令嬢達が一斉に入場してきた。
彼、彼女達の社交界デビューを祝してあちこちで拍手が沸き起こる。
「初々しいですね。パートナーと入場するとばかり思っていましたが、お一人の方もいらっしゃるのですね」
「この年齢で、婚約者がいる者は少ないからな」
デビュタントの年齢は貴族学園入学の年齢と同じ。
パートナーがいるのは三分の二ほどね、と見ていてあることに気が付いた。
「お一人で入場してくるのはご令息ばかりですね」
「このあと、ダンスがあるからね。どこの馬の骨か分からない男とファーストダンスを踊らせないよう、婚約者もしくは兄弟や従兄がエスコートをする」
「ではご令息はどうするのですか?」
「現地調達。紳士たるもの、夜会で女性をダンスに誘うぐらいできなくてはな」
「それはいきなり試練ですね。レイモンド様はどうされたのですか?」
「従姉に頼んだ。一人で行った兄から、どうしていいか分からずオロオロしていたら、年配の婦人に助けられたと聞いて、始めから知り合いに頼むことにした」
おそらく美少年だったレイモンド様を一人で行かすことは、義父様達も躊躇われたのでしょう。
デビュタントと言っても国によっていろいろなのね、と見ていると、専門科の授業で見かける顔もちらほら。
「オフィーリアにしてみれば、同級生もいるんじゃないか」
「そうですね。知っている方もいますけれど、まだ仲良くはなれていなくて」
「オフィーリアがか? 人見知りをするようには見えないが」
意外そうな顔のレイモンド様の言葉に、誤魔化すような笑みを返す。
確かに私は人見知りをしないけれど、他の生徒に一線置かれているので中々会話をする機会がない。
そもそも専門科の授業しか受けていない上に、年上で成績上位、お城の薬学研究室を手伝っているとなれば、話しかけにくいのも理解できる。
こちらから話せば答えてくれるし、挨拶をしてくれる人もいるのだけれど、どこかよそよそしさを感じるのは仕方ないと諦めている。
「一人だけ仲良くなった人がいます」
「それは良かった。この会場に来ているんだろう、どのご令嬢だ?」
「えっ……ご令嬢では……」
言いかけハッと気づくも、遅い。
レイモンド様のこめかみがピクリと動いたのを目の端で捉え、慌てて誤魔化そうとするも言葉が出てこない。
「オフィーリア」
何かを察したように笑みを深くするレイモンド様。
腰に回した手に力が込められ引き寄せられる。
と、タイミングよくトランペットの音が響いた。国王陛下のご入場だ。
悔しそうにレイモンド様は私の腰から手を離し、その手を胸にあて紳士の礼をする。
私もカーテシーをし、お出迎えの姿勢を示した。
国王陛下は玉座の前まで行くと貴族達にねぎらう言葉をかけ、次にデビュタント達にお祝いの言葉を述べられた。暫く粛々とした雰囲気と言葉が続いたところで、最後に声の口調が明るくなる。
「では、恒例だが初々しいダンスを見せて貰おう。パートナーがいない者は声をかけ、かけられた者は是非応じてやってくれ」
その言葉に白い正装のご令息達が動き始める。あちこちでぎこちない誘いが交わされる中、会場の端で「わっ」と声が上がった。跪いたご令息の前には頬を真っ赤に染めたご令嬢。どうやら、このタイミングでプロポーズした強者もいるようね。
「これは見ていて楽しいですね」
「やる方は気が重いぞ」
うんざりだと眉根を寄せる姿に、思わず笑ってしまう。
そうしているうちに、あちこちでペアができていった。
「オフィーリア」
ふいに声をかけられ振り向くと、普段はさらりと降ろしている前髪を後ろに撫でつけ額を出したアレハンドロがいる。
ちょっと待って。この展開はまずいのでは。
焦る私の気持ちなんて知る由もなく、アレハンドロは胸に手を当て、もう片方の手で私の左手を掬い上げた。
「どうか、僕の初めてのダンスパートナーになっていただけませんか」
「あっ、ええと。その……」
しどろもどろになりながら隣のレイモンド様を見上げれば、人を殺しかねない視線でアレハンドロを睨んでいる。にも拘わらず、アレハンドロは引く気はないようで。
「お願いだから、デビューの場で恥をかかせないでくれよ」
「でも……」
「王命だよ?」
「……そ、そうね。分かったわ、でもちょっと待って」
私は首を片側に傾け軽く膝を折る。
「お受けする」の意思表示をするとすぐに隣のレイモンド様に視線を移す。
「彼は私と同じ医学専門科を受講しているアレハンドロ。アレハンドロ、私の婚約者のレイモンド・カートラン侯爵子息よ」
「初めまして。婚約者のいる方を誘って申し訳ないのですが、僕のデビュタント祝いと思い、一曲オフィーリアをお借りします」
「オフィーリア?」
親し気な呼び方に眉間をピクリとさせる。あぁ、これはあとで随分フォローが必要ね。
とはいえ、国王様も誘われたら踊るように仰っていた。そう、いわばこれは王の命令よ。
そう心の中で言い訳をし、私は不機嫌なレイモンド様を残してアレハンドロと広間の真ん中に向かった。
ちょっと投稿ペースを上げれそうです!