ドレス選び(ジェイムス視点)
「なんて可憐なんだ。彼女は本当は妖精なんじゃないだろうか」
ドレスの試着を終えたアゼリアに俺が目を奪われていると、レイモンドが肘で脇腹をつついてきた。
「兄さん、口が開いている。気持ちは分かるけれど、涎が垂れる前に閉じよう。それから心の声が駄々洩れですよ」
慌てて口元を拭う俺を、胡乱な目つきでレイモンドが見上げてくる。
背だけひょろっと高い俺に対し、レイモンドは数センチ低いが体格はしっかりしている。
研修中、俺が何度も吐いた騎士訓練も平然とこなした上に、騎士団からスカウトされたと聞いた時は、天はこいつにいくつ才能を与えれば気が済むのかと恨めしく思った。
顔だけで充分だろう、顔だけで。
社交シーズンは、城で開かれる夜会から始まる。普段は参加しないが、レイモンドとオフィーリアの後押しでアゼリアを誘った。「四人で行かないか」と言った俺に対し、レイモンドは「そうじゃない」と頭を抱えていたが。
その弟は、俺でも見惚れる顔に、皇子様かと突っ込みたくなるような笑みを浮かべ、オフィーリアの耳元で何かを囁いた。途端、オフィーリアが着ている真っ赤なドレスにも負けないほど頬を赤らめる。何をしゃべったらあんな反応を返してもらえるんだろう?
アゼリアは、鏡の前で俺の贈ったピンク色のドレスを軽く摘まみスカートを揺らしている。ふわりと広がる柔らかな生地が彼女によく似合っていた。
本当なら俺の瞳と同じ赤いドレスを贈りたかったけれど、それは叶わなかった。薔薇のプロポーズ作戦が失敗してしまったからだ。
薔薇の花を百日間枯らさず咲かせ続ける薬を完成させる前に、薔薇の季節が終わってしまうとは、俺としたことが計算外だった。
オフィーリアからは、そういう問題ではないと言われたが、では一体何が問題だったのか。
「ジェイムス様、本当にこちらのドレスを頂いてもいいのでしょうか」
「もちろんだ、アゼリアには日頃助けられているからな」
「でも、こんな高価なもの……」
遠慮するアゼリアが可愛い。
こんな時、一体何と言えばいいのだろうか。と、悩み過ぎて気づけばまた勝手に独り言が零れていた。
「いいんだ。俺が贈りたかっただけだから」
「!!」
うん? 俺は今何を言ったのだろう。
「……そんなこと男性に言われたの初めてですわ」
アゼリアが真っ赤になって頬に手を当てている。
レイモンドは呆れ、オフィーリアはニマニマと笑っているが、いったいどうしたというのだ。
「無意識っていうのが凄いな」
「レイモンド、俺はなんて言ったんだ?」
「そう言われても。……なんか面白そうですし、ちょっとオフィーリアと相談するよ」
この顔は何かを企んでいるときの顔だ。子供の時によく見た。
「兄さん、俺達はこのあとガートンの店のプレオープンに顔を出すから、忘れずに靴と宝石も贈るんですよ」
「分かっている……って、ここから先は俺とアゼリア、二人だけなのか?」
「そうですよ。だって俺はオフィーリアと二人がいいから」
気を遣ってくれているのだろうか。いや、オフィーリアに向ける甘ったるい笑みを見れば、俺達が邪魔なだけなのだろう。
靴と宝石か。何が良いのか全く分からない。
靴はこの店に置いてあるので店員に任せればよいが、宝石はどうしよう。
母上がよく行く宝石店が大通り沿いにあるがそこにするか。
と、思っていると、オフィーリアがすっと俺に近付いてきた。
「ジェイムス様、まさかと思いますが、宝石をカートラン侯爵家御用達で一式揃えようとなさっていませんか」
「そのつもりだが、何か問題があるのか?」
「あります。あそこの宝石の値段は、職場の先輩が贈るものではありません」
「質はいいと聞く」
「それは知っていますし、店員の方も親切です。でも、ものには相応、相場というものがあります」
オフィーリアはそういうと店員を呼び止め、ペンと紙を持ってくるように頼んだ。渡された紙にさらさらと文字を書く。
「私は王都に詳しくありませんが、アゼリアは住んでいたことがあるので私より知っています。彼女のお気に入りの宝石店を書きましたので、こちらに行ってください。恐らくこのお店なら一番高い物を選んでも、侯爵家というお家柄を思えば……」
そこまで言うと、オフィーリアは後ろを振り返り、レイモンドと話しているアゼリアを見る。
「先程の反応から言って、大丈夫です!」
「そうか。分かった。いろいろと助かる」
「いえ、私のためでもありますから。アゼリアと私の将来はジェイムス様にかかっています、頑張ってください!」
うん? と眉根を寄せればオフィーリアは励ますかのように拳を握った。
なんだか、俺一人だけいろいろなことから取り残されているように思うのは、気のせいだろうか。
一度ジェイムス視点書きたかったんです。
本編中に書くと横道それそうでできなかったから番外編で実現しました。
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