侯爵夫妻と初対面.2
無事、結婚式の延長を承諾して頂きほっとしたのも束の間。
侯爵夫妻は、私がまだ婚約指輪を貰っていないことを知ると、贔屓にしている宝石屋に急ぎ手紙を書いた。
レイモンド様曰く、結婚式の日程が正式に決まったら用意するつもりだったとのこと。
でも、私の我儘のせいで結婚式はまだ先。もうすぐ社交シーズンも始まるので、それに間に合うよう用意した方が良いということになった。
「こんなに可愛い娘ですもの、虫よけの一つや二つは必要だわ。オフィーリアちゃん、私のことは侯爵夫人でなく義母さんと呼んでくれるかしら」
「はい、義父様、義母様」
「おお、息子から言われるのとは一味も二味も違う」
「そうね、何時の間にか大きくなって野太い声になってしまって。こんな可愛らしい声で呼ばれると気分が違うわ」
すっかり歓迎モードに、私は苦笑いしつつもホッと肩の力を抜く。
良かった、どうやら結婚式延期は承諾してくださるらしい。
トーマスが来て馬車の用意ができたことを告げると、レイモンド様はやれやれと眉間に皺を残しつつ私の手を取りそそくさと部屋を出た。すっかり義母のペースに飲まれお疲れのご様子。
「優しそうなご両親でほっとしました」
「俺は疲れたよ。オフィーリアを歓迎するとは思っていたけど、俺に対する扱い、酷くないか。いったい今までどう思われていたのか」
「……悪かったな」
ぼそりと呟くレイモンド様。これ以上ここにいては何を言われるか分からないと、ゆっくりお茶をする間もなく私は馬車に乗せられ、カートラン侯爵家御用達の宝石店へと向かった。
その宝石店は、王都の大通りにひと際目立つ大きさで、でん、とした構えで立っていた。
白亜のお城を小さくしたようなデザインで、柱ひとつひとつにまで彫り物がされている。
二階部分は、商品をゆっくり見るための個室と、取引先との交渉に使われる客間になっているらしい。
私達は一階の宝石が並ぶケースを素通りして、二階の個室へと案内された。
従業員らしき方が紅茶を持って来てくれ、暫くすると支配人自らが個室を訪れた。
「レイモンド様、この度はご婚約おめでとうございます。侯爵様より先触れを頂きましたので、すでに宝石は見繕っております。もしお気に召すものがなければご要望を仰ってください。すぐにお持ちいたします」
黒いビロード生地が貼られる箱の中に並ぶは、宝石の原石。どうやらここから選んで作ってくれるらしい。さすが侯爵様。
「オフィーリア、どうだい? 気になる宝石はあるか?」
箱は二つ。一つは主にダイヤモンドでもう一つはレイモンド様の瞳と同じ赤い石が幾つも並んでいる。
「この赤い石は全部ルビーですか?」
「いいえ、端から、ルビー、マラヤ・ガーネット、レッドスピネル、レッド・ベリルとなります」
人並みには宝石の名前を知っている私だけれど、赤い宝石がこんなに沢山あるなんて。そしてどこにもお値段は書いていない。
渡された手袋を付け一つ一つを手に取り眺めると、同じ赤色でも微妙に色が違う。
「お恥ずかしながら、赤い宝石なんてルビーしか知りませんでした」
「オフィーリア様、それは当然のことでございます。特にこちらのレッドスピネルはつい最近までルビーと混同され認識されていたのです」
「違う種類の宝石と間違われていたということですか?」
まさか、そんなことがと思い聞き返すと、眉を下げながら支配人が頷いた。
「この仕事に携わりながらお恥ずかしいことですが、同じ鉱床から産出されることもありつい最近までレッドスピネルと認識されていなかったのです。とある国で「ティモール・ルビー」と呼ばれている有名な宝石があるのですが、実はそれがルビーではなくレッドスピネルだと最近になり分かりました。ルビーより産出量が少なく知名度は高くありませんが、赤い宝石の中では最も美しいとされています」
スピネルは一般的に高価な宝石ではない。どちらかというとお手頃で私も一つ持っている。
でも、それとはまったく、色の深みも輝きも違う。特にこの深い赤色は、レイモンド様の瞳とよく似ていた。
「本来なら、スピネルは侯爵様の婚約指輪に相応しいとは言えない宝石ですが、上質なレッドスピネルはその稀少性からルビーを超える価値があります。ここまで大粒で上質なものは私も初めて見ます。ただ宝石言葉としては『自信に満ちた好奇心・探究心。自己の目的を達成する』なので、少々婚約指輪らしくありませんが」
「……正直な方ですね」
「はい、隠し事なく私の知っていることはなんでもお話いたします。その上でお決めください」
なんだかカートラン侯爵家がここを贔屓にしている意味が分かった気がする。
どうしようかと隣を見ると、私の手のひらにある宝石とそっくりの瞳が柔らかく微笑まれた。
「俺はオフィーリアにぴったりの石言葉だと思うよ」
「真実の愛とか、永遠の愛の石言葉の方が良いのではありませんか?」
「これでも研究者なので、正直宝石で縁起を担ごうなんて思っていない。オフィーリアらしい宝石言葉だとは思うけれどね」
「私はこの色がレイモンド様らしいと思いました」
ルビーよりも深い赤色。覗き込んでいるとその美しさに吸い込まれるような錯覚に陥る。
「ではこれにしよう。台座は何がいいかな。ゴールド、白金?」
「ゴールドにします。レイモンド様の髪と同じ色ですから」
迷わず答えれば、目も大きくしたあと蕩けるような笑みを浮かべられた。
「そうか、ではそうしよう」
「宝石の赤色が際立つように、台座はあまり目立たずリングは少し細めがいいです」
「うん、オフィーリアの指にはその方が似合いそうだ」
「畏まりました。五日以内にデザイン画を幾つか届けさせますので、そちらからお選びください。社交シーズン開催を告げる王城の夜会まであと一ヶ月。それに間に合わせますので申し訳ございませんが、できるだけ早くデザインを決めて頂けると助かります」
支配人はそういうと、幾つかのデザイン画を見せてくれた。このお店では三人のデザイナーを抱えていてそれぞれ特徴や得意分野があるらしい、三人のうちからイメージに近い作品を多く作っているデザイナーを一人選ぶと、至急彼に連絡してオリジナルのデザイン画を作成してくれるよう頼んでくれた。仕事が早く的確だから安心できるわ、と思っていると。
「それから、夜会のドレスはもう決められましたか? おそらく赤色でございましょう。宜しければ、ネックレスやイヤリングを幾つかご用意しております。まだ時間はおありですよね?」
なるほど、流石だわ。
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次回は初のジェイムス視点!




