侯爵夫妻と初対面.1
学園生活が始まって二か月。
季節は初夏。
本来なら柔らかな日差しのもと読書や刺繍を楽しみたいのだけれど、私は朝からずっと鏡の前で睨めっこだ。
ベッドの上には何着もの服が無造作に置かれ、鏡越しに見るアンは困ったように眉を下げている。
「そんなに気にされなくても、ご主人様も奥様もお優しい方ですから」
「でも、私の勝手で結婚式を延期してしまったのですから、きちんと謝らなくてはいけないわ。謝罪の意味も込めて少し暗い色のデイワンピースがいいかしら。でも初めてお会いするのだから、明るい色の方が好印象よね。赤は……あからさまにレイモンド様の色なので今日は止めておきましょう」
社交シーズン間近となり、カートラン侯爵ご夫妻が領地から王都へ来られると知ったのが昨日。
ご夫妻はもっと早くにジェイムス様にお伝えになっていたそうだけれど、うっかり忘れていたとのこと。未来のお兄様に対し失礼を承知で申しますが、このポンコツ!
そのせいで、私は昨日から謝罪の言葉を考え、今朝はずっと鏡の前でこの状態だ。
下着姿のまま、時は刻一刻と近づく。
「でしたら、グリーン地に白いレースが美しいこのデイワンピースはいかがですか? 新緑の季節にぴったりで清廉な雰囲気が初対面に相応しいかと存じます」
アンが手にしたワンピースは、入学祝いにレイモンド様が買ってくださったもの。襟の繊細なレース編みが上品で、華やかだけれど派手ではない。
「素敵よ! アン。それにするわ」
「はい。では髪はハーフアップにして……そうですわ、庭に咲いている生花で飾りましょう。宝石より可憐に仕上がります」
「是非そうして。さすがね」
やっと決まったことにほっとしたアンは、手早く私を飾り立ててくれる。
廊下に顔を出し、通りかかったメイドに庭に咲いているハナミズキの枝を一本切ってくるように頼んでくれた。
髪を結い上げて貰いながら昼食のサンドイッチを摘まみ、ぎりぎりで支度を終えた私は、到着予定時間の少し前にエントランスに向かった。
そこにはすでにレイモンド様がいて、階段上に私の姿を見つけると、わざわざ上がってきて手を貸してくれた。
「緊張します。私どこか変ではありませんか」
「いつもと同じ、可愛いよ」
「侯爵様は結婚を伸ばしたことを怒っていらっしゃるでしょうか」
「それについては手紙で知らせている。返事には会ってから話すとしか書いていなかったがきっと大丈夫だ」
それは大丈夫ではないと思うのですが。
子爵家の私が侯爵家に嫁ぐこと自体、分不相応なのに。さらにこの我儘とくれば叱責されても仕方ない。
階段を降りたところで急に気が重くなり、俯いてはぁとため息を吐けば、腰に手が回り引き寄せられる。
とん、と見た目より厚い胸板におでこが付くと同時に、旋毛にキスが落とされた。
「心配ないから、ね」
「はい」
甘いけれどもしっかりとした口調を心強く思い顔をあげれば、今度は額にキスが落とされた。
と、その時勢いよく扉の開く音が。
何事かと振り返ると、逆光を背に仁王立ちの女性のシルエットが。
「レイモンド! 結婚式延期とはどういうことなの」
スカートを摘まみ早足でレイモンド様に詰め寄ってきたブロンドの髪の女性は、翡翠色の瞳でキッとレイモンド様を見上げた。その後ろから来る男性は、髪や瞳の色だけでなく顔立ちまでジェイムス様によく似ている。
「母上、手紙でもお伝えしましたが……」
「手紙では埒が明かないと思ったから、会って話そうと思ったんだ。お前いったい何をしたんだ」
「父上、ちょっと落ち着いてください!!」
たじたじのレイモンド様に二人の勢いはさらに増す。
「結婚前のご令嬢にいったい何をしているの? 私に似て顔立ちは悪くないというのに、嫌われるなんて」
「何もしていません! それに嫌われたなんて……そんなことない、よな? オフィーリア」
「もちろん、嫌ってなんておりません」
急にトーンダウンした口調で不安そうに私を見るレイモンド様に、頭を振って否定する。つられるように侯爵夫妻の視線も私へと向けられた。
「結婚の延期は私の我儘です。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。オフィーリア・ダンバーでございます」
カーテシーで挨拶をすれば、二人とも多少落ち着きを取り戻されたようで。
それでも不安そうな表情で、夫人が私へと一歩近寄る。
「それは、やはりレイモンドに落ち度があったからかしら? この子は人の心の機微に少々疎いし、令嬢を避けていた節があるので気の利いた言葉一つ出てこないでしょう」
「いえ、そんなことはありません。レイモンド様にはとても良くして頂いております。結婚式延期の理由は、私が再び学園に通いたいと言ったからなのです」
胸の前で手を振り否定すれば、夫人は少しほっとしつつもまだ何かを探るような目でこちらを見てくる。その視線に気づかれたのでしょう、侯爵様がおそるおそると私に問いかけた。
「それは、本当に学びたいと思ったからなのか? もしかしてレイモンドに不満があってそれで……」
「違います。薬草の知識はレイモンド様から教えて頂きある程度身に付きましたが、正式に学び単位を取得しなければ試験を受けることができません。私は補佐官として、レイモンド様をお支えできればと思っております」
「まぁ、ではレイモンドを支えるために補佐官になると言ってくれるの。あなた、こんな素敵な方が私達の娘になってくれるなんて」
「そうだな。それならば結婚式の延期ぐらい大したことない。儂達も陰ながら応援させてもらおう」
ほっとしたように肩の力を抜かれるお二人。
同時にレイモンド様の「はぁ」という大きなため息も頭上から聞こえてきた。
いつか出そうと思っていたこの二人。
本編ではとうとう登場機会がなかったので、番外編にて初登場。親不在のまま結婚させるわけには行かないので…。
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