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卒業パーティ.2

四話まで短編と同じ内容です


 は? っと私達は顔を見合わせる。頭の中が「?」でいっぱいだ。混乱しているとディオ様に強引に腕を引っ張られた。よろめく私を後ろからレイモンド様が支えてくれ、ディオ様の腕を引きはがす。


「乱暴はよせ!」

「なんだと、人の婚約者に手を出しておいて。お前こそ手を離せ」


 一触即発の空気が流れる中、鈴のようなか細い声が間に入った。


「ちょっと待って、ディオ。あなた何か勘違いしていない? オフィーリアとあなたの婚約はひと月も前に破棄されているじゃない」

「なんだと? どういうことなんだ」

「どういうことって……。ファーナンド伯父様から書類が届いたでしょう? お母様は事前に内容を聞いていたから、あなたに『しっかりと書類を読むように』と仰っていたわ」

「まさか、あの分厚い手紙は……」


 どんどん顔色が悪くなっていくいくディオ様。もしかしてよく読みもせずサインをしたとか? まさかだけれど、今婚約破棄を知ったなんてこと、ないわよね。


「アゼリアの言うとおり、私達の婚約はひと月前に破棄したわ」

「そんな勝手なことを!! 婚約破棄なんて正当な理由がなければできないだろう。確かに俺はオフィーリアより病弱なアゼリアを優先していたが、浮気をしていたわけではない。それが理由で婚約破棄なんてありえないだろう」

「ええ、その理由ではあり得ないわ」

「だったら……!」

「理由は貴方のせいで私が死にかけたことよ」

「えっ? ……死にかけ、だと」


 思い当たる節がないと言わんばかりに、怪訝そうな表情を浮かべるその姿こそ、婚約破棄の理由だと言ってやりたい。


「オフィーリア、その件については私からも改めて謝罪させて。知らなかったとはいえ、酷いことをしていたわ」

「いいのよ、それにアゼリアは食べたいお菓子を侍女に話しただけで、買ってきたのはディオ様なのだから、あなたは悪くないわ」

「おい、いったい何の話をしているのだ。菓子が関係あるのか? だが俺は決して毒など盛っていない!」

「さすがにそんなことしないと思っているわ。それに、一緒に食べたサーラも他の使用人も皆美味しかったと言っていたもの。でも、そうね、あのお菓子は私には毒だったと言えるかもしれない」

「だから俺は毒など……」

「婚約が決まった時、私伝えたはずよ。アレルギーがあって卵は食べられないって」

「えっ?」


 意表を突かれたような顔をしているけれど、きちんと伝えたわよ。クッキーは卵が入っていないものしか食べられないし、プディングは絶対に無理。ゼリーは大好きだって。婚約当初は覚えていたのに、アゼリアに会った頃から記憶が曖昧になったのかしら。


「誕生日の翌日、私が体調を崩したのは、あなたがくれたフォンダンショコラを食べたからよ。珍しいものだし、見た目がチョコレートに似ていたから、卵を使っているなんて思わなかった。それでもいつもなら確認して口にするのだけれど、腹が立ってつい勢いで食べてしまったの。そのせいで、激しい蕁麻疹に加え喉が腫れて呼吸ができなくて、一晩中生死を彷徨ったわ」


 夜通し私に付きっ切りだったお医者様が帰ってすぐに現れたディオ様は、私にいたわりの言葉なんて一度も掛けなかった。それどころか悪態をついて帰っていった。

 アゼリアは私の卵アレルギーを初めて知って、申し訳ないと辛い体調でわざわざ謝罪しに来てくれたというのに。


「婚約者を死の危険に晒したのだもの、婚約破棄の充分な理由になるわ。お父様もお怒りになっていたし、ファーナンド伯爵も申し訳ないと謝ってくださった。それでも、家同士の関係を考え、すぐに婚約破棄にならなかったけれど、あなたの私への態度を腹に据えかねたお父様がファーナンド伯爵に会いに行って、婚約破棄を決めてこられたの」


「アゼリア、一緒に暮らしていながらどうして俺に教えてくれなかったのだ」

「だって、まさか知らなかったと思わなかったのですもの。婚約破棄を話題にしないのは触れて欲しくないからだと思って、そっとしておいたの。……それから、今お話しすべきか分かりませんが、病弱な私をディオが優先しすぎることを母はずっと気にしていて、良く効く薬も手に入ったので近々私達は邸を出ます」

「なんだって! 出てどこに行くというんだ」

「隣国へ戻るのです。あちらには父方の親類もいますし、使っていない邸を貸してくれるそうです。それに、薬は隣国のものですから、そちらの方が手に入りやすいですし」


 私がアゼリアに勧めた薬を作ったのは隣国で薬の研究をしているレイモンド様のお兄様。代々薬師の家系で、レイモンド様は勉強のために一年間留学生として来られている。


 ずっとアゼリアの病気を治したいと思っていた私は、自国だけではなく隣国で開発された新しい薬の情報も集めていた。三か月前、隣国で発明された新薬を作ったのが、学園に留学に来ているレイモンド様のお兄様だと知って、友人に紹介してもらったのだ。レイモンド様は症状を聞いて、効果がありそうだとすぐに掛け合ってくれたけれど、それでも薬が届くのに二ヶ月かかってしまった。

 

 手元に薬が届いたのはちょうど婚約破棄を考えていた頃。

 邸まで届けに来てくれたレイモンド様と話した父は彼をえらく気に入ったようで。そこからは私の知らないところで話がどんどん進み、婚約破棄と同時に新たな婚約が決められた。何をそんなに気に入ったのかと聞けば、レイモンド様の私を見る眼差しだと答えられ、首を傾げてしまったけれど。


 アゼリアのことを相談する私に、親切丁寧に薬のことを教えてくれたレイモンド様には人として好感を持っていたし、何より一目ぼれだと熱心にアプローチされ、勢いに流され気づけは頷いてしまっていた。


 学園を卒業後はレイモンド様について隣国に行くつもりだ。知らない国は心細いけれど、アゼリアもいると思えばやっていける気がする。


「それなら、俺は……」


 呆然とするディオ様だけれど、私としては掛ける言葉はないわ。だってすでに終わった話ですもの。

 でもアゼリアは違ったようで、丸い目を眇めるとディオ様に詰め寄った。


「前から思っていたのですが、ディオ様はどうして私を婚約者のオフィーリアより優先したのですか。私はそんなこと一度も頼んでいません」

「それは、だって。身体が弱いのだから心配するのはあたり前だろう」

「本当にそれだけですか? 私には身体の弱い少女を見舞うことで、自己肯定していたように思えました。自分が居なきゃ駄目だと感じることで、自信を得ていたのではないですか?」

「それは……確かにそのようなことはあるかもしれないが、アゼリアが病弱なのは事実だ」

「はい、ですが病弱だから、学校に行けないからといって同情はしてほしくないです。オフィーリアはいつも私に対等に接してくれました。刺繍を褒めてくれ、本の感想を伝えあいました。ディオ様には感謝していますが、向けられていた憐みの瞳は嫌でした」


 キッと睨むアゼリアを見ながら、やっぱり素敵な女性だと思う。病床で学園の課題をこなし無事卒業するのは並大抵のことではない。私は彼女の友人であることが誇らしくなった。


「オフィーリア、私あなたに会えてすごく幸せよ」

「それは私の台詞よ」


 ふふふ、と笑う私達の前でディオ様は愕然としている。

 その姿を見て、私はあることを思い出しアゼリアの耳に口を近づけた。


「ところで、今回の失態を激怒したファーナンド伯爵が、次男に伯爵家を継がせるって決めた話、彼は知っているのかしら」

「それは知っているでしょう。だって婚約破棄の書類と一緒にその書類も入っていたと聞いたわ。ディオは二か所にサインしたはずよ」

「でも、彼はそれが婚約破棄の書類だって知らなかったんだよな。だったら、弟が継ぐ話も知らないんじゃないか?」


 レイモンド様の言葉に私達は顔を見合わせる。

 でも、がっくりと肩を落とすディオをこれ以上突き落とすのは気が引けるので、ここで話すのは止めておくことに。後で誰かが教えるでしょう。少なくとも、もう婚約者ではない私には関係ないわ。


「ところで」


 と甘い声に変わったレイモンド様の手が腰に回り、くるりと半回転させられ向き合う形になった。


「あまりアゼリアさんと仲良くされると、嫉妬してしまうな」

「ア、アゼリアは女性よ?」

「でも、オフィーリアの一番は僕でいたいんだ。これは婚約者として当たり前の気持ちなのか、重いのかどっちなのだろう」

「さ、さあ」


 どんどん近づいてくる奇麗な顔に私の鼓動が早くなる。助けて、とアゼリアに手を伸ばしたのに、彼女は手を振りながら立ち去ってしまった。あぁ、あんなにスタスタ歩けるほど回復して、と思うも今はそれどころじゃない。


「レイモンド様、近いですわ」

「婚約者としては適切な距離だと思う」

「周りと比較した結果そうは思いません」

「酷いな、オフィーリア。こんな近くにいる僕より他を見るなんて」


 さらに抱き寄せられ、耳朶に暖かい息がかかる。


「大好きだよ、オフィーリア。早く僕の気持ちに追いついて」

「……半分ぐらいは追いついています」


 真っ赤な顔で答えると、頬にふわりと唇が落とされた。

 きっと、近々、私は彼に夢中になる、そんな予感がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アゼリアのキャラがリアリティあって良い! こういう設定から、実は男が病弱な女に騙されていて…みたいな女vs女展開になり、一番悪い男の罰が軽くなる話はよくありますが、納得できずにいました。 …
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