盗まれた試薬.3
本日一話目です
馬車は一度侯爵邸に向かい、途中で向きを変え普段使われていないお城の裏門へと戻ってきた。その間、レイモンド様から私が聞いた話が予想外のもので。
「では、犯人を捕まえるために嘘の噂を流したというのですか?」
「そうだ。盗んだ試薬が失敗作で、明日本物が国王様の手に渡るとなればチャンスは今夜しかない」
「それで一度帰宅したふりをして、裏門から再び入城し台所の窓から研究室に入るのですか。でもそうなると今、窓は開いているのですよね? その間に研究室に入られたらどうするのですか?」
「そこは知り合いの騎士に遠くから見張るよう頼んでいるし、盗人はおそらく窓から入らないよ」
どうしてですか、と聞きかけあっと気づく。
試薬が盗まれた時、窓は施錠され扉の鍵には壊された形跡がなかった。つまり犯人は鍵を持っているのだ。
「確か、研究室の鍵を持っているのはレイモンド様達四人ですよね」
「そうだ。肌身離さず持っているが、兄さんが新人の頃一度落としていてね。その時に複製された可能性もある」
ジェイムス様、実験室の爆発以外にもやらかしていたのですね。もっとも鍵はすぐに見つかったらしいけれど。
馬車を裏門から少し離れた場所に止め向かうと、騎士が一人私達を見て手を振ってきた。レイモンド様も振り返しているのでご友人のよう。
「悪いな、無理を言って」
「いや、学生時代、試験の度にはレイモンドのノートに随分助けられたからな。これぐらい構わない。それに……こちらのご令嬢が、堅物のお前を変えた件の婚約者か。確かに綺麗……」
「やめろ、見るな、穢れる」
「……お前、留学して人が変わったって本当だな」
さっと私を背に隠したレイモンド様に、ご友人は呆れ眉を下げた。こうなると私は苦笑いで誤魔化すしかなく。
何だか生ぬるい視線を感じつつ、木々の間を抜け研究室の台所の窓の下まで来るとすでにジェイムス様とハリストン様がいた。私を見て目を丸くし、次いでレイモンド様に尋ねる。
「オフィーリアは邸に送り届けるんじゃなかったのか?」
「そのつもりでしたが、どうしても付いて行くと言われて……」
ジェイムス様に詰め寄られたレイモンド様が困り顔で見てきたので、私は肩を竦め答える。
「だって。そんな話を聞いて邸で待っているなんてできません。それに、犯人は一人と限りませんし私も役に立てるかも知れません」
「付いて来ることは許したが、無理はしないでくれよ」
「はい。いざとなれば逃げるか隠れる、ですね」
馬車で約束させられたことを繰り返すと、ため息混じりに頷かれる。無理を言った自覚はあるので、そこはさらりと流しておく。
「ではここからは静かに」
ジェイムス様は窓を開け、少し危なっかしい動作で中に入った。次いで私が買ったパンを持ったハリストン様。
窓の高さは私の肩ぐらいで、今更ながらここから入れるのかしら、と思っているとレイモンド様がひょいと私を抱きかかえた。
「えっ、ちょっと。レイモンド様?」
「静かに、動かない」
レイモンド様はそのまま私を持ち上げ窓の桟に腰掛けさせると、ご自身は桟に手をかけ軽々と私の隣に飛び乗り、そのまま室内に入る。そして。
「はい」
はい?
両腕を私に向かって伸ばしていますが、もしかしてそこに飛び込めと言うのですか?
キラキラの笑顔の後ろで、ジェイムス様達が頭を抱えていますよ。
「ほら、オフィーリア」
ほらじゃない。と言いたいけれど、一人で降りられないのも事実。私がおずおずと手を伸ばせば、レイモンド様が引き寄せ抱きとめてくれた。
「軽いな。もう少し食べた方がいいんじゃないか?」
「降ろしてください」
「ちょっと待て。暗いから足元を確認する」
「毎日使っている台所ですから、多少暗くても大丈夫ですよ?」
いつまでも離そうとしないレイモンド様の腕の中で、足をばたつかせると背後からため息が聞こえて来た。
呆れた声で、私達を無視するかのようにハリストン様が指示を出す。
「では、死角を減らすためにも物置と台所、二手に別れ見張ろう。俺とジェイムスは物置に行く。パンをいくつか置いていくから後は適当にやってくれ」
「分かりました」
「ちょ、ちょっと待ってください、ハリストン様」
この状況を止めるよう言って頂きたいのですが?
手を伸ばし助けを求めるも、二人は振り返らずに手を振り出て行かれた。
えっ、張り込みですよね。もっと真面目にするよう注意してくださいよ。
「わざわざ買って来てくれたんだ。大変だっただろう、何から食べる」
「……いい加減降ろしてくれないと、怒りますよ?」
じろりと睨めば、嬉しそうに笑いながらやっと私を床に降ろしてくれた。クツクツと笑う姿は緊張感がなさすぎる。
最近こうやって揶揄われることが増えたのだけれど、これはいったいどこまでエスカレートするのかしら。
カチカチと時計の秒針が時を刻む音だけが響く。
巡回騎士の足音が時折聞こえるけれど、彼達もレイモンド様のご学友で協力者とのこと。
「本当にご友人が多いのですね」
「学生時代、試験のヤマを当てるのが得意だったんだ」
「それは私も友達になりたかったです」
ふざけて言うけれど、それだけではないはず。人当たりが良く優しくて、見目の良さも頭の良さも家柄も鼻にかけることなく気さくなレイモンド様だから、周りに人が集まったのでしょう。
「この前、オフィーリアに言われ兄と話したとき、俺のことが羨ましいと言われた。ああいうのを青天の霹靂って言うんだな」
「その話はジェイムス様からも聞きました。仲の良い兄弟だと思いましたよ?」
「ちっ、なんで俺より先に話すんだよ」
舌打ちなんて珍しい。でも、小屋の前で話したあとからレイモンド様は私の前でも力を抜くようになって、いろんな姿を見せてくれる。雨降って地固まると言うけれど、私達の関係にとっても良いことだったと思う。
カチャリ
秒針以外の音が研究室内に響いたのはそんな時だった。
凄くもったいぶったところで終わりましたが、夕方までお待ちください!
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