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盗まれた試薬.2

本日二話目、誤字報告ありがとうございます!


 書類仕事を終えたのは夕方。もう帰る時間だ。

 レイモンド様達は研究室に篭り、パトリシアさんは卸市場から直接帰宅。私はどうしよう、何か手伝うことがあるか聞いてみようか、でも扉を開けることさえ邪魔になるような気もする。


 実験室の扉の前で漏れ聞こえる声に耳をそばだて、ノックするタイミングを見計らっていると、まるで私がいるのが分かっているかのように扉が開いた。


「……レイモンド様」

「扉の向こうに人の気配がしたと思ったけれど、やっぱりオフィーリアだった」


 疲れた顔でにこりと微笑まれる。

 ……よく分かりましたね。


「あの、何かお手伝いできることはありませんか?」

「うーん、では洗って欲しいビーカーをいくつか持ってくるから頼んでいいか? こっちの実験室はちょっと物がごちゃごちゃしているから、ハリストン様の実験室の流し台を使ってくれ」

「分かりました」

「で、それが終わったら帰っていいよ」

「レイモンド様達は?」

「今夜は帰らない」

「そうですか、私がもっとお役に立てれば良いのですが」


 ビーカーを洗うことしかできないのがもどかしくため息を吐くと、レイモンド様がグッと顔を寄せてきた。整ったお顔は疲れると憂いが増して色気が出るのかと、こんな時なのに頬が熱くなる。


「俺の役に立とうとしてくれているんだ」


 揶揄うような口調に、少しムッとしながら「当たり前です」と答えれば、嬉しそうな笑みが返ってきた。


「そんなに疲れている姿を見れば何でもしてあげたくなります」

「何でも」

「はい、何でも」


 繰り返された言葉に頷けば、レイモンド様の笑みが深くなる。ただ、そこに何やら黒い物を感じるのは気のせい……ではなかった。


「レ、レイモンド様!?」


 いきなり抱きしめられたせいで、私の声はうわずっている。レイモンド様はそれを楽しむかのようにさらに腕に力をこめる。


「いろいろ補給中。ちょっとこうしてていい?」

「えっ、いや、でも」


 疑問形なのに有無を言わさない雰囲気。触れ合った箇所から温もりが伝わり、身体全体が恥ずかしさで熱くなる。

 たまらず胸を押すも離してくれず、すぅ、と深く息を吸う音が聞こえてきた。


「オフィーリアの甘い匂いがする」

「ちょ、レイモンド様? 疲れすぎて行動がいつもと違います」

「兄とハリストン様の矢継ぎ早の指示でぐったりなんだ」


 はぁ、と大きなため息を耳元で吐かないでください。首に暖かい息がかかった上に、心なしか、のしかかる重みも増えているような……?と、その時。


「うわっっ」

「おい、お前職場で何やってんだ」


 レイモンド様の肩を掴み、私から引き剥がしたのはジェイムス様。目が据わっているのは疲れから、ですよね。


「俺なんて、今日はアゼリアさんの姿すら見ていないんだぞ。それを実験室の前で何、仲良ししてんだよ」


 言葉と態度で気づいていましたが、今はっきりと「アゼリア」と言いましたよね。いえ、聞かなかったことにしておきますが。


 首根っこを掴まれ研究室へと引き戻されるレイモンド様に手を振り、私は一人馬車に向かうことに……したのだけれど、途中で踵を返し食堂へと向かう。


 食堂はこの時間していないけれど、遅くまで働く文官の方や夜勤の衛兵、訓練が終わりで家まで我慢できない空腹の若い騎士のために夜食を販売している。


 サンドイッチ、ベーグル、フランスパン、クロワッサン。肉や野菜なんて栄養バランスの考えたものは売っていないし、パンもそれほど多くないからすぐに売り切れるとレイモンド様が以前仰っていた。特に研修で二週間泊まり掛けの時は、争奪戦だったとか。


 話に聞いていた通り男性ばかり。特に体格の良い騎士が多く、気後れしつつもその中に飛びこむ。すると、もみくちゃになっている私に同情した老騎士が、あれもこれもと手渡してくれ、無事パンを手にすることができた。


 ほっとしてお会計の列に並んでいると、後ろから文官らしき人達三人の会話が聞こえてくる。


「おい、知っているか。薬学研究室から試薬が盗まれたらしいぞ」

「何だそれ、紛失ならともかく窃盗は犯罪だぞ」

「その話なら知っているが、盗まれたのは失敗作で、本当の試薬は明日国王様に提出するそうだぞ」


 えっ、何その話。失敗作?

 どういうことかと振り返れば、三人に話しかける騎士がさらに数人。


「騎士団にもその話はきた。失敗作といえど、窃盗だからな。今晩は見回りを強化する予定だ」

「ま、盗まれたのが失敗作だったのは幸いだよな。何でも画期的な薬で報奨ものらしいぞ」


 私はお会計の順番がきたこともあり、お金を払ってその場を後にした。いったいどういうこと? 盗まれたのが失敗作だなんてあり得ない。だってレイモンド様達は休むことも食事も摂らず試薬を作っているのだもの。


 どうなっているのかと、駆け足で研究室に戻ると、ちょうど出て来たばかりのレイモンド様達に会った。


「オフィーリア? 帰ったんじゃないのか?」

「そのつもりでしたが、レイモンド様達に夜食をお届けしようと思い戻ってきました」

「あー、そうか。ありがとう。でも……兄さんどうしよう」


 レイモンド様が振り返った先には、困ったように眉を下げるジェイムス様とハリストン様。もしかして私余計なことをしました?

 

「……レイモンド、とりあえず予定通り一度城を出て、詳細は馬車で話すことにしよう」

「そうですね、兄さん。ここで話し込んでいるところを見られてもまずいですし」


 馬車? 今日は徹夜で試薬を作るはずでは?

 意味が分からないまま私はレイモンド様に手を引かれ、馬車に乗せられてしまった。

噂とレイモンド達の謎の行動。

こういう展開は書いていて楽しい。続きは明日の朝。



お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 証拠が無いから証拠がある、に変わると思うとワクワクが止まりませんね。 幾ら筋が通っていてもあの言動は普通に目に余りますし、そりゃそうなる、の展開かなと思っています。
[良い点] 急に激甘!ラブコメ!wギュッとして元気補充! 紳士的な老騎士さんのおかげでパンゲット!パンは馬車の中で食べれば良いです。続きが楽しみ!罠を仕掛けてますね! [気になる点] 犯人が誰なのか。…
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