盗まれた試薬.1
本日一話目目
アゼリアが来てから一ヶ月。季節はもう冬だ。
朝一番の仕事は各部屋の暖炉に火を起こすことから始まる。
それ以外といえば相変わらずで。
例えば、纏めるよう頼まれた書類。
言われた通りに仕上げ執務机の上に置いたはずなのに、朝出勤したら無くなっていたとか。
私とアゼリアでした薬草の下準備。
私が選別し、アゼリアが刻んだ物に違う葉が混じっていたりする。それはとても分かりやすい葉で、アゼリアも二重チェックしながら刻んでくれたというのに。
頼まれた書類を取りに行き、戸棚に仕舞えば違う場所から出てきたり。
以前のように分かりにくい説明や不明瞭な指示については、聞き返せるだけの知識が付いてきたから問題ないのだけれど、誰がしたか分からない嫌がらせが増えている。
気丈なアゼリアさえ「私が手伝っているせいかしら」と落ち込む始末。
それに今日は、ジェイムス様とレイモンド様で作った流行病を治す試薬がなくなった。試薬といってもほぼ完成品で、あとは国王様に説明し然るべき申請を通すだけというところまできていた。
盗まれたのは昨晩。
皮肉なことに、最近ジェイムス様はカートラン侯爵邸に毎晩帰って来られ、研究室で寝泊まりすることはなくなった。これは「働きすぎだ」というレイモンド様のお言葉に耳を貸されたからなのだけれど、朝出勤すると試薬が実験室の執務机の上から消えていたのだ。
鍵は研究室にも、実験室にもかかっていて無理矢理こじ開けられた形跡はない。レイモンド様達は今、研究室に篭り急ぎ試薬を作り直している。
「オフィーリアさん、試薬を間違って捨てるか流すかしたんじゃないの?」
パトリシアさんの問いに私はキッパリと首を振る。
「そんなことありません! 昨日、ジェイムス様は執務机に試薬を置かれたあと、私に実験台の上を片付けるよう仰いました。私は実験台の上しか触っておりません」
昨日、ジェイムス様とレイモンド様は宰相様に試薬ができたことを報告に向かった。国王様に説明する前に詳細を伝える必要があるらしく、時間がかかるので後片付けをして帰るよう言われた。ジェイムス様達は説明が終わったのが夜遅くだったので、研究室には戻られずそのまま帰宅されている。
「私が帰る時、執務机に試薬はありました。確かに私は研究もできませんし、実験も何をされているのか理解できません。でも、執務机に置かれた試薬を、間違って他の薬品と一緒に捨てたりしません」
「そんなの、素人の貴女ならしかねないわ。それでなくても最近書類が紛失したり、薬草の選別が不十分だったりするもの。私達は真剣にここで仕事をしているの、レイモンドにひたむきな姿を見せ媚を売りたいのかも知れないけれど、彼はそういう女性が一番嫌いなのよ」
ドン、と机を叩かれびくりと肩が跳ねた。今日はアゼリアは休みでパトリシアさんの怒りは全て私に向いている。
確かに、私の知識と経験不足が原因だったことは沢山あるけれど、今回ばかりは絶対に違うと言い切れる。でも、パトリシアさんはもはや私の言葉に耳を貸す気はないらしい。
「試薬を作るのがどれだけ大変か分からないでしょう? レイモンドがどれほど悩んでいたか。特に今回の試薬は彼の発案で作られたものなのよ」
ジェイムス様はレイモンド様の意見を取り入れ、サルサラ草と一緒に服用する試薬を完成させた。それがレイモンド様にとっても大きな成果なのは、私も重々承知している。それなのにパトリシアさんは、私に反論の隙を与えないかのように言葉を畳みかけてきた。
「研究のこと何も理解していない貴女が、レイモンドに相応しいといえるの? どれだけ彼の足を引っ張れば気が済むの?」
まるで自分こそレイモンド様に相応しいと言うかのような口調。続けて今までのことを遡って詰め寄ってくる。中には良くそんな詳細まで覚えているな、と思うこともありパトリシアさんの執念のようなものに身体が強張る。
「パトリシア、それぐらいにしておけ」
助け船を出してくれたのは、国王様に試薬の紛失を説明に行かれていたハリストン様。いつの間に戻ってきたのか、開け放たれた扉を背に壁にもたれ腕を組みこちらを見ていた。
「ハリストン様、国王様は何と仰っていたのですか?」
「この研究室の責任者は俺だ。パトリシア、君が気にすることではない。それから、昨日実験室に鍵を掛け最後にこの研究室を出たのは俺だ。その時確かに試薬は机にあった」
「えっ!? それは見間違いじゃなく?」
「もちろん、そのことはジェイムス達にも伝えている。オフィーリア、彼らは君を責めなかっただろう?」
「はい。何も仰らず、ただ試薬を急ぎ作り直すとだけ」
私があちこち探している時、三人でこれからのことを相談していたのを思い出した。その時に伝えたのでしょう。
「だからこの件はオフィーリアに関係ない。俺もジェイムスを手伝うから、パトリシアは代わりに今日開かれる薬草の卸市に行ってくれないか。必要なものは書いておく。オフィーリアは書類を渡すからその整理を頼む」
「分かり……」
「私が代わりに行けるのですか!?」
急に声のトーンが上がったパトリシアさんが、私を押し退けハリストン様ににじり寄る。
「あぁ、パトリシアは薬草の目利きができるから良いのを選んでくれ。それから珍しい物もあるからついでにじっくり見てくれば良い。研究室には帰らず、明日買った薬草を持ってきてくれるか?」
「分かりました。ありがとうございます」
薬草の卸市は三ヶ月に一度開かれ、国内外から持ち込まれた薬草が集まる。薬草屋も買い付けに行くほどの規模で、毎回ハリストン様が行かれていた。
「オフィーリアに渡す書類は少し複雑だが、仕事の様子を見ていると任せられると判断した。専門知識を学園で学んでいないのに、よく勉強しているね」
「ありがとうございます」
ニコリと微笑まれ胸が熱くなる。足手まといなのではと思っていたから、こうやって認められるとは思ってもいなかった。
ハリストン様の後ろでパトリシアさんが私を睨んでくるけれど、負けてなるものか。
それにしても試薬は誰が盗んだのかしら。
私に対する嫌がらせはパトリシアさんの可能性が高いけれど、今回のはレイモンド様の研究結果。パトリシアさんがその邪魔をするとは思えないのだけれど。
私の作る物語でよく事件が起きるのは、推理小説がすきだから。今回はかなり恋愛よりに書いてます。
もし、推理小説好き、という方がいらっしゃれば、書籍化した「愛読家、日々是好日」やコミカライズする「ループしたのは」はしっかり推理小説してます。
「ループしたのは」の担当編集者様から、本当に犯人が分からなかったと言われた時は嬉しかった。よければ是非。
お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!
☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。