卒業パーティ.1
四話まで短編と同じ内容です
卒業式の一週間前、私は届いたドレスを見て意味が分からず、慌ててサーラを呼んだ。
「ねぇ、サーラ。ディオ様からドレスが届いたの。しかも彼の瞳と同じコバルトブルーのドレス」
「本当ですね。いったいどうしたのかしら。ファーナンド伯爵令息様と、最近お会いになられましたか?」
「いいえ、あれからまったく。だって、私試験に加えいろいろと忙しかったし」
「そうですよね。オフィーリア様にそんな無駄な時間はありませんでしたよね」
不思議そうに首を傾げるサーラも思い当たる節がないらしい。
一体どうしたというのでしょう。
腑に落ちない物はあるものの、問いただす気になんてさらさらなれなくて私はそれをクローゼットの奥に押しやった。
そして卒業パーティ当日。
国によっては婚約者が家まで迎えに来ることもあるらしいけれど、この国の卒業パーティは友人達と一緒に最後の学園イベントを楽しむことに重きを置く。婚約者がいない人もいるし、いたとしても婚約者ならこの先いつでも会える。それより、領地に戻り会えなくなる友人と一緒に参加するのが一般的だ。
私も仲の良い友人と一緒に、思い出話に花を咲かせていた。
ふと視界に映ったのは、アゼリアと一緒に会場に入ってきたディオ様。向こうもこちらに気が付いたようで私のもとへとやってきた。
しかし、近づくにつれディオ様の眉間の皺が深くなり、不快を露わにしだした。だから私は彼ではなくアゼリアに声を掛けることに。
「アゼリア、久しぶりね。今日は体調はいいの?」
「ええ、オフィーリアが勧めてくれた薬がとても良く効いて、こうして出かけられるようになったわ。ありがとう」
良かった。和やかな雰囲気で私とアゼリアが会話をしているのを見て、ディオ様が意味が分からないというように目線を私達交互に動かす。
「オフィーリアが勧めた薬だって? でも二人はこの三年ほとんど会っていなかったじゃないか」
私達は顔を見合わせ、ぱちりと目を瞬かせる。
「確かにほとんど会っていなかったけれど、数か月前に私の邸に来てくれたし、手紙のやり取りはずっとしていたわよ?」
「なんだって!?」
驚愕の表情を浮かべるディオにこちらの方が驚いてしまう。もしかして私達は仲が悪いと思われていたのだろうか。
天使のように笑うアゼリアはその性格も穏やかで、気の強い私と似ていないのが逆に良かったのか、私達は会ったその日に仲良くなった。
アゼリアはディオ様が自分の体調を心配し、私とのデートをキャンセルするたびに謝罪の手紙をくれていた。お菓子を私に届けるように言ったのは、人によっては嫌味にとれる行動だけれど、彼女の場合本当に私を思ってのこと。だから、ディオ様からの気持ちでないことにショックは受けたけれど、アゼリアの心遣いには感謝をしている。
外出できないけれど、体調が良い日は本を読んだり刺繍をしたりして過ごしていたアゼリアは、私に刺繍入りの素敵なハンカチを何枚もくれたし、私も面白い本があれば彼女に届けさせていた。
「オフィーリアはアゼリアに嫉妬して嫌っていたんじゃないのか?」
まさか、嫉妬したことは一度もないわ。それにしても今更この人は何を言いたいのかしら。
「約束を違えられたのは悲しかったけれど、体調を崩しているアゼリアに嫉妬なんてしないわ」
「だったらどうして俺が贈ったドレスを着ていないんだ? 嫉妬して真っ赤なドレスを着ておきながらそんな言い訳が通じるとでも思っているのか?」
ディオ様は私のドレスを指さし、唾を飛ばさんばかりに大きな声を上げた。周りの人が何事かと見てくるのが恥ずかしい。
婚約者がいる場合、エスコートされることはないけれど相手の色に因んだ服を身に着けるのが暗黙の了解となっているので、それに因んだだけなのに……何を怒っているのかしら。
「失礼、オフィーリア、何か騒ぎになっているようだが大丈夫か?」
人混みをかき分けるように現れたのは、婚約者のレイモンド・カートラン。ブロンドの髪に真っ赤な瞳、誰もが振り返るような整った顔をした彼にまだ慣れない私は、その美しさに今日も圧倒されてしまった。
「なんでもないですわ。レイモンド様」
「そうか、それならよかった。婚約者を持つなんて初めてのことで自分でも知らないうちに心配性になってしまったようだ」
そう言うと、淡い微笑を浮かべ、私の手を掬い上げ甲に口付けを落とす。思わずぼっと顔が火照ってしまった。
「ふふふ、手紙に書かれていた通り、本当に愛されているのね」
「えっ、アゼリアさん、その手紙の内容を是非知りたいのですが」
「レイモンド様! 女友達との会話を詮索しないでくださいませ」
焦る私をアゼリアが天使のように微笑みながら見上げてくる。
「あら、教えてあげれば良いのに。会うたびに『ひと目ぼれだった』『こんな素敵な人に初めて会った』と言われ、どう答えればよいのか困っているのでしょう?」
くすくす笑う天使の微笑が今日ばかりは悪魔のようだ。頬に手を当てレイモンド様を見ると、ばつが悪そうに頬を掻いていた。
「はは、そんなことを書かれていたのか。もしかして迷惑だったとか」
「さあ。手紙を読んだだけでは、惚気としか思えなかったですけれど」
「アゼリア、お願いだからそれ以上は言わないで!」
わたわたとしていると、数歩離れたところでこちらをもの凄い形相で睨むディオ様と目が合った。
「オフィーリア、これはいったいどういうことだ! 婚約者は俺だろう。お前はこんなに堂々と浮気をしていたのか?」