雨降って地固まる.2
本日1話目です
「これだから素人は。浅知恵で余計なことをするから混乱を招いたのよ。ジェイムス様はこの数ヶ月ずっとあの研究にたずさわっていて、レイモンドも先月からサポートを始め二人はうまくいっていたというのに。あなたのせいで喧嘩になるだなんて」
「……すみません」
「全く、少し知識があるからってチヤホヤされていい気になっているみたいだけれど……」
「そんな! 私いい気になんて」
「そもそも、あなたは私やレイモンドとは違うの。どうせ今まで着飾り媚を売ることだけ考えて生きてきたのでしょう? あなたではレイモンドを支えるのは無理よ」
浴びせられる批難に、返す言葉が見つからない。
私が中途半端な知識で言い出したことが、仲違いの原因となったのは確か。
パトリシアさんは私の隣にくると、髪飾りに手を伸ばしてきた。
「これはレイモンドに買って貰ったの?」
「はい」
「彼、学生時代よく言っていたわ。どうして令嬢達は擦り寄り甘え、ねだることしかしないのだって。自分で考え学び媚びない私のような女性なら隣にいても嫌ではないのにって」
自信たっぷりの瞳で、胸を張り私を見上げるパトリシアさん。その瞳には優越感と侮蔑が混ざっている。
パトリシアさんのような女性なら隣にいても嫌ではない。その言葉が私の胸に重くのしかかる。
でも、私だってここで引き下がるのは嫌だ。
「この髪飾りはねだって買って貰ったわけではありません。私はレイモンド様に媚びたことは一度もないわ」
「では無意識でしているんじゃなくて? だって、あなたはレイモンドが傍に置きたいと思う女性ではないもの。彼がどうして異国に行ったか知っている? レイモンドは天才と名高いジェイムス様に劣等感を感じていたの。それでこのまま同じ研究者としての道を歩むべきか悩み、一度、研究とジェイムス様から距離を置いて考えようと留学したのよ」
初めて聞く話に私は言葉を失ってしまう。優れたジェイムス様に対して、引け目のようなものを感じておられるのは薄々感じてはいたけれど、それほどまでの葛藤だったなんて知らなかった。
「そんな不安定な気持ちで留学したレイモンドは、貴女に薬のことを尋ねられ、頼られ嬉しかったのでしょう。つまり、あなたはレイモンドの心の隙間に付け入ったというわけ」
「そんな! 私、そんなつもりは……」
「ない、と言えるの? 彼と親しくなりたいと微塵も願っていなかったといえる? ま、今更そんなことはどうでもいいの。問題はここからよ」
「ここから?」
ズイッと一歩詰め寄られ、私はその分後退りする。
「留学を経て、レイモンドは研究者として生きること、ジェイムス様と研究をすることを選んだ。もう、あなたが付け入った隙は彼には残っていない」
パトリシアさんの理論整然とした話し方に、反論のしようがなく私は唇を噛む。ここで感情的に言いがかりをつけたり、常識外れな言動をする人なら私だって言い返せるけれど、彼女の話していることは正しいのかも、と思ってしまう。
「婚約者として連れて来た手前、優しくしているのでしょうけれど、今日のことで分かったでしょう。レイモンドの隣に相応しいのは貴女ではないわ」
真っ赤な唇が弧を描く。
言外に、相応しいのは自分だと言っているのが分かる。
じわりと涙が滲んできた。
確かに私では力不足かも。レイモンド様の気持ちを疑ってはいないけれど、その優しさに余計に申し訳なく思ってしまう。
でも、たとえパトリシアさんの言っていることが正しかったとしても、彼女に涙を見せるのだけは絶対に嫌。だから私は研究室を飛び出した。
どこをどう走ったのか分からない。
気づけば周りには背の高い樹木が増え、その中を細い道がうねうね進んでいる場所にいた。うん? ここ見たことがある。生垣の向こうの小屋にも見覚えがあるもの。
運悪く、曇っていた空からパラパラと雨が降ってきた。小屋の軒下で雨宿りしようと思い近づくと、そこには意外なことにレイモンド様がいた。
膝を立て地面に直接座ったまま私を見上げると、赤い瞳を丸くさせ、次いで気まずい笑顔を浮かべ、地面にハンカチを置いてポンポンと叩く。
少し迷うも、私は隣に腰をおろした。
小屋の扉を背にして座れば、ここから研究室の窓が見える。
研究室はお城の一階一番奥にある。入ってすぐ左側が物置、次がハリストン様の実験室。右はすぐが台所で奥がジェイムス様の実験室だから、ここから見えるのは二つの実験室の窓と執務机の後ろの窓。
ぐるぐる回っただけで、私はそれほど遠くにはいっていなかったみたい。
飛び出した私のことを、パトリシアさんは何と思っているのだろうと考えると再び気持ちが沈む。
しとしとと降り注ぐ雨を二人でただ眺めていると、始めに口を開いたのはレイモンド様だった。
「なんだか格好悪いところを見せてしまった」
「いいえ、研究者としてご意見されただけ、格好悪くなんてないですよ」
「そう言って貰えれば嬉しいが……でも、俺の本心を知ればオフィーリアだって情けないと嫌いになるよ」
らしくない自嘲気味な笑いに首を振れば、レイモンド様は困ったように眉を下げた。
子供のように所在なく軒下にしゃがみ込み雨を見上げる頼りない姿、初めて見る落ち込んだ顔。思わず手を伸ばし髪に触れると、はっとした顔で私を見返してきた。
私はレイモンド様のことをどれだけ知っているのだろう。いつもキラキラ眩しいほどの容姿に甘い言葉、蕩けるような眼差し。でも、そんなのはレイモンド様の一面にしか過ぎなくて。
パトリシアさんのように長い時間を一緒に過ごしたわけじゃないし、専門知識のない私では踏み込めない領域もある。
だから、やっぱり私ではレイモンド様の婚約者として力不足なのかも知れない。でも、だからこそ。
「レイモンド様のこともっと知りたいです」
そう告げれば赤い瞳を丸くし、私を見返してきた。
再び出てきたパトリシアです。
次回はレイモンド視点。
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