雨降って地固まる.1
本日二話目です
翌朝、一緒に出勤した私とレイモンド様は、その日も実験室のソファで寝ていたジェイムス様を起こして、王立図書館から借りてきた本を数冊見せた。
持ってきた朝食を食べながら聞いて貰おうと、実験室ではなく中央の部屋の大きな作業台で話をしたのだけれど、ジェイムス様は珈琲にすら手をつけずに本を凝視されている。
「昨日、王立図書館でサルサラ草についてはいくつか論文を読んだけれど、カエスト国では様々な薬と併用しているらしい。割とポピュラーな治療法のようなんだ」
レイモンド様の口調がいつもより早く熱い。
私が読んだ本はゾイさんがタイトルを教えてくれたのですぐに見つけることができた。レイモンド様が、他にもサルサラ草について書かれた本を読みたいと仰ったので、探すのを手伝い数冊見つけ借りてきたのだ。
おそらく徹夜で読んだ知識をレイモンド様が説明していると、パトリシアさんやハリストン様も出勤され、話に加わった。
「なるほど、他の薬草との併用か。それはこの国では珍しい治療法だな」
「そうですね。私達はいつも副作用のない薬を作ることを求められてきましたから、副作用があっても構わない、という考え方があるなんて初めて知りました」
ハリストン様、パトリシアさんは驚き半分、感心半分といった感じで頷かれている。確かに言われてみれば、この国の論文以外で併用を推奨するようなものは読んだことがないような。
「よく思いついたな、レイモンド」
「いえ、俺でありません。オフィーリアです」
「オフィーリアが?」
驚く皆さんの視線が一斉に私に向けられる。
「たまたま読んだ論文の中で、サルサラ草について書かれたものがあったのです。そんな珍しい治療法だなんて知らなくて」
「そうか、専門知識がないからこそ抵抗なく読めたのだな。カエスト国の治療法は独特で、針を身体に刺して悪いところを治したり、燻したり煙を吸い込んだりするものも多いんだ。もちろんそんな占いじみたものだけでなく、俺達みたいに調薬をして作った薬もあるのだが、副作用が大きいとしか授業では習わなかった」
どうやら医学に対する根本的な考え方や思考が違うらしく、学園では詳しく学ばないらしい。レイモンド様が目の前の本をとんとん、指で叩く。
「俺もその先入観があったのでカエスト国の論文はほとんど読んだことが無く今回初めて読んだのですが、調薬の技術が劣っているということはありません。全てを鵜呑みにはできませんが、サルサラ草の効能については間違いないと思います」
カエスト国は独特の治療技術を確立しているようで、レイモンド様達にとっては同じ医療でも専門外のようなものらしい。それでもサルサラ草に腹痛を和らげる効果があるのは確か。
私は予備知識がないから他の論文と同じように読んでいたし、偶然だけれど読んだ本には針や煙の治療は書かれていなかった。
「これは、専門知識のないオフィーリアだから考えついた方法です」
「レイモンド様、言い過ぎです。私はサルサラ草の論文を読んだことがあるとお話ししただけなのですから」
それを薬の研究と結びつけたのはレイモンド様。決して私の手柄ではないと慌てて否定したのに、ハリストン様までも感心され誉めてくださった。パトリシアさんはといえば、忌々しそうに私を睨んでいる。目が怖い。
肝心のジェイムス様はと視線を向けると、まだ開いたページを凝視されていた。眉間に刻まれた皺が深く、普段の温和な雰囲気とは異なり近寄り難くさえ感じる。
「兄さん、サルサラ草との併用で研究を進めないか? 腹痛の副作用をゼロにしなくても良いなら、今の方向で研究を進めていけば……」
「駄目だ!!」
バン、と机を叩いて立ち上がったジェイムス様。そのままグッとレイモンド様の胸元を掴む。
「副作用があっても良い薬なんて俺は認めない。お前は何を学んできたんだ。俺達が求められているのは完璧な薬なんだ」
普段とは全く違う剣幕に驚いて声も出ない中、レイモンド様も負けじと声を荒げた。
「でも、大事なのは、今苦しんでいる人達を助けることだろう。確かにカエスト国の治療法に偏見を持っている研究者が多いのは知っているけれど、だからといって全ての治療法を切り捨てるのは違うだろう?」
「そうじゃない、俺は副作用のある不完全な薬を薬だと認めないと言っているんだ。あの薬は一から作り直す。嫌なら俺一人でする」
そのあとも、議論を重ねるも二人とも冷静さを欠いていく。
止めようとするもあまりの勢いに言葉が出ずにいると、ジェイムス様がバンと音を鳴らして本を閉じる。次いで荒々しく立ち上がり、実験室に行って鍵をかけられた。
どうすべきかおろおろしていると、レイモンド様までもが「ちょっと出かけてくる」と言って研究室を出ていかれてしまう。
残された私の肩に、ハリストン様がポンと手を置いた。
「私、余計なことを言ったでしょうか?」
「いいや、俺はいい傾向だと思うけれどね。ちょっとあの二人はやり合った方がいいんだよ」
「やり合う? あんなに仲が良いのに?」
「仲が良いのと腹を割るのは違う。少なくとも俺はこれらの論文を読んでみるよ。オフィーリア、悪いが実験器具の手入れと使ったビーカーの洗浄を頼む」
「はい、分かりました」
そう言って、ハリストン様は一冊を手に取り、残りを執務机に置かれご自分の実験室へと向かわれた。
残されたのは必然的にパトリシアさんと私。今日はアゼリアは休みでいない。
パトリシアの、はぁ、というため息がさらに私の気持ちを暗くさせた。
男兄弟のプライドのお話。レイモンドの兄への劣等感と尊敬を書いている時、兄弟間の話も深掘りもしたいなと思ったのです。彼の兄に対する気持ちを昇華させてあげようと。
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