デートではなかったと思うのですが?.2
本日一話目です
寄り道を経てやってきた薬草屋は「ゾーラ薬草屋」。どの薬草屋も店名は初代店主のものらしい。分かりやすい。
「いらっしゃいませ、レイモンド様。今日はどのような品をお探しですか?」
「すまない、今日は買いに来たんじゃないんだ。こちらは俺の婚約者であり暫く研究室を手伝ってくれることになったオフィーリア。時々使いに来ることがあると思うので、この辺りを案内しているんだ」
「そうでしたか、私は店主のゾイです」
丁寧にお辞儀をしてくれたゾイさんに頭を下げ、レイモンド様がお店の中を案内してくれることに。
「俺達が使う薬草は奥の棚にあることが多い。高い場所にある薬草はゾイに言えば取ってくれるから」
「はい。あっ、これとこれ、図鑑で見たことがあります!」
「南の地方の薬草だな。この店は乾燥させたりすり潰した物など、加工済みの薬草も売っている」
「では買いに来る時はそれも確認した方がいいですね」
教えて貰わなければ、そこまで確認せずに来るところだった。
いろいろな種類を見ていると、渋い顔でレイモンド様が聞いてくる。
「パトリシアはそのあたりは教えてくれないのか?」
「……そうですね。多分知っていて当たり前のことだからだと思います。私、研究室の方々に比べ薬草の知識が全然ありませんから」
「それは仕方ないだろう。薬草の専門的な授業を受けていないんだから。パトリシアも悪気はないのだろうが、気配りが苦手だからな」
腕を組みパトリシアさんについて語るその顔は、ガートン様と話す時と同じ友人の顔。
……レイモンド様はあからさまな好意を沢山の令嬢からずっと向けられていたせいで、秘めた好意に無頓着、もしくはそういう好意があること自体をご存じないのかも知れない。
思えば、レイモンド様が私に示してくれる愛情表現も、凄くストレートなもの。言葉はもちろん、触れる手の優しさや、熱の篭った瞳、ガートン様に対するあからさまな牽制とか。全身で好意を示してくれるぶん、遠回しの愛情表現に鈍くても仕方ないのかも。
私が見る限りパトリシアさんはレイモンド様に恋をしていると思う。でも友情の下にそんな隠された思いがあるなんて考えてもいないのでしょうね。どんな思いでパトリシアさんがずっとレイモンド様の傍にいたかと思うと、同じ女性としては同情の気持ちも湧いてくる。そりゃ、私のこと気に入らなくて当然だわ。
そう考えると、今までの言葉足らずの説明はやっぱりわざとだったということになる。パトリシアさんの心情を思うと腹は立つけれど責める気にはなれない。腹は立つけど。
「どうしたんだ、俺の顔に何か付いているのか?」
あまりに私がレイモンド様を見ていたせいか、少し頬を赤くし戸惑いながら聞いてくる。
「レイモンド様は私が知っている限り一番整ったお顔をされています」
「? オフィーリア」
「さぞかし今までおもてになってきたのでしょうね」
「怒っているのか?」
「怒っていません。仕方ないなと思っているのです、色んな意味で」
「やっぱり怒ってる」
困ったように眉を下げる姿に、諦めのため息を漏らしてしまう。私の機嫌を損ねたと思い不安になったのか、繋いでいた手に力が入るものだから話を変えることに。
「怒っていません、それよりこの薬草は図鑑では珍しいものだと書いていましたが、この薬草店では取り扱っているのですね」
薬学研究室御用達なだけあって、品揃えは豊富。目の前にあるのは腹痛を緩和する特効薬だと書いてあった。
「そうだな。でも、この薬草はあまり使わないかな」
「確か薬の材料になるより、これ単体を煎じて飲むと書いていたような気がします。なんでも、他の薬の効果を損なわないので、併用して使う国もあるのだとか」
「併用?」
テーランド国で読んだ論文にそう書いてあったはず。あれはどこの国の論文だったかしら。
「確か北にある島国の研究だったと思うのですが、薬の中には副作用で激しい腹痛が伴うものもあるとか。その場合、この薬草――サルサラ草を併用して飲むことで副作用を抑えるようです」
記憶の断片を繋ぎながら説明すれば、レイモンド様の目が大きく見開かれ、固まったように動きを止めてしまった。
「レイモンド様」
「併用! そうかその手があったか!!」
突然肩を掴まれ前後にぶんぶん揺すられて。なんだか凄く興奮しているようだけれど……
「あ、あの……!」
「あっ、すまない。つい力が入ってしまった。大丈夫か」
「はい、それよりも突然どうされたのですか?」
「今、流行病の特効薬を開発しているのだが、できた試作品に激しい腹痛の副作用が出ることが分かった。この前の会議はそれを報告するもので、今、兄と試作品を改良するか一から作り直すか検討していたところなんだ。薬の作用を損なわず併用できる薬草! これは突破口になるかも知れない」
いつもより熱の入った早口でレイモンド様が教えてくれた。目が宝物を見つけた子供のようにキラキラ輝いている。
「ゾイ、この薬草をあるだけ全部……」
「レイモンド様! お待ちください。全ては素人の私の記憶。まずはレイモンド様ご自身が、この薬草について書かれた論文をご覧になったほうがよいかと」
「そうか、そうだな。オフィーリア、論文の名前は分かるか?」
「申し訳ありません、そこまで。でも、北の国で書かれた論文を纏めた本だったと思います。本の表紙絵は覚えていますので描きましょうか?」
「頼む。ゾイ、紙とペンを貸してくれないか」
渡された紙に表紙絵を描く。タイトルはうろ覚えだけれど頭文字はAだったはず。
「深緑色の本で、黄色の蔦模様で縁取られていてます。下の方には草花のシルエットが紺色で書かれていて……背表紙にも葉が描かれています」
思い出しながら書いていくと、ゾイさんが後ろから遠慮がちに覗き込んできた。
「もしかしてカエスト国の本じゃないですか? ここにあるサルサラ草もその国から輸入しています。タイトルはこれだった気がするのですが」
私の絵の下に書いてくれた文字は、確かに記憶に近いような。ゾイさんは王立図書館で見たことがあると教えてくれた。
「ありがとう、オフィーリア、今から王立図書館に行きたいのだが、一緒に来てくれるか?」
「はい! もちろんです」
私達はゾイさんにお礼を言い、サルサラ草を取り置きして貰って王立図書館へと向かった。
薬の併用について。まず、私は医療従事者でもないし医学の知識はありません。ただ、知人から癌の薬、治療などでは激しい副作用を抑えるため薬を併用して飲むと聞いたことがあります。駄目な組み合わせはあるのでしょうが、素人なのでそこは分かりません。その時は抗がん剤と漢方薬の併用でした。
今回の併用は、そんな知人の話をもとにしております。
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