デートではなかったと思うのですが?.1
本日二話目
薬草屋の辺りは細い道が多く馬車を停める場所はない。それに、道順を覚えるためにも馬車は教会に停めて歩いて向かうことに。
「私、この角を曲がりました。地図では三つ目でしたから」
「あの地図は大通りしか書いていなかった。曲がる角はもう少し先だ」
自然な仕草で出された手に、自分の手を重ね歩いて行くと大きな交差点に出た。
「この道なら分かります。港から辻馬車で来ました」
「ここを渡って北に進み、一つ目の角を曲がって暫く行くと花屋がある。曲がり角に食堂があるからそれを覚えておけばいい」
「はい」
馬車から見た景色や食堂を確認し、花屋の前を通って私は再び「サイモン薬草屋」まできた。その間にも、雑貨屋、赤い屋根の家など目印も教えて貰ったからこれで間違うことはない、はず。
「もう一軒は、異国から輸入した薬草を扱っている。場所はここより南西に七、八分ぐらいだ。行ってみよう」
歩いていると雰囲気が少し変わる。この前みたいな悪い変わり方ではなく、異国情緒が混じるというか。
「この辺りは輸入品を取り扱うお店が多いのですか?」
「そうだ。ただ粗悪品も紛れているから買うなら店選びを慎重にしたほうが良いな」
あそこと向こうの店は良いがあっちの店は品質が悪い、と詳しく教えてくれた。良い、と教えてくれたお店のひとつは雑貨屋で、興味を引かれ覗いてみると可愛らしい髪飾りやブローチが幾つも並んでいた。
細かな銀細工をメインに小さな真珠が控えめに輝いている。テーランド国もトラッド国も、どちらかといえば宝石がメインで地金はシンプルなものが多い。
つい手に取れば、レイモンド様は隣に並ぶブローチを手にする。
「これは異国風、なのか?」
「はい。あまり見ないデザインです」
首を傾げているところを見ると、その違いは分からないよう。
そんなに真剣に考えこまなくても、と思っているとブローチから視線を私に移した。
「……ところでオフィーリア、俺が贈った宝石を身に着けている姿をあまり見ないが、気に入らなかったのだろうか?」
しょぼんと見えない尻尾を垂れながら、言いにくそうに聞いてくるレイモンド様に、慌てて首を振る。
「ち、違います! どれも素敵です。ですが……」
「ですが?」
「その、私には豪華というか立派すぎて、普段使いしづらいのです」
そこは侯爵家と子爵家の差。私だって宝石の一つや二つ、夜会用に持っているけれど、それを数段上回る高価な宝石を日常使いなんてできない。そう伝えれば、気にせず使って欲しいと言われてしまった。その気持ちはごもっともなのだけれど。
「分かった、それなら普段使いできるものを今度は買うよ」
「いえ、そういうつもりで言ったわけではございません」
「分かっている。正直言うと、親に令嬢を紹介されたことが何度かある。少し親しくなると彼女達はあれが欲しい、これが流行りだと口にしたのにオフィーリアからは一度も言われたことがない。それどころか、もういらないと言われる始末だ」
あれが欲しい、の辺りで眉間にググッと皺が寄ったので、相当嫌な思い出のよう。女性嫌いはこの辺りからも来ているのかも。
「でも、不思議なもので、オフィーリアにならねだって欲しいと思ってしまうのだ。ということで、どれがいい? 初デートの記念にプレゼントさせてくれ」
「はい?」
デートでしたっけ? と思う私の隣でこれはどうだ、こちらもいいな、と手にしだすレイモンド様。お手頃なお値段だし、ここからここまで全部と言い出しかねない勢いにこちらが慌ててしまう。
「分かりました、ではひとつだけ買って頂いてもいいですか?」
「ひとつでいいのか?」
再び見えない尻尾がしょぼんと垂れた。けれど、ここで情に流されてはいけない。
「今日はひとつで充分です。また、お出かけした時におねだりさせてください!」
毎回買ってもらおうなんて思っていないけれど、こう言わないとこの場が収まらない気がする。案の定、レイモンド様はパッと顔を輝かせた。それでなくても綺麗なご尊顔なのに眩しすぎる。
「ではそうしよう。で、今日は……」
「今日は、この三つからレイモンド様が選んでください」
気になっていた髪飾りを三つ手のひらに乗せ、レイモンド様に差し出せば、「三つぐらい全部買ってもいいと思うが」と話を蒸し返そうとするので厳しい顔を作って首を振って見せた。
ひとつひとつ手に取り私の髪に当て、うーんと唸るを繰り返した結果、葉をかたどった銀細工に少し大きめの真珠が一つ載った髪飾りを選んでくれた。葉の上の朝露をイメージしているらく、葉脈が繊細でとても綺麗。
「これがいい。花のデザインと迷ったのだが、朝露の清廉な雰囲気がオフィーリアに似合っている」
レイモンド様が店主に銀貨を渡し、ハーフアップにした髪の根元につけてくれた。
「ありがとうございます。凄く素敵です」
「……」
見上げお礼を言うと、片手で口を押さえ視線を逸らすレイモンド様。
耳が真っ赤だ。
「どうしたのですか?」
「婚約者と一緒に楽しそうに買い物をする男の気持ちが分かった。そうか、こういうことか」
なんだか幸せを噛み締めているご様子。
そんな姿を見ていると、私までも嬉しくなって口元がついつい緩んでしまう。
私の中のレイモンド様の存在は、一緒に過ごす時間が増えるほど大きくなっていく。そのことをお伝えすれば、喜んでくれるのは分かっているけれど、益々溺愛が増すのかと思うと、もう少し耐性がついてからにしようと思ってしまう。
その甘く熱の篭った視線と、近い距離に私の心臓はいっぱいいっぱいなのだ。
ここからここまで全部。一度ぐらい物語の中で言わせたいのですが、小心者ゆえできない……。
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