休息のひととき
本日一話目です
「うわ、ふかふかのベッドね。さすが、侯爵様は違うわ」
私のベッドにちょこんと乗って、妖精、ではなくアゼリアがはしゃぐ。私が迷子になったこともあり、ゆっくり話す時間がなかったアゼリアをカートラン侯爵邸に招いてくれたのはレイモンド様。
客室を用意してくれると言ったのだけれど、アゼリアが私の部屋の広いベッドを見て、夜通し語りたいと言い出した。もちろん私は大賛成、でここに至るのだけれど。
私もベッドの上に乗り、ちょっと眉を顰めながらアゼリアを見る。
「で、どうして突然、手伝いたいって言ったの?」
「だって、オフィーリア、パトリシアさんと上手くいっていないでしょう」
「そ、それは」
うぐ、っと言葉を詰まらせる私に対して、細い肩を竦めやれやれと息を吐く。
「どうせ、オフィーリアのことだから自分にも非があるし、とかなんとか考えていろいろ飲み込んでいるんでしょう?」
「それは、だって確かにそうだし」
「そうじゃない。オフィーリアは優しすぎるのよ。相手を非難するより自分にその矛先を向けてしまうのよね」
そんなつもりはないのだけれど。
アゼリア曰く、自分も一緒に働けば意地の悪いことをされることも少なくなるのでは、とのこと。
「でも、体調は大丈夫なの?」
「無理はしないわ。週に三回、午前中だけ。毎日じゃないからどれだけ効果があるか分からないけれど、第三者の目が有るのと無いのとでは違うもの」
それにね、とアゼリアは続けた。
「オフィーリアが帰って来る前、ジェイムス様やハリストン様とお話しして、私も誰かの役に立ちたいと思ったの。でも、無茶できない身体だって分かっているから、薬学研究室なら専門家の方ばかりだし大丈夫かなって」
「少しの体調の変化にも、皆気づきそうだものね」
「ハリストン様も快諾してくださったし」
私が研究室に加わったところで補佐官一人抜けた穴を完全に埋めることなんて不可能。そこでアゼリアは実験器具の洗浄と、実験内容のメモ書きを整理する仕事を任されることに。前者は立ち仕事だけれど、後者は座ってできる。
「ところで理由はそれだけ?」
「そうだけれども、他に何か?」
ことりと首を傾げる様子を見れば、ジェイムス様の気持ちは微塵も届いていないらしい。お人形のように可愛い顔立ちだけれど、学園にもほとんど行けず、夜会に出ないので恋には鈍いよう。
と思ったところでアゼリアがニヤリと口角を上げた。
「貴女がいなくなった時のレイモンド様の狼狽えようったら、凄かったのよ。いつも温和な彼が焦って真っ青になり部屋を飛び出して行ったのだから」
「そうなの?」
「何か言われなかった?」
何か、と言われ薬草屋で会った時のことを思い出す。確かぎゅっと抱きしめられたような気が。
思い出すと頬が熱を持ってきて、手を当てればアゼリアが笑みを深くする。
「あらあら、喜びのあまり抱きしめられたとか」
「……そんなに心配してくれていたのね。レイモンド様は何も仰らないから」
敢えて答えず目線を逸らすも、それは是と言っているようなもの。アゼリアはわざとらしく「急に暑くなった」と手であおぐ。
改めて明日の朝、お詫びをしようと思っていると扉を叩く音がした。侍女かメイドかと思いベッドの上から返事をすれば、扉の向こうから低い声がする。
「ワインとドライフルーツ、甘い菓子を持ってきた。夜通し話すのなら必要だろ?」
「レイモンド様! 少しお待ちください」
急ぎベッドから降り、ガウンを羽織って扉を開けた。そこには、レイモンド様だけでなくジェイムス様までも。……今夜は帰って来られたのですね。
「できれば晩酌を一緒にとグラスを四つ持ってきた。少しだけいいか?」
「はい。あっ、私がお持ちします」
トレイに手を伸ばすも、レイモンド様は手渡すことなく私の隣を通り抜け、ローテーブルにそれらを置いていく。ジェイムス様はアゼリアを見て視線を彷徨わせたあと、ぎこちない仕草でワインを開けた。耳が赤い。
私の隣にレイモンド様、向かいのソファにアゼリアとジェイムス様が座る。
「乾杯」
とは、何に対してなのでしょう?
ま、いいか、と出されたワインを口にすれば甘くまろやかで口当たりが良い。
「美味しい」
「アルコールはさほど強くない。果実水に近く飲みやすいはずだ」
「ええ、何杯でもいけそうです」
それでいて、ワインの香りはしっかりとする。アルコールに弱いアゼリアも美味しそうに飲んでいた。
でも、すぐに頬を赤くしてしまって。ジェイムス様が慌てて廊下にいる侍女に果実水も持ってくるように頼む。
甲斐甲斐しくアゼリアのグラスに果実水を注ぐジェイムス様に、レイモンド様はお腹を抑え笑うのを耐えている。ある意味、似た兄弟だと思うわ。
「アゼリアさん、研究室の手伝いだけれど本当に大丈夫なのか?」
ジェイムス様の問いにアゼリアは大きく頷く。
「無理はしません。私が今住んでいる邸からお城までは馬車で三十分。体調が悪い時は突然お休みさせて頂くこともあると思います。こちらこそ、ご迷惑ではありませんか?」
「それに関しては全く問題ない!」
被り気味に勢いよく答えたジェイムス様に、アゼリアは目をパチリとしたあとクスクス笑う。
「それは良かったです」
ふわりとしたフェアリースマイルにジェイムス様の目尻が下がる。私はそっとレイモンド様の耳に口を近づけ囁く。
「人の恋路は面白いですね」
「確かに。上手くいけばオフィーリアとアゼリアは義姉妹だな」
「えっ」
そ、そうね、そうなるわよね。婚約者がずっといる身で今更だけれども、レイモンド様といずれ結婚する、と思うとなんだかいろいろ急に現実を帯びてきて。
隣にある綺麗な顔を見上げれば、蜂蜜のように甘い笑みが返ってくる。気づけば始めより距離も近い。
これは話を変えなくては、と私は少し距離を置こうと……したのだけれど、腰に回された手で無理だった。それでもちょっと身を捩り隙間を開ける。
「パトリシアのこと、何も気づかずすまない」
「いいえ、私がいろいろ知らなさすぎるのも原因ですから」
「だが、今までも不明瞭な指示や説明不足もあったのだろう」
「そうですが、今回の件でそれも無くなるはずです」
温和なレイモンド様にあそこまで言われ、同じことを繰り返す人ではないでしょう。ただ、それが良い方に転ぶか悪く転ぶかは微妙なところ。とはいえ、何も起こっていない今、口にすべきことではない。
それより、私にはすべきことがある。
「あの、明日お仕事はお休みですが、ご予定はありますか?」
「俺の休日の予定はオフィーリアでいっぱいだけれど?」
「そうではなく、いえ、それは嬉しいのですが」
えーと、ニコニコしながらまた距離を縮めていますね。
アゼリアとジェイムス様がこっちを見て、何やら囁いているのにデジャブらしきものを感じてしまう。
「お疲れでなければ、薬草屋の辺りを案内して欲しいです。サンドラ薬草屋以外の行きつけの薬草屋や、道を間違わないための目印も知りたいです」
アゼリアは午後から主治医が来るので、朝食を摂ると帰る予定。いつまたお使いを頼まれるか分からないから、出来るだけ早く道を覚えたい。
「分かった、喜んで案内するよ。どの薬草をよく使うかも説明しよう。まだオフィーリアが見たことがない薬草もあるはずだ」
良かった、これで迷わずに済むわ。
その夜は、随分遅くまで四人で話をして、翌朝遅めの朝食を摂ったあとアゼリアを見送り、私はレイモンド様と一緒に馬車に乗った。
ジェイムス様は当然のようにお城に向かわれたけれど、強制的にでもお休みされる日を作るべきだと思うわ。
閑話のようになりましたが、ほのぼのを楽しんで頂ければ嬉しいしです。
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