突然現れた婚約者.1(パトリシア視点)
本日一話目
私は小さい時から可愛げのない娘だった。
切れ長の目が生意気だと言われたこともある。
両親は二つ年下の愛くるしい顔立ちをした妹ばかり可愛がっていたけれど、私の物覚えが良いところは褒めてくれた。
だから私は勉強をした。両親に褒めて貰いたかったから。
それと同時に何の努力もしないで両親の関心を集める妹が許せなくなっていった。
学園に入れば妹のように可愛く着飾り、甘えた声で男子生徒に話しかける令嬢が多くいた。
わざとらしく媚びる姿に、相好を崩す男子生徒。馬鹿馬鹿しいと思っていた時に、ひと際令嬢に囲まれている男子生徒を見つけた。
嬉しそうにしているか、デレッと鼻の下を伸ばしているか、得意げに自慢話をしているか。
そのどれかだろうと思いながら目をやれば、彼はあからさまにうんざりだと眉を顰め、時にはため息さえついていた。
授業で偶然隣の席になった時、群がっていた令嬢達に向けていた視線と同じものを投げられ、咄嗟に出た言葉は「大変そうね」だった。
彼はルビーのように赤い瞳を丸くし、次いでくしゃりと笑うと「そうなんだ」と言った。
それが私とレイモンドが交わした初めての会話。
それから先、何度か話す機会があった。
レイモンドは頭がよく、しかも稀代の天才と言われたジェイムス様の弟。
薬草の知識も豊富で分からないところがあれば、レイモンドに聞くようになった。
彼は他の令嬢には嫌な顔をするのに、私が質問をしたときはいつも笑顔で教えてくれる。
「他の令嬢もパトリシアのように媚びず、さばさばしていてくれれば友人になれるのに」と言った言葉が嬉しく、なんだか自分が選ばれた人間のように思えた。
レイモンドは付きまとう令嬢は避けていたけれど、元来人当たりがよく男友達も多い。私は、女性でありながら唯一彼の友人になれた。
だからこそ、媚びたり甘えたりはしない。男友達のようにカラリと笑い、馬鹿を言って、時には悩むレイモンドの相談に乗りつつ、最後には「もてて悩むのは貴方ぐらいよ」と背中を叩いた。
それが私とレイモンドの関係。
でも何時頃からか周りが、レイモンドにとって私は特別なんだと噂し始めた。
それは決して悪い気のするものではなく……本音を言えば嬉しかった。
人気者で令嬢達にとって高嶺の花の彼が親しくするのは私だけ。私だけが特別。
だから、私は彼の理想であり続けた。そうすればいつか友人ではなくもっと特別な存在になれる、そう信じて。寧ろ、私以外の誰がレイモンドの特別になれるの、とすら思っていた。
それなのに、彼は留学先で婚約者を見つけ帰ってきた。
夜会で見かけたその婚約者は、栗色の髪を華やかに結い上げ、レイモンドの瞳の色のドレスを着ていた。透けるような白い肌、少し眦が上がった瞳は凛として美しくすれ違う人が皆振り返る。
ふわりと女性らしく笑い、レイモンドの腕に手をかけ上目遣いで見上げるその姿は、彼が嫌っていた令嬢そのもの。
どうして? 媚びられるのも甘えられるのも嫌いだと言ったじゃない。
それにも関わらず、レイモンドは私に見せたことのない甘い笑顔を彼女に向けるとダンスを申し込んだ。
信じられないと夜会の壁にもたれて二人の姿を見ていると、二曲踊ったあとレイモンドは婚約者と離れ友人達の方に向かった。私も持っていたシャンパンを飲み干しその輪に加わる。
「レイモンド、婚約者と来たのね」
「ああ、帰ってきてからずっと研修続きで、やっと婚約者らしいことができた」
私の姿を見た途端、一緒にいた友人エドが気まずそうな顔をした。
まるで私がレイモンドに振られたかのように、向けられた哀れみの視線にむっとする。
「確か名前はオフィーリアさん、よね」
「そうだ。パトリシアには今度紹介するよ」
気心知れた友人としての会話をしていると、エドは瞳をパチリとし私とレイモンドを交互に見る。
「二人は本当に友達だったんだな」
「あたりまえだろう。エド」
「そうか、俺はてっきり……いや。なんでもない。というか俺にも婚約者を紹介してくれよ」
「断る。減る」
「おい、ちょっと待て。お前人が変わっていないか? 留学先での心細さに付け込まれ、婚約させられたんじゃないのかって心配してやっているのに」
「確かにいろいろと気持ちが不安定だったことは認めるが……」
その言葉にハッとした。そうだ、レイモンドはジェイムスと比べられることに悩んでいた。
あの女は、そんなレイモンドの心の隙間にうまく取り入ったのね。そうよ、そうでなければレイモンドがあんな媚びた笑顔をする令嬢を相手にするわけないもの。
華やかに着飾り、胸元の開いたドレスですり寄り、甘えられるのが嫌いなレイモンド。ああ、可哀そうに。今はまだ帰国したばかりで彼女を愛していると思い込んでいるのかも知れないけれど、いずれ勘違いに気づくわ。
でも、いずれ、っていつ? 結婚してからでは遅いのではないかしら。せめて婚約期間中に彼に気づかせなくては。そう考えていると、レイモンドがポンと私の肩を叩いた。
「どうしたんだパトリシア?」
「……い、いえ。なんでもないわ」
「パトリシア聞いたか、こいつの惚気話。あぁ、もう、聞いているこっちが恥ずかしいよ」
参ったとばかりにおどけて肩を竦めるエドに私は曖昧に笑ってみせた。
考えに耽っていたせいでレイモンドの話を聞いていなかったけれど、熱に浮かされた言葉に深い意味はないわ。それよりも、私はいかにしてその熱を早く冷ますかを考えてあげないと。
そう思っていたら、チャンスは意外にも早くきた。
オフィーリアが研究室を訪ねてきたのだ。しかも手作りのクッキーまで持って。
どれだけ媚びたいの、と思いつつ私はレイモンドに声をかけた。
「レイモンド、あなた甘いのも手作りも嫌いじゃなかったの?」
「そうだけれど、オフィーリアは別だよ」
嬉しそうにお皿の上に並ぶクッキーを見ながら答えるレイモンドは、私の知っている彼ではない気がして、いいようのない不安が胸にこみ上げてきた。
しかも、ハリストン様がサルディアの選別の手伝いを彼女にさせるとまで言い出す。どうして男って、分かりやすく媚びる女に簡単に騙されるの? 手作りのクッキーなんて使い古された手じゃない。
これでオフィーリアに私と同等の知識があれば、まだ認めてあげられたかも知れない。でも、彼女は何も知らなかった。ナルディアを入れる籠を水拭きしたいと言い出したのだ。
私は彼女のしたいようにさせることに。自分の至らなさを思い知ればいいし、彼女が基本的な知識すらないことに気づいたレイモンドが、目を覚ますかもしれない。
「私、まだ仕事が残っているからここは任せるわ」
そう言って一度離れ、契約書を作りオフィーリアのもとへと持っていく。枯れた葉やちぎれた葉をどうすればいいのかも知らないオフィーリアに頭痛を覚えつつ、これだから素人は使えないと嫌になってくる。
「籠にサルディアが入っていたわよ」
と、わざと入れたサルディアの葉を見せ、籠を混ぜるように言えば素直にナルディアの葉の中に手を入れた。本当に何も知らないのね。これでもう二度と研究室に現れないでしょう。
そう思ったのに、彼女は次の日もやってきた。
パトリシア視点はもう一話目あります。夕方投稿します。
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