初めてのお使い.4
本日二話目
「でも、ほら。大丈夫ですから」
両手を広げて、怪我なんてしてないと笑って見せたけれど、レイモンド様はぎゅっと眉を寄せると私の手に触れた。
「俺が触れるのは嫌じゃないか」
「嫌じゃないですよ?」
どうしてそんなことを聞くのかと首を傾げれば、困ったように眉尻を下げながら、そっと抱き締められた。さっきのような強さはなく、優しくふわりと守るかのように。
「良かった」
「すみません、心配をかけました。あっ、時間。アゼリアが待っていますよね」
「あぁ、今頃兄とお茶をしているだろう」
「ふふ、それならもう少し遅くなっても構わないかもしれませんね」
笑うとレイモンド様がホッとしたように、目尻を下げた。
「とはいえ、アゼリアさんが心配しているのも事実。よければ今度この辺りを案内するよ。他にも、もう一軒行きつけの薬草屋がある。何、目印さえ間違えなければもう迷うことはない」
「はい! ぜひお願いします」
「そう言うと思った」
うん? と首を傾げるとレイモンド様の顔が近づいてくる。と、耳元で「俺はそういう前向きなところが好きだ」と囁かれて。
私はボッと頭から湯気が出た。
この人は、油断すると甘いことを囁いてくる。
しかも、あえて「俺」と言ったような気がする。
最近、愛を囁かれているのか、反応を揶揄われているのか、どちらか分からない時があるのだけれど、と思っていると。
「……あ、あの。それでどの薬草を用意すれば良いのでしょうか?」
お店の方に遠慮がちに声をかけられ、私達はパッと離れた。
至近距離で馬に二人乗りして帰ると、アゼリアはホッとした顔を私に向けた。随分心配させてしまったようで申し訳なくなる。
大きなテーブルには、ジェイムス様にハロルド様、パトリシアさんも座っていて、アゼリアに薬の効果を聞いていたらしい。
私達もそこに参加するのかな、とカップを用意しようとすると、レイモンド様はツカツカとパトリシアさんに歩み寄り、バン、と机に地図を置いた。
「パトリシア、この地図に見覚えは?」
「えっ、どうしてそれを? だってそれは……」
パトリシアさんは青い顔でスカートのポケットを上から押さえた。かさり、と音が聞こえたような。
「これはオフィーリアが、パトリシアが書いた地図をそのまま書き写したものだ。オフィーリアは一度見た絵や図を忘れない」
「そ、それは」
「この地図で薬草屋にたどり着くのは無理だ」
「そ、そうよね、オフィーリアさんはこの街にまだ不慣れだもの。でも、私、もう少し細かく書いたと思うわ。オフィーリアさんの書き写し違いじゃないかしら」
ヒュッと私の喉が鳴った。そんなはずない、絶対間違えない。
私はパトリシアさんのポケットを見る。多分無意識だと思う。くしゃりと握りしめられたスカートの皺の下には、パトリシアさんが書いた地図があるはず。そう思い、声をかけようとすると。
「パトリ……」
「そんなはずない。オフィーリアの暗記力は俺が保証する」
「……だったらわざと、私が書いたのとは違う不親切な地図を書いたのよ。それで、貴方の気を引こうと……」
レイモンド様の表情が変わったことに気づいたのか、言葉が途中で途切れた。
ヒヤリと部屋の空気が冷たくなる。
冷たい赤い瞳は初めて見るもの。
「オフィーリアはそんなことしないよ。だって、気を引くも何も俺の心にいるのはオフィーリアだけなんだからそんな必要はない」
それは惚気と取らえられてもおかしくないほど甘い言葉なのに、瞳と同じように冷たい声音。パトリシアさんはハシバミ色の瞳を大きく見開くと、表情を固く強ばらせ、さっきまでより強く指が白くなるまでスカートを握りしめた。
パトリシアさんの話す通り、私が書き間違えたと言われても仕方ないと思った。だから、多分ポケットに入っているであろう地図のことを口にしようと思ったのだけど、レイモンド様は少しも私を疑わない。それに加え、揺るがない親愛の言葉に胸が熱くなる。
「そ、そうね。私ったら、忙しかったから雑に書いてしまったんだわ」
「……そうだったのですか?」
「ええ、ほら、私そういう令嬢らしい細かな気遣いできないでしょう?」
いつもの調子で言うも、焦っているのは明らか。
私がどう反応しようかと考えていると。
「確かに令嬢らしくないさっぱりしたところはパトリシアの長所だと思う」
「そうなの! レイモンド、私……」
「オフィーリア、地図を」
レイモンド様の言葉にパッと表情を明るくしたパトリシアさんだったけれど、レイモンド様はそんな様子に構うことなく手を出してきた。
何のことかと一拍考え、港町で会った女性の話を聞いて書いた地図と、一軒目の薬草屋で貰った地図を出す。
「これは港町の平民から聞いてオフィーリアが書いた地図、もう一枚は花屋の近くの薬草屋が書いたものだ。どれも丁寧に書かれている。そもそも、こういうのに令嬢らしさなんて必要ないんじゃないか? 相手のために分かりやすく教える気持ちは性別も身分も関係ないだろ」
ズバリと言い切った言葉に胸がスッとした。
このひと月、言葉にならないまま抱えていたモヤモヤはそれだったのだと思う。不親切な説明、専門知識がないと知っていながら分かって当然という振る舞い。
カラリとした口調でやっていることは、扇で口元を隠す令嬢となんら変わりない。
「……ごめんなさい」
真っ赤な顔で俯くパトリシアさん。ぎゅっと唇を噛んでいるのは後悔している、というよりレイモンド様が私を庇ったことを悔しがっているように見える。
「謝るのは俺じゃないよ」
「……ええ、そうね。オフィーリアさん、ごめんなさい」
「……いいえ。時間はかかりましたが無事帰ってこれたので大丈夫です」
いろいろ思うところはあるけれどレイモンド様が怒ってくれたのだから、私は出しゃばらないことにする。それに、他のあれやこれを言うにしても証拠がない。水掛論は好きじゃないもの。
「あ、あの……」
気まずい空気を破ったのは鈴の音のようなアゼリアの声。どうしたのかと皆が注目する中で、戸惑うように片手を挙げた。
「わ、私もお仕事を手伝いたいのですが、駄目でしょうか?」
「へっ?」
一同揃って目をパチクリしたのは言うまでもない。
パトリシアがしたことは不親切な説明や嫌味なので(故意にしたと証拠なし)とりあえず、今回はこれぐらいかと。信用はかなり落ちました。
明日は闇堕ちするパトリシアを二話。そのあとは主人公が活躍。最終的なざまぁは最後にとっておきます。
今、物語でいえば折り返しぐらいです!
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