初めてのお使い.2
本日二話目です
おかしい、と思ったのは三十分ほど歩いた頃。
先程までは賑わっていたのに、住宅街に入ったようでお店は見当たらない。しかも立ち並ぶ家々の間口が狭く、全体的に薄暗い。ちょっと治安が悪そうな場所だ。
すれ違う人もデイドレス姿の私が珍しいのかチラチラとこちらを見てくる。どこかで道を間違えたのかと地図を見るも、目印となる建物が書かれていなく、これで合っているのかどうか分からない。
誰かに聞けば良いのだけれど無粋な瞳に尻込みしてしまって、もう少し行けば景色が変わるんじゃないかと、そのまま私は歩き続けた。
すると、住宅街を出て、お店らしきものが道の左右に並ぶようになる。ホッとしたのも束の間、食堂は閉まっているし、派手な入り口の宿屋がやけに目立つ。なんだか雰囲気が違う、このまま進むのは良くないと踵を返そうとした瞬間、不意に腕を掴まれた。
思わず悲鳴が出てしまう。
「きゃっ!」
「おうおう、こんなところにお貴族様が珍しいじゃないか。少し付き合えよ」
昼間から酔っ払いがいるなんてと、腕を振るも離してくれない。それどころかにやけた顔を近づけてくる。ヤニのついた黄色い歯で男はニヤリと笑った。
「それとも没落貴族様が、身売りに来たのかい? だったら俺が買ってやろうか? へへへ」
私の全身を見る目がギラついている。ゾッと背筋が冷たくなり慌ててもう一度周りを見る。やけに派手な少し色の剥げた入り口、宿屋のようにも見えるけれどなんだか違うこの雰囲気。
……娼館?
「ち、違います。ちょっと道に迷っただけですから。手を離してください」
「ま、ま。いいから、いいから」
焦ってさっき以上の力で腕を振るうも、さらに力強く掴まれてしまう。「痛い」と反射的に出た言葉に男がいやらしく笑った。
「とりあえず、手近な店に入るか」
ぐいぐい腕を引っ張られ、近くにあった宿屋に連れ込まれそうになる。アルコールとタバコと汗の匂いに鳥肌が立ち、抵抗したくても力では敵わない。
声を出すも、周りにいる人は関わりたくないのか遠巻きに見るだけ。そもそも人通りが少ない。
これ以上はまずい、離してくれないのならと私は足に力を入れ、肩から男に体当たりをした。
一か八か、だったけれど腕が緩み、その隙をついて振り解き駆け出す。どこへ、何て考えられない。とりあえず走って、走って、走って。
どれぐらい走ったのか分からないけれど、たどり着いた場所は港だった。潮風が髪を撫でる。大勢の人の「今日は豊漁だ」「でかいのが取れたぞ」と活気溢れる声にホッとしつつ、通り過ぎる人達からエプロンをつけた五十歳ぐらいの女性を選んで声をかけた。
「あの、この地図にある薬草屋に行きたいのですがご存知ですか?」
「うん、どれどれ。ちょっと見せてご覧……って、何この地図。分かりにくいわね」
「分かりにくい?」
「えーと、教会の場所は分かるけれど、薬草屋はその西……? この道はあそこだと思うけれどここは……目印もなければ道も幾つか省略されているね。この街には詳しいかい?」
「いいえ、ひと月前に来たばかりで」
首を振る私に、女性は困ったように眉を下げる。
「そうかい、それなら薬草屋の名前は分かるかい? 街の西の方には薬草屋が五店舗ほど点在しているはず。私も薬草には詳しくないからもっとあるかも知れないね」
名前……しまった、聞けば良かった。行けば分かるって言われたから、西にある薬草屋は一つだと思い込んでいた。
「その、薬草屋はそれぞれ離れた場所にあるのでしょうか?」
「私が知っているのは三店舗だけど、それぞれ歩いて五分ぐらいの距離かしら」
「それなら、ご存知の一つを教えてください。そこが違えば、お店の方に聞いて他の薬草屋に行きます」
そのうちの一軒にでもたどり着ければ、あとは数珠繋ぎでどうにかなるはず。女性はそれなら、と辻馬車乗り場まで案内してくれた。
「これに乗って、三番街で降りるんだよ。目の前に大きな花屋があるのが目印だから」
「はい、ご親切にありがとうございます」
「いいさ、これぐらい。それにしてもあの地図は酷いね、戻ったら書いた奴に文句言うんだよ!」
「……そうですね」
苦笑いで答え、頭を下げてお礼を言ってから馬車に乗る。女性は馬車が見えなくなるまで手を振ってくれ、私も振り返したあと改めて地図を見た。
地図は私が書いたものだけれど、パトリシアさんから貰ったものと同じはず。もう一度、いえ、何度も見ても記憶したものと違うところはない。
「うーん、これはわざとなのか、偶然なのか」
ため息、はあまり好きじゃないけれど、はぁ、と一つ吐く。ガタガタと馬車の車窓を眺めていると、教会の屋根が見え大通りに出た。そのまま進み、路地を曲がり、私は教えて貰った場所で降りた。
改めて教えて貰った行き方は地図に書いているけれど、念の為に花屋の店員さんに聞くと、一つめの薬草屋は角を曲がってすぐと言う。親切に指差し教えてくれた看板のお店の扉を開くと、中にいた白いエプロンを着けた男性が「いらっしゃい」と声をかけてくれた。
「ここに王宮の薬草研究室の者が買いに来ますか?」
「いや、この店にそんな専門的なものは置いていないよ。研究室の方が行くなら『サンドラ薬草屋」じゃないかな」
「そのお店の行き方を教えて頂けませんか」
「もちろん、書いてあげるからちょっと待ってくれ。この辺りには詳しいのかい?」
「いえ、初めて来ました」
「そうかい。ここら辺はちょっと混み入っているんだ。詳しく書いておこう」
サラサラと書いて渡してくれた紙には沢山の線が書いてある。かなり道が複雑そう……私の持っている地図とは違う!
「ありがとうございます!」
お礼を言って、店を出る前に方角をもう一度確認する。地図は凄く丁寧に書かれていて、曲がる角を一つ、二つ、と数え歩いていくと、細い裏路地に赤い「サンドラ薬草屋の看板」を見つけた。
あった!
思わず早足になって、馬が繋がれた横の扉を勢いのまま開ける。
「あの! このお店に王宮の薬草……あれ?」
目の前にいた男性が振り返った。
その顔は、いえ、振り返る前から後姿を見てまさか、と思っていたけれど。
「レイモンド様、どうしてここに?」
お使いのあと、パトリシア視線を入れるか悩み中です。パトリシア入れた方が闇部分が伝わりさらに次の展開に行きやすいような気も。
暫く朝、夕方更新で行きます。時間までは…。
通勤通学のお供になればと思うのですが、そこは努力目標です。
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