初めてのお使い.1
本日から一日二話を目指します。
私が薬学研究室の臨時職員となって一ヶ月。
いろいろと密度が濃いひと月だった。
薬草を洗ったり、指示された大きさに刻んだりと、できることなんて限られてはいるけれど、それでも「助かった」「ありがとう」と言われるのは気持ちが良い。
レイモンド様から借りた教科書は半分ぐらい読み進んだ。教科書には、メモ書きがびっしりされていて努力家という新たな一面も発見することができた。
一年がかりで学ぶ教科書をこのスピードで習得するなんてと誉めて頂いたけれど、スタート地点がゼロではないのだから当然だとも思う。
アゼリアの病気を治す薬を調べているうちに薬草の名前と効能は頭に入っているから、覚えるのは取り扱い方のみ。薬を開発するのに必要な知識は読み飛ばしているし、私は図を覚えるのは得意。レイモンド様は教科書の隅に図や絵でメモ書きをされているから頭にすんなりと入るのだ。そう伝えれば、その特技は羨ましい、と驚かれたけれど。
綺麗なお顔でなんでも飄々とこなされるイメージがあったとお伝えすると、「自分は凡人だから努力しなければ兄の補佐すらできない」と苦笑いで答えられた。
私からすれば充分非凡なように見えるし、もはやジェイムス様が異次元なのではとも思う。
そんなことを徒然とアゼリアの手紙に書いたせいか、一度薬学研究室に来たいと返事がきた。ハリストン様に聞けば、ジェイムス様の薬を使用しているのなら、是非来て欲しいとのこと。なんでも、効果について詳しく聞きたいそう。
と、いうことで今日は研究室にアゼリアが来る。
私としても夜会以来だから会うのが楽しみだわ。
「オフィーリアさん、この薬草を乾かしてきて」
パトリシアさんからドサリと渡された薬草は、長い蔦に小さな緑色の葉が沢山ついていて、ところどころに赤い実もある。以前だったら、はい、と受け取り日当たりの良い場所に置いてきたのだけれど、私だって成長している。確かこの薬草は。
「蔦から葉を取って、葉だけ乾かせばいいですか?」
「……ええそうよ」
「残った蔦と実はどうしましょう?」
「蔦は一センチほどの長さに切って、実は水に浸しておいてくれる?」
「浸す時間は用途によって違いますよね。どれぐらいしましょうか?」
「…………半日でお願い」
「分かりました。では、午後からは柔らかくなった皮を剥いて果肉をすり潰します」
「そ、そうね。ま、基本的なことだから知っていて当たり前だけれど」
うっ、と言葉を詰まらせるパトリシアさんに私はにこりと微笑む。きちんと説明してくれないのなら、覚えれば良いだけ。勉強の成果が出ている。
とはいえ、専門知識を学んだ彼女には敵うはずもなく、レイモンド様と話している調薬の会話の意味は半分も分からない。
客観的に見ても、基本的に二人は良き友人で同僚。でも、私とパトリシアさん二人だけの時の会話にざらりとしたものを感じるのは考えすぎかしら。
「レイモンドって、集中すると周りの声が聞こえなくなるでしょう」
「学生時代はファンクラブができて、良く愚痴っていたわ。ほら、レイモンドってあからさまに女性らしい人が苦手でしょ? 着飾っている令嬢とか、あら、オフィーリアさん、その髪飾り素敵ね、そんな可愛いデザイン私には似合わないわ」
なんだろう。
扇子で口元を隠し嫌味ったらしく言われるなら分かりやすいのだけれど、カラッとした笑顔であっけらかんと言われると悪意があるのか判断に困ってしまう。
説明不足についてもそう。わざとなのか、それぐらい知っていて当たり前だと思っているのか。
パトリシアさんの大雑把な説明で、私の知識不足が顕になりご迷惑をおかけすることが何度かあった。その度にパトリシアさんは皆の前では自分の説明不足だからだと私を庇い、率先して作業を代わってくれたけれど、二人になると「これぐらい知っていると思っていたの」と言われた。
庇われたこともあり、すみませんとしか言えずモヤモヤした気持ちを抱えたまま帰ることもあったけれど、最近ではそれも随分減った。
「それが終わったら、街の西にある薬草屋にお使いに行ってくれないかしら。行けば簡単に分かるから」
「はい。午後から友人が訪ねて来るので、私が戻ってこなければ待っていてくれるように伝えて頂けますか?」
「いいわよ」
カラリと笑うパトリシアさん、その笑顔を見れば悪い人には見えないのだけれど。
薬草を干し、蔦は刻み実はたっぷりの水に漬けて日陰に置いた私は、パトリシアさんから二枚の紙を受け取った。
「一枚は地図、もう一枚には買ってきて欲しい薬草を書いておいたから」
「あっ、この薬草はフレッシュなものと乾燥したものどちらを買えば良いですか?」
「……乾燥したものをお願い」
机の上にメモ紙二枚をおき、忘れないように買い物リストに書き足していると、鞄を手渡された。
「買ったものはこの中に入れてね、あっ、地図も入れておいたから」
机の上に置いていた地図は、いつの間にか入れてくれたようで。
「ありがとうございます」
「それほど遠くないし、馬車を停める場所がないから歩いて行った方が良いわ。とりあえず教会を目指して歩けば大丈夫だから」
「はい」
今回はやけに親切に教えてくれるな、と思いつつ斜め掛けの鞄に頭と片腕を通す。とりあえずメモ帳とペンも鞄に入れて、こんなものかなともう一度確認する。
部屋には私達二人だけ、レイモンド様達は研究の途中報告会とやらで会議に出席中。アゼリアのことが気になるのでできるだけ早く帰ってこようと思いながら、私はお使いに出かけた。
この国に来てひと月経つ割には、私はまだこの街に不慣れだ。休みの日にレイモンド様に馬車で街を案内してもらった時に、大きな公園や流行りのお店が並ぶ通り、教会等主要な場所は見て回った。でも、そのあとは時間があれば勉強していたので、自分の足で歩くのはこれが初めて。
「えーと、お目当ての薬草屋は教会の前の道を西に向かえば良いのね」
地図を思い出しながら教会へと向かう。教会はお邸からお城までの間にあるから毎日見ているし、尖り屋根が目立つので迷うことはない。
緩やかな下り坂をおり、大通りを進んで教会の前まできたところで、地図を取り出そうとしたのだけれど。
「あれ? 地図がない」
パトリシアさんは鞄に入れたと言っていたけれど。
近くのベンチに座り、中身を取り出して探すも薬草屋までの行き方を書いた紙は見つからなかった。
「もしかして、わざと地図を入れなかった、とか?」
いやいや、証拠もないのに人を疑うのはやめておこう。それに地図なら覚えている。紙とペンを取り出しサラサラと書く。よし、これで大丈夫、なはずなのだけど。
いつも思うのは地図は上空から見た景色を描いていて、私が実際に目にする風景とは異なる。そのせいか、すぐに迷ってしまうのよね。
何度か地図をぐるぐる回し、周りの景色と見比べるを数回繰り返す。
西とはどっちでしょう。
方向感覚が優れている人ならこんなこと考えなくてもすっすっと歩けるのに。太陽の位置から分かると言われたこともあるけれど、今はお昼。太陽は頭の上。
「あの、すみません。この薬草屋に行きたいのですけれど」
運良く出てきたシスターに聞けば、薬草屋は知らないけれど西は向こうだと指差し教えてくれた。「ありがとうございます」とお礼を言って私は指された方へと進む。大通に対し細い道が幾つも交差していて、一つ角を曲がれば雑多な街並みに変わった。
「えーと、このあとは三つ目の角を曲がって……」
書いた地図を確認しながら、私はその道を進んでいった。
今はスマホがあるから大丈夫ですが、地図があっても目的地につけないタイプです。典型的な地図の読めない女。引越しのたびに、家の近所で迷子になってしまう。
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