薬学研究室へ差し入れをします.5
「どうしたんだ、オフィーリア」
「レイモンド様。手が急に痒くなって、洗ったらこうなってしまったのです。どうしたのでしょうか?」
赤い発疹だらけの手を見せれば、レイモンド様の顔色がさっと変わった。
「もしかして、濡れた手でナルディアを触ったのかい?」
「籠が汚れていたので雑巾を濡らして拭きました。でも選別前には手を拭いています」
「ナルディアは少しの水分にも反応して、かゆみを起こさせる成分を出すんだ。籠の中に入れたナルディアを触らなかったか?」
「……触りました」
「それが原因だ。さらに手を洗ったから発疹まで出たんだろう。待っていて、確か薬があったはず」
そう言って、レイモンド様は研究室へと戻られた。
ナルディアにそんな性質があったなんて、と思ったところであれ、と気になることが。
「私、雑巾で水拭きすること、パトリシアさんに伝えたわよね」
それに、籠をかき混ぜながらもう一度確認するよう言ったのもパトリシアさんだ。
サルディアが混ざっていたからって。あんな見分けやすい葉、私どうして間違えたのだろう……
そこまで考えたところで、レイモンド様が缶に入った軟膏を持って研究室から出て来た。
「手を出して」
「はい」
言われるがままに出せば、赤く腫れ湿疹だらけの手に軟膏を塗ってくれる。
「あ、あの」
「どうした? さらに痒みが強くなったとか? 肌に合わないことも……」
「ち、違います。そうではなくて、この湿疹レイモンド様にまで感染したりしませんか?」
「ああ、それなら心配ない」
ほっとする私を見て、レイモンド様は少し眉を下げる。
「オフィーリアはいつも人の心配をするんだな」
「そんなことないと思うのですが」
「いや、だっていつも図書館で沢山の本を読んでいただろう。友人の病気を治すのにあそこまでできる人間はそれほど多くない」
「ご存じだったのですか」
確かに、私は放課後毎日のように図書館に通っていた。その姿を見られていたなんて。
「読んでいたのが医学書だったから気になっていたんだ。王立図書館で論文を読んでいる姿を見かけたときは声をかけようかと思ったけれど、真剣な顔に邪魔になるかとやめたんだ」
「では、私が友人にレイモンド様を紹介してもらうより以前から、私のことをご存じだったのですか」
初めて聞く話に驚いていると、レイモンド様は少し頬を染め「そうだ」と答えられた。
手際よく包帯も巻かれたところで、パトリシアさんが帰ってきた。
「あら、どうしたのその手」
「オフィーリアが濡れたナルディを触ったんだよ」
「まさかそんなことが。濡れたナルディアを触ってはいけないのは常識なのに……ってオフィーリアさんは専門知識がないのだものね。私が始めに伝えるべきだったわ」
「いや、それを言うなら俺もだ。選別するだけだから必要ないと思って伝えなかった」
パトリシアさんは、眉をさげながら「酷いわね」と同情した声をかけてくれた。
「……すいません。なんか私ご迷惑をおかけしたようで」
「そうね。でも、素人なのだから仕方ないわ」
本当は、雑巾で拭いたことや籠をもう一度見るよう言ったことについて聞きたい。
でも、先に自分のせいだと言われては、何となく言い出しにくい。
「ねぇ、レイモンド。オフィーリアさんにはもう帰って貰ったら。残りは私がしておくわ、ナルディアの葉も干したほうがいいわね」
「そうだな。オフィーリア、馬車は城門の前か?」
「ええ。そこで待つように伝えています」
「それなら、そこまで送っていこう」
レイモンド様は包帯を巻いていないほうの私の手を取り立たせてくれる。
「そうだ、ちょっと待っていて。もう一つ軟膏があったからそれも持って帰ってくれないか。僕は帰りが遅くなるかもしれないから、湯上りにもう一度アンに頼んで塗ってもらえばいい」
そう言って、再び研究室へ戻っていかれた。
「もしかして、残業の理由はあなたのせいかもね。研究って途中で止めると、一からしなきゃいけないものもあるから」
「えっ、そうなんですか」
「そんなことも知らないの? って、私すぐに思ったこと言ってしまうから気を悪くしないでね」
肩をすくめ呆れられ、私は包帯を巻かれた手を見ながら自己嫌悪でいっぱいになった。
夜、レイモンド様が帰って来られたのは深夜近くだった。
私のせいだと重い気持ちで階段をおりていくと、レイモンド様がはっとこちらを見上げ駆け寄ってくる。
「オフィーリア、起きていたのか。手の具合はどうだ?」
「湯上りにアンに軟膏を塗ってもらいました。湿疹はほとんど消え赤みだけがまだ残っています」
「そうか。手当が早かったのが幸いだった。それなら明日の朝には赤みもほぼ消えるだろう」
心底安心した顔で私の手を取るレイモンド様。でもお顔にお疲れが滲んていて、私の気持ちはさらに重くなる。
「もしかして俺が帰ってくるのを待っていたのか?」
「はい。ご迷惑をおかけしたことを謝りたくて」
「そんなことはいい。俺のほうこそ無理をいって申し訳ない。オフィーリア、明日からだがもし嫌なら無理を……」
「そのことでしたら、お願いがございます」
えっと驚いたように目を丸くするレイモンド様に、私は自分の考えを伝えた。
次回初のレイモンド視点です。短編から始めたので、人物深掘りをするタイミングがなく、そのあたりが少しでもできればと思っています。
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