薬学研究室へ差し入れをします.4
「それじゃ、こっちの箱にサルディアを、ナルディアは……別の薬を作るのに使えるからとりあえず籠に入れてくれる?」
「はい」
パトリシアさんは物置から箱と籠を持ってくると、箱は机の上、籠を下に置いた。でも、どちらもちょっと埃っぽい。
「あの、汚れているので水拭きしたいのですが、雑巾はどこにありますか?」
「……台所のバケツの中に入っているわ。私、まだ仕事が残っているからここは任せるわね」
「分かりました」
それだけいうと、パトリシアさんはハリストンさんが入っていった実験室に向かった。
「一緒にすると聞いたような……」
ま、いいか。微妙な空気の中二人でするより一人のほうがいいし、と気持ちを切り替える。
台所にいくと、小さな調理台の足元にバケツと雑巾があったので、固く絞って拭くことに。
「さて、始めよう」
卒業と同時に出国した私にとっては初めての労働。労働と呼べるほどのものではないかも知れないけれど、お給金が出るのだからと真剣に葉っぱを選別していく。
「届いた箱、割と雑に入っているわね」
普段からそういうものなのかは分からないけれど、ちぎれたり踏まれたりしたものや枯れかかった葉まで入っている。そのどれもが薬の材料として使えるのか分からない。確か、すりつぶして使うのは新鮮な葉だけ。逆に粉末にする際には全部乾かしてから磨り潰すと書いてあったような。でも、私は専門家ではない。
パトリシアさんに聞いてみようかと思ったれど、判別できそうにないものが他にもどんどん出てきそうなので、それはまとめて置いておいてあとから聞くことにしよう。
そう思いながら作業をすること三十分、パトリシアさんが実験室から出て来た。
「契約書ができたから、サインをしてくれるかしら」
「はい」
差し出された紙に目を通して、自分の名前を書く。それからちょうど良かったと、机の上に並べていた選別に迷った葉について聞くことに。
「パトリシアさん、このちぎれたり枯れたりした葉は使えますか?」
「あら、あなたそんなことも知らないの。あっ、ごめんなさい、私思ったことをつい口に出してしまうところがあるから気にしないで。ほら、令嬢ってすぐ言葉をオブラートに包んで曖昧な表現するでしょう。私、あぁいうの苦手なのよね。で、なんだったかしら」
「……すみません。こちらの葉ですが、薬の材料になるのか分からなくて」
「あぁ、そうだったわね。初歩的なことなんだけれど」
と前置きしたあとで、パトリシアさんは「枯れたのは使えない」「これぐらいの傷みなら大丈夫」とてきぱきと分けてくれた。でも……これぐらい、の匙加減がいまいちよく分からない。
「変色していたら使えないのですか?」
「そうね、あとは経験で見分けるしかないから分からない葉は置いておいて。やっぱり素人では難しいわよね。レイモンドも無茶を言うわ。彼の代わりに謝るわ、ごめんなさいね」
「……いえ、勉強不足の私が悪いですから」
友人なのに、身内か恋人のような口調。
口元が引き攣るのを抑えながら微笑んでおいたけれど、もやもやする。
パトリシアさんの言うことは間違っていないし、私に専門知識がないのも事実なんだけれど、優越感がこもる口調は気のせいではないわよね……。
「あっ、一枚、籠にサルディアが入っているわ」
「えっ、申し訳ありません」
パトリシアさんは箱から葉を一枚取り出す。とそれは見るからにサルディアの葉。あんなに分かりやすいの、私どうして間違えたのかしら。
「いいの、素人なんだから仕方ないわ。でも他に混ざっていないかもう一度見ておいてくれないかしら。手を籠の中に入れてざっとかき混ぜながら見る程度でいいから」
「分かりました」
「それじゃ、私はあなたの雇用契約書を総務部に提出してくるわ。あっ、そのまえにレイモンドのサインも貰わなきゃいけないわね」
パトリシアさんは、レイモンド様のいる実験室に向かう。少し開けられた扉から、親し気な二人の会話が聞こえてくるけれど、それはあくまで友人としての親しさで。怪しむことなんて一つもないはずなのに、なんだか……あぁ、私ってこんな駄目な人間だったかしら。仕事に集中しよう。
パトリシアさんはすぐに実験室から出てきて、総務課へ行かれた。
私は言われた通り籠の中に手をいれ、下の方から持ち上げるようにして中をかき混ぜつつ目を通していく。念入りに、何度も何度もその作業を繰り返していると。
「なんだか手が痒いわ」
あれ、と思いかき混ぜていた手を見ると赤くなっている。
反対側の手と比べると、やっぱり赤い。
どうしたのかと思っていると、痒みはどんどんひどくなってきて。
「もしかしてナルディアにかぶれたのかな」
おかしいと思いつつ台所に向かい、柄杓に水を汲んで手に掛ける。触れてかぶれるなら誰かそう教えてくれるはずなのに。少なくともレイモンド様なら絶対に。
こんなことでレイモンド様達にご迷惑をかけるのも申し訳ない。
それに、かぶれたのなら洗えばマシになる、そう思ったのだけれど。
「えっ、これは何? どうしたの?」
さっきまで赤いだけの手に、次々赤い発疹が浮かび上がってくる。
小さなぶつぶつに、思わず泣きそうな声を出せば、レイモンド様が実験室から飛び出してきた。
絶妙なイライラ感を出せてたらいいのですが。
頭がお花畑キャラは非常識なこともさせれるのだけれど、頭がきれて仕事もできるキャラなので、常識の範囲でどうさせるか悩みつつ書いてます。
誤字報告ありがとうございます。
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