薬学研究室へ差し入れをします.3
「そうだったのか。それならこの箱の選別を手伝ってもらったらどうだい?」
「あら、それなら私がしますよ。雑用は私の仕事ですし」
パトリシアさんが箱に手をかけ言うも、その量が沢山なのは見るからに明らか。
レイモンド様が葉を一枚とって私に見せた。
「オフィーリア、これは?」
「サルディアですわ」
「ではこれは?」
「うーん、ナルディアに似ていますが、葉脈がはっきりしませんね。ちょっとお借りしてよいでしょうか」
葉を手に取り光に翳す。
二つの一番の違いは葉脈。縦方向に細かく葉脈があるのがサルディアだけれど、萎れているせいか不鮮明。だがら、葉の微妙な形状や日の光での透け具合を頼りに「サルディア」と答えれば、レイモンド様は正解だと頷いてくれた。
「すごいな。萎れて見分けが難しいものまで正確に見分けられている。オフィーリア、大変申し訳ないんだけれど少し仕事を手伝ってもらえないだろうか?」
専門的な知識のない私が請け負ってもいいのかと戸惑っていると、ジェイムス様が研究室の現状について説明してくれた。
「この薬学研究室は二つのチームに分かれていて、俺とレイモンド、それからハリストン殿と補佐官でそれぞれ研究をしている。パトリシアは双方の雑用補佐をしてくれているのだが、ハリストン殿の補佐官が三日前に辞めたことでパトリシアの仕事が増えているんだ」
「あら、ジェイムス様。私でしたら大丈夫ですよ」
「昨日も残業していただろう。俺は好きでやっているが、女性に無茶はさせられない」
そこでだ、とジェイムス様は私を見る。
「弟の婚約者に対し申し訳ないんだが、パトリシアを手伝ってくれないか。それで、パトリシアは時間ができた分ハリストン殿の補佐をして欲しい」
「私が研究補佐をですか?」
雑用補佐と研究補佐では求められる専門性が違うようで、パトリシアさんは困ったように眉を下げる。
「確かにそうしてくれると助かるな」
「ですがハリストン様、私はまだ補佐官としての試験に受かっていません」
「分かっている。だから補佐官として任命できないが、それでも任せても問題ない仕事はいくつかある」
ちょっと話が見えないし、追いつけないでいる私に気づいたレイモンド様が研究者について教えてくれた。この国で補佐官や研究者になるには一定の授業を受けた上でそれぞれの試験に合格しなければいけないらしい。その試験というのが難解で、パトリシアさんはまだ受かっていないから雑用補佐の立場だという。
「では、レイモンド様は合格されたのですよね」
「ああ、留学する前に補佐官の試験に受かっている」
「それって凄いことではありませんか?」
「俺はぎりぎり及第点、兄は俺と同じ最年少で満点で合格している。さらには研究者の試験にも在学中に合格している」
レイモンド様は研究者試験を今年初めて受けるらしく、今は補佐官のお立場らしい。
肩を竦め苦笑いをされていますが、お二人とも次元の違う場所にいらっしゃるのでは?
「レイモンド、オフィーリアさんに手伝ってもらいたいが問題はあるだあろうか?」
ハリストン様の言葉にレイモンド様は私を見る。
「いいえ、俺は特にありません。オフィーリアさえよければですが」
「……分かりました。私ができることなんて限られていると思いますが、お手伝いさせてください」
「ありがとう、助かるよ。ではこれからは職場でもオフィーリアに会えるな」
甘い笑みを浮かべるレイモンド様。
少し、いえかなり迷ったけれど、喜んでもらえるなら頑張ろうとおもう。
ずっとお邸にいるだけの日々には少々飽きてきたし、婚約者としてレイモンド様のお役に立ちたいという気持ちもある。でも、それよりもなんだか……気になってしまったのだ。いろいろと。
レイモンド様は誠実だし、心配することなんて何ひとつないはずなのに。
そんな私の気持ちには気づかず、レイモンド様がパトリシアさんに声をかける。
「早速だがパトリシア、オフィーリアと一緒に作業してくれないだろうか」
「分かったわ。ではレイモンド、箱をもう少し窓際に寄せてくれない? その方が見やすいわ」
自然な仕草でレイモンド様の腕を引っ張るパトリシアさん。媚びた表情ではないので、傍目にはこき使っているようにさえ見えるのだけれど、なんだかもやもやしてしまう。
「ああ分かった。それからハリストンさん、申し訳ないですがオフィーリアの雇用契約書を用意していただけませんか?」
「ああ分かった。ここの責任者は俺だ、もちろん作ろう。保証人が必要だがレイモンド、お前でいいな」
「もちろんです。彼女は俺の婚約者ですから」
「はいはい。ところどころに惚気を入れるな。こっちは独り身なんだ」
肩を竦めるハリストン様。レイモンド様は照れることなく私に甘く微笑まれますが。
えっ、雇用契約書?
「あ、あの。私はちょっとお手伝いするだけですので、そこまで必要ないと思うのですが」
「いやいや、働くんだからそこはきちんとしておかなくては。給料払わずにただ働きさせるのはこの国では違法なんだ。雇用契約書を提出しなかったら俺が上から怒られる」
ハリストン様にそう言われると頷くしかない。
でもお給金分の責任があるわけで、それは私にはちょっと荷が重かったりもする。
ひとまず話が纏まったところで、レイモンド様とジェイムス様は「何かあれば声を掛けてくれ」と右側の実験室に戻って行かれた。ハリストン様も左側の実験室の扉を開け出て行く。他にも小さな扉が左右にひとつずつあり、右側が台所で、左側が物置らしい。
この部屋にある机は、共有で使う書類が置かれた執務机がひとつ。それから私達がクッキーを食べていた大きな机がひとつで、それは薬草の選別や下準備に普段使っているらしい。
私とパトリシアさんは机を挟む形で立つ。
なんだかさっきまでと空気が違い、重く感じるのは気のせいかしら。
鈍いレイモンドに少々イライラするかもですが、その辺りの理由も後々書きますので、暫しお待ちください。
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