薬学研究室へ差し入れをします.2
「あら、あなたは確か……」
「初めまして、パトリシアと申します」
にこにこと可愛らしい笑顔を向けてくのは、間違いなく私がぶつかった女性。
でも彼女は初対面のような笑顔を私に向けてきた。それも、さっきとは違いはつらつとした明るい笑顔だ。
私の勘違いかしらと目をパチパチさせていると、レイモンド様の手が私の肩に回された。
「こちら、俺の婚約者のオフィーリア。差し入れを持ってきてくれたんだ。オフィーリア、パトリシアとは学生時代からの付き合いだ」
「腐れ縁というやつよね。オフィーリアさん、差し入れをありがとう」
「いえ、大したものではないのですが……」
「もしかして手作りとか? 私そういう女性らしいこと全然だめなの。ほら、レイモンドって媚びる女性が嫌いでしょう? 私のことは男友達としか思っていないから気にしないでね。それにしても、とっても可愛らしい御令嬢でびっくりしたわ」
うん?
さばさばとした口調でレイモンド様を呼び捨てにしたパトリシアさん。
他意は……ないわよね。
レイモンド様の肩をポンと叩いて笑っているけれど。
どう振る舞うのが正しいのか分からず曖昧な笑顔を浮かべていると、パトリシアさんはお皿を持ってくると言って、レイモンド様が出て来た部屋の隣の扉を開けて中に入っていった。
「……えーと、仲がよろしいんですね。あっ、女性嫌いとジェイムス様が仰っていたので意外だっただけで……」
「あぁ、彼女はああいう性格だろう。媚びを売らないしすり寄ってくることもない。唯一俺が友人と呼べる女性だよ」
「そうですか」
確かに、レイモンド様がパトリシアさんを見る目に深い意味はないし、パトリシアさんもレイモンド様に対し友人のように振る舞っている。
「どうした、オフィーリア?」
「いいえ、何でもありません」
私の気のし過ぎよね。だってレイモンド様は私の手作りクッキーをとても喜んでくださり、相変わらず蕩けるような微笑を向けてくる。ちょっと距離が近いけれど。
パトリシアさんとぶつかった時交わした会話はそう長くないから、私だったと気が付いていないだけかも。
……でも、女の勘というものかしら、なんだかもやもやが心の隅に残った。
並べられたお皿にクッキーを入れていく。サンドイッチは大皿を用意してもらい、そこに纏めて置いた。
「どうぞ召し上がってください」
「わあ、凄く美味しそう!」
笑顔で手を伸ばすパトリシアさんに、私は思い過ごしだったかとひとり苦笑いを零す。でも。
「あら、このクッキーなんだか風味が足らないような」
一口食べたパトリシアさんが首を傾げた。
「実は私、卵が食べられなくて。それは卵抜きのクッキーです。星型のクッキーは卵を入れて作っていますので、こちらのほうがお口に合うかもしれません」
「あら、そうなの。それでは食べれるものが限られて大変ね。王都に美味しいカフェがあるけどそこも駄目かしら。ほら、レイモンド、あなたが隣国に行く前に一緒に行ったあそこよ」
「ああ、あそこか。そうだな、オフィーリアが食べれるものはないだろうな。でも、この卵が入っていないクッキー、俺は美味しいよ」
そう言って、ハート形のクッキーを頬張るレイモンド様だけれど。一緒に行った、という言葉が気になってしまう。
「レイモンド様は甘いものが苦手ですが、カフェに行かれたのですか?」
「送別も兼ねて友人達が場を設けてくれたんだ。たぶんあいつらが食べたかっただけだと思うけれど。俺は焼き菓子をブラックコーヒーで流し込んでいた」
「そうなのですか」
夜会でも数人の男性と話をされていたし、ご友人は多いよう。人当たりのよいレイモンド様だからそれは当然のことか、と思う。
甘さ控えめの焼き菓子なら食べられることもあるようなので、今度はフィナンシェを作るとお伝えすれば、甘くても私と同じものが食べたいと仰った。その言葉こそ甘いのですが。
「レイモンド、お前本当にレイモンドか?」
「ハリストンさん、それはどういう意味ですか」
胡乱な瞳のハリストン様に対し、レイモンド様が眉を顰める。と同時にテーブルの下で手を握られた。
頬が赤くなるのを自覚しつつ、誤魔化すようにカップに手を伸ばそうとすると。その場の空気を変えるようなさばさばとした口調でパトリシアさんがレイモンド様を呼ぶ。
「そういえば、レイモンド、午前中にした実験はどうだったの?」
「うーん、いまいちかな。もう少し薬草同士がしっかり混ざると良いのだけれど」
「だったら、薬草をすり潰した上で煮てみたらどうかしら?」
「そうか! その手があったか。ありがとうパトリシア、やってみるよ」
二人の会話にジェイムス様とハリストン様も「ではこうしたら」とアドバイスを始めた。飛び交う意見に、それを活かして生まれる更なるアイデア。なんだか凄いな。
いつもの甘い表情を消し去り眉間に皺を寄せるレイモンド様は、今まで見たことがない。
なんだか圧倒され……そして見惚れていたけれど、そろそろ私は帰るべきね。お仕事の邪魔になってしまう。
「あの、そろそろ私帰ります」
「そうか、では門まで送っていくよ。馬車は門の前に待たせてあるんだろう?」
「はい、でも一人で大丈夫です。皆さん、お仕事頑張ってください」
軽く頭をさげ、バスケットを手にして扉を開けようとしたのだけれど、それより早く扉が開いた。
「荷物を届けにきました。確認をお願いします」
「分かりました」
パトリシアさんが私の肩を押しのけ、木箱の中身と送り主を確認する。ちょっと押された力が強い気がしたけれど。
「届いたのはレイモンドが注文したサルディアの葉よ。開けてみる?」
「ああ、待って重いだろう。俺が運ぶ」
パトリシアさんの手から木箱を受け取るレイモンド様。帰るつもりだったけれど、テーブルの上のお皿が邪魔かと踵を返しさっと纏める。
「ありがとう。オフィーリア」
「いえ。サルディアですか。図鑑で見たことはあるけれど実物は初めてです」
「そうか、良かったら見ていくかい? といってもただの葉だけれど」
そう言いながら、部屋の隅の箱から釘抜きを取り出し、レイモンド様は手早く釘を外す。
箱は六十センチ四方とかなり大きく、中にはびっしり葉が詰まっていた。青臭い葉の匂いから新鮮なものだと分かる。でも。
「あれ、これナルディアが混ざっていませんか?」
私が箱の一部を指差すと、レイモンド様が葉を一枚手に取った。
「本当だ! よく分かったな、オフィーリア。俺達でも見分けが難しいのに」
「私、絵や図柄を覚えるのが得意なんです。文章は何度も読まなければ頭に入らないのですが、絵はスッと頭に入ってくるのです」
これはあまり役に立たない私の特技。友人とした間違い遊びぐらいしか活かしようがない。
「オフィーリアには薬学の知識があるのかい?」
ハリストン様の言葉に、レイモンド様が、私が友人の薬を探して文献を読んでいたことを説明してくれた。その説明がやや大げさに脚色されている気がしないでもないけれど。
「そうだったのか。それならこの箱の選別を手伝ってもらったらどうだい?」
えっ? ハリストン様。今なんと仰いました?
パトリシアの匙加減を悩みつつ書いています。ピンク髪の甘えて媚びるタイプは参考になる作品が沢山あるのですが、この手のタイプは私が知る限りいなくて。
楽しんで頂けるように、試行錯誤しながら頑張ります。
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