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薬学研究室へ差し入れをします.1

本日二話目です。


 ガートン様が来られた三日後。

 私はバスケットを抱えて王城を訪れていた。


「ふふ、喜んでくれるかしら」


 バスケットの中に入っているのは、甘さ控えめ卵不使用のクッキー。レイモンド様がご希望された品だ。でも、お口に合うか不安だったので普通のクッキーも用意した。


 お邸でお渡ししても良いのだけれど、せっかくだからあまり帰って来ないジェイムス様にも食べて貰おうと差し入れをすることに。ジェイムス様は食事すら忘れることがあるらしく、料理長がそれならとサンドイッチも詰めてくれた。


「……と、ここはどこかしら?」


 門にいた衛兵に身分を名乗り、ついでに薬学研究室の場所も教えて貰ったのだけれど。


「角を曲がってまっすぐ進めば五分ほどで着くと仰っていたのに、もう十五分は歩いているわ」


 進むにつれどんどん人が少なくなるから、不安になってはいたのだけれど。

 昔から私、なかなか目的地へ着かないのよね。方向音痴というほどではないと、自分では思っているのだけれど……ここはどこかしら? お城の屋根は見えるのに、そこに向かう道が分からない。


「そろそろ誰かに聞いた方がいいわよね」


 こんなことならもっと早くに聞けばよかったのだけれど、皆忙しそうにしているので声がかけづらかった。


 周りには背の高い樹木が増え、その中を細い道がうねうね進んでいるけれど、ここを行くのは違うと私でも分かる。どうしようかと思っていると、生け垣の向こうにある小屋から出てくる男の人を見かけた。


「あの人に聞きましょう」


 その後ろ姿を追いかけ小走りに近づくも、意外に足が速い。フードを被っているので年齢は分からないけれど、歩き方からしてご老人ではないようだ。しかも、あと少しで追いつくという所で男性は角を曲がってしまった。


「あっ、待ってください……きゃっ」


 慌てて私も曲がろうとすると、ちょうど向こう側から来た人にぶつかってしまった。


「あっ、申し訳ありません。私、急いでいて」


 肩がぶつかった相手は、赤い髪を緩やかに巻いた小柄な令嬢。大きなハシバミ色の切れ長の瞳は、私を見ると瞬き一つ、次いで眉間に皺が刻まれた。


「あの……お怪我はありませんか」

「……いきなり飛び出してくるなんて、非常識な方ですね」

「す、すみません」


 確かに走った私も悪いけれど、曲がり角での衝突は私だけのせい? と思いつつ頭を下げれば、眉根を寄せたままこちらをジロジロと見てくる。

 見慣れない顔だと不審に思われているようだけれど、それならそれで事情を説明して薬草研究室の場所を教えてもらえばよいわけで。


「実は知り合いを訪ねて来たのですが迷ってしまって。薬学研究室は……」

「……悪いけれど急いでいるの」


 言葉途中で遮られ、赤髪の令嬢は早足で立ち去っていく。えっ、と思いつつその後ろ姿を目で追えば、お城の外回廊が見えた。


「回廊を辿ればお城に着くはず!」


 良かったと思い、道なりに進めばお城へ入る扉が見えてきた。大きな扉の前には衛兵が一人。

 確か一階の右奥だと教えて貰ったけれど、念のため衛兵に聞けばさらに詳しく場所を教えてくれ、私はやっとのことで扉の前まで辿り着いた。


 コンコン

 

 ノックをすると知らない男の人の声で返事があった。本当にここで良いのか不安になって、扉の横に掛けられている木板の「薬学研究室」の文字をもう一度確認してから、扉を開ける。


「あの、オフィーリア・ダンバーと言います。レイモンド様はいらっしゃいますでしょうか」


 細く扉を開け顔を覗かせると、書類が山積みされた机の向こうに見えていた銀色の髪の人が立ち上がった。三十歳半ばぐらいの、少し垂れた翠色の目が優しそうな男性が怪訝そうに私を見るも、すぐにポンと手を叩く。


「もしかしてレイモンドの婚約者か?」

「はい、突然申し訳ありません」

「レイモンドなら隣の部屋にいるよ。ちょっと待ってくれ呼んで……」

「今、オフィーリアの声がしたんだが……あっ、オフィーリア! どうしたんだ、急に」


 男性が右側の扉に向かおうとするより早く、扉を開けレイモンド様が出てこられた。


「申し訳ありません。前触れを出そうと思ったのですが、トーマスさんが必要ないと仰ったので直接来てしまいました。差し入れをお渡ししたかっただけなのですぐに帰ります」

「わざわざありがとう。また幻聴が聞こえたのかと思ったけれど、今回は本物だった。オフィーリアならいつでも歓迎だよ」


 また? 少々引っかかる言葉に、唇の端がピクリと反応してしまったけれど、嬉しそうな顔をされては何も言えない。その後ろからはよれよれの白衣姿のジェイムス様も姿を見せる。


「とうとう幻覚を見ているんじゃないかと心配になってきたが、本当にオフィーリアだ。そういえば最後に食事をしたのはいつだったかな。俺も頂いていいだろうか」

「もちろんです。料理長がサンドイッチも作ってくれました」

「それは助かる」


 いつ食べたか覚えていないと言われ唖然としてしまった。料理長の配慮はさすがだわ。


「ハリストンさん、僕の婚約者のオフィーリアです。オフィーリア、研究室の責任者をされているハリストンさんだ」

「宜しくお願いします。沢山作ってきましたのでハリストンさんも召し上がってください」

「ありがとう。では休憩といこうか。そういえばパトリシアはまだ帰ってきていないのか?」


 まだおひとり、それも女性がいるらしい。

 と、その時後ろの扉が開いた。


「ただいま戻りました。あら、お客様ですか」


 その声に振り返った私は思わず目を見張ってしまう。

 赤い髪にハシバミ色の瞳は見間違うはずがない、そこにいたのは、私がぶつかった女性だった。


私も方向音痴です。地図があっても目的地に辿り着けないのはどうしてでしょう。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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