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星はめざめる

作者: 夢影みちる

 「瞬く星の命 輝きその身に覚えては 初めて目覚めを知り生きる――」

私がこの世で最も愛していて、また唯一知る詩。その詩を何時知ったのかはもう記憶にはない。きっと、私がもっと幼い子供の頃だったのだろう。週のうち幾つかの日には、図書館に行き本を読み耽った。その中で私はファンタジー文学が好きだった。


 でも今、私は何処にいるの? 幼い子供は日を経て成長し、そんな事ばかりを思考するようになってしまった。ええ、他の誰でもない、私のこと。私は毎日毎日を世界で過ごしていない。私という存在は、この世には生きてはいない。たった一人で、精神に潜って遊んでいるの。


私の精神は、色褪せない宝石の色。無限に広がり、終わることの無い宇宙空間に似ている。楽しいもの、苦しいもの、無邪気なもの、痛いもの、沢山の心が敷き詰められている。色々なものを引っ張り出してそこで過ごす。外に出ていっても、再びそこに帰還する。


 きっと神様に命じられたのでしょう。

私という人間はこう生きなさいと。おまえは二度と外には出られないのだと。そうに違いない。私は光ることの無い星を背負った、生きられない罪人。私は枯れることの無い花を背負った、死ねない罪人。


何時かは詩のように生きられると思っていた。物語の主人公のようになれると思っていた。そう思い込んでいた。なれなかった。豪奢なドレスにガラスの靴や、魔法のステッキは与えられなかった。結局私はただの少女になった。





 おかしな香りがしている。

蠱惑するような、謎めいた毒々しい香り。それが今私の中に立ち込めている。ああ、分裂してしまう! 徐々に胸が痛み出していく。大勢の話し声とざわめきが響く。耳をつんざく。誰かの視線が突き刺さる。私の中で!


やめて。私を弄ぶのはこれ以上やめて。

影の重苦しさに囲まれ、ゆるゆると起き上がってくる私の「何か」。ずっと無意識のうちに押さえ付けていた、第二の精神。第二の空想。彼女は私に牙をむく。その赤い爪を突き立てる。その裸体を私に見せつける。彼女は罪深さを呼び寄せる存在だ。死の匂いを漂わせる、悪意や殺意が集まった意識だ。


 私に、私の精神に語り掛けてくる。この平和で星明かりの散らばる精神に。

ああ静かな声。彼女の優しい甘美なる声。


「あなたは人間でしょう? ならばあたしの言葉に耳を傾けなくては。あたしは生きている人間の感情がわかる。生というものの、極限の感情が」


どうして、どうしてそうやって私を責め立てることが出来るの。

私は人間になれないままでも、ただ平穏な精神を持っていたいのに。


「あなたは愚かなことをしている。あなたは白い。それは人間らしいことを考えていないから。でもあたしは赤い。命と血の赤。あたしは赤いまま」


いやだ。赤になんか染まりたくない。罪深い女になりたくない。罪深くなれば、神様はきっと私を見放す。そうしたら私はもう、恥ずかしくて生きていられない。私は罪の塊に変わりたくない。




 彼女は私に、その顔を近付ける。ガラス細工のような黒い瞳と、そのまわりを囲む薄紅色。綺麗だ。身の毛もよだつほど。彼女は言葉を投げ掛けるのをやめた。沈黙の中で、私の叫びが彼女に届いたことを祈るばかりになった。


愚かしいと言われても、私は私でいることをやめたくなかった。

透き通るまま漂っていたかった。ただ精神の宇宙でうずくまって。抑圧を知らず。


彼女のまとう光が、私の精神を刺す。痛みに溺れるまま、彼女の瞳から目を離せなくなる。蝶の標本のようだ。磔になったイエス様のようだ。すべての意識が消えかける中、彼女は再び口を開いた。何なのだろう。この感覚は、生まれてから味わったことの無いものだ。私は自分である意味がわからない。


「これを手に取れ。赤くないおまえは、生きている価値は無いわ。民衆も殺せないようなおまえは。その白い生命を絶てばいい」



 彼女は短刀を差し出す。

銀の刃が精神に反射する。その鋭き光が私の精神を痛め付ける。私に自殺を命じる彼女。あまりにも冷酷な第二の精神だ。自殺しろと?

……私はまだ生きていたい。


恐る恐る、歩み寄る。差し出された短刀を、受けとる。刃物の重みと冷たさが伝わった。血の温もりが巡る手のひらに伝わった。ゆっくりと刃を向ける。


彼女の胸を目掛けて。




 ひとつの精神が死んだ。

それは残忍で冷酷な第二の精神だった。私が殺めたのだった。あの短刀は、彼女の胸――核を突き刺した。すべての精神には核があるのだ。だからそれが力尽きれば、たちまち死んでしまうものなのだ。


彼女はもういない。私には平和で美しい精神だけが残った。

ああ、今この時私はやっと呼吸を始められたのだ。ずっとずっと、彼女のせいで呼吸もままならなかった。私は初めて、私として呼吸ができる!


分裂することはもう無い、私の身体は私のもの。

私の魂の星はめざめた。星は鼓動を始め、輝くことを覚えた。第二の精神を突き破り、自らで生きることを知った。




 遠くから、私を呼ぶ風の音がした。

私だけの精神と輝き覚えた星を背負い、ゆっくりとこの足で外の地へと向かった。

お読みいただきありがとうございます。

この少女は、少し性格が私に似ています。どういうわけでしょうか、書く途中で似てしまいました。ともかくこの少女は自分を守るために第二の精神を殺し、新しく本当の自分として外へ出ることを決意したのです。勇気のいる行為です。優しい空想は、平和をもたらしてくれますしね。

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