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唯一の君へ  作者: snufkinnn
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後編

 如月に告白された。

 

 高校の屋上に俺を呼び出した彼女は、俺に好意を抱くようになった経緯などを語ってくれた。最初は、絡みやすい先輩だと思っていたこと。練習を見るうち、徐々に想いが膨らんだこと。さらに、

 

『怪我してても頑張る先輩見てたら…もう駄目でした』

 

 とのことだった。

 

 俺はこの告白を嬉しく感じたのだと思う。如月は可愛いし、気も合うから、もしもそういう関係になったならとても楽しいんだろう。

 

 しかし俺は、その告白の返事を保留した。佳奈の顔が脳裏にちらついたからだ。どうして佳奈のことを考えてしまうのか分からなかった。俺のこの気持ちに整理をつけなければ、告白に対する返事は出来ない気がした。

 

「とはいえ、どうしたもんか…」

 

 自分の気持ちの確かめ方など知らない。誰かに聞くわけにもいかないし、誰に聞いたところで分かるはずもない。

 

「いや、それじゃダメだよな」

 

 自分の感情と向き合うんだ。そうしなきゃ、俺は前に進めないだろう。

 

//

 

 今日も今日とて授業を受け、部活に精を出す。いや、精を出すとは言えないかもしれない。俺の頭の中をぐるぐると回っているのは如月のことだった。自分の感情がわからないなんてことは今までなかったことだったから、戸惑いもその分大きいのだと思う。

 

 俺は佳奈と一度話してみる必要があると感じていた。俺のこのよくわからない感情の中には、きっと佳奈がいる。そう考えた俺は、今日の自主練も休むことに決め、佳奈と一緒に下校することにした。そうと決まればと早速佳奈を誘ったわけだが、

 

「ごめんね。今日は一緒に帰れそうにないの」

 

 断られてしまった。

 

「なんか用事か?あ、聞いちゃ悪いか」

 

「ううん、大丈夫。如月さんに呼び出されてるの。いつ終わるかわからないから」

 

「そっ…か」

 

 それなら仕方がない。となると自主練してもいいが、どのみち俺もこの精神状態では集中できないし、今日は早めに帰るとしよう。しかし、如月が佳奈に何の用事なんだろう。さすがに過干渉が過ぎると思って訪ねることはしなかったけれど、どうにも気になる。なにせ、俺に告白してきた直後だし。

 

 まあ考えても仕方がないか。考えなければならないことはほかにもあるしな。

 

//

 

 

「やっぱり…そうだったんだね」

 

「もう…私にはこれしか…」

 

 

//

 

 

 結局考えても答えが出せなかった俺は、姉に相談することにした。姉は俺の2つ上の大学一年生で俺よりは人生経験も豊富だし、親には相談しづらいし。こういう相談には姉はまさに適役って感じだろう。勝ち気な性格で、こちらが悩んでいることにズバッと納得のいく答えを提示してくれることが多かった。しかし今回の答えは、すぐに納得のいくものではなかったが。

 

「そりゃあんた、恋でしょ」

 

「…へ?」

 

「なにあんた、気づいてなかったの?」

 

 そういわれて俺は戸惑った。だって佳奈は俺の幼馴染で、生まれたときから一緒にいて…。どうにも、そういう対象として見たことがなかったのだ。

 

 戸惑う俺を見かねてか、姉はさらに続けた。

 

「まあでもそうか、あんたたちずっと一緒だったもんね。それが当たり前になっちゃってんのかも」

 

「当たり前…」

 

 二人でいることが『当たり前』。確かにそうだ。当たり前のように同じ高校に進学して、当たり前のように同じ部活に入って…。俺たちはずっと一緒だった。俺はその事実にいつの間にか特別な価値をつけるのをやめていたのだ。そこにある特別な思いに俺は気づかなくなっていた。

 

 しかしそれが今回の告白でまた目に付くところに出てきたのかもしれない。もしも如月の告白を受け入れれば、俺と佳奈は今までのように一緒に過ごすことはできなくなっていただろう。俺は恐れたんだ。今までの日常が崩れることを。だから、俺は如月の思いにこたえることが出来なかったんだ。

 

 俺はこれからも佳奈と一緒にいたいと思っていたんだ。

 

「まああんたは佳奈ちゃんと一緒にいたおかげでほとんどほかの女の子と触れ合う機会がなかったし、これも仕方ないっちゃ仕方ないよ。これを機に、佳奈ちゃんとの関係も考えてみたら?」

 

「おう、そうする。ありがとな、姉ちゃん」

 

「いいってことよ」

 

 姉に礼を言って、話をしていたリビングを出る。自室に戻りながら、俺は今後の方針を考えていた。とりあえず、如月の告白は断ろう。彼女には申し訳ないけど、俺はやっぱり佳奈と一緒に過ごしたい。それから俺と佳奈との関係だけど…。

 

「よくわかんねーんだよな…」

 

 姉はこれが恋だといっていたけれど、俺にはよくわからない。とはいえ、このまま現状維持とはいかないだろう。俺は自分の気持ちを素直に佳奈に伝えなければならない。話はきっとそれからだ。

 

//

 

「きっと…これしかない」

 

「だから…ごめんね」

 

//

 

 

 翌日、昼休み。俺は屋上に続く階段を一人で登っていた。佳奈と昼食を摂る予定である。佳奈と昼食を摂るのはいつものことだが、今日は珍しく佳奈の方から場所を提案してきたのだ。

 

『今日は屋上でお昼にしない?』

 

 夏も終わりに近づき、少し涼しくなってきたところだったので俺も賛成したのだが、俺は部活の選手ミーティングがあったので少し遅れてしまった。かなはもう屋上で俺を待っているだろう。俺は速足で階段を駆け上がり、屋上に続くドアを開ける。

 

 光が目に差し込んでくる。最初に目に入ったのは、佳奈の姿だった。

 

「何…してんだ?」

 

 屋上の冊の向こうに立つ佳奈の姿だった。

 

 ここは4階建ての校舎の屋上だ。落ちれば命はない。にもかかわらず、佳奈は何をしているのか。佳奈は普段と違って髪を下ろしているようで、風にあおられて長い髪が揺らめいている。髪に隠れてその表情は見えない。

 

 俺は深呼吸して、ゆっくりと語りかける。

 

「佳奈?そっちは危ないから行っちゃだめだ。一緒に昼飯ーー」

 

「ごめんね」

 

 内容とは裏腹に力強い言葉だった。何がごめんなのか。何を謝りたいのか。これがいたずらの類ではないことにはとっくに気づいていた。話をしなくちゃならない。

 

「何を…謝ってるんだ?」

 

「最初はね。『一番』でいいって思ってた。でも違ったんだ。ほんとは『唯一』になりたかった」

 

「佳奈…?」

 

「あなたに近づく女たちを寄せ付けないように、いくら牽制してもダメだった。あなたに私以上に親しい女なんていなかったけれど、それでもダメだった」

 

 佳奈が何を言っているのか理解できない。佳奈がその心の中で何を考えて俺と一緒にいたのか、俺にどれほどの感情を向けていたのか、俺には全く理解できていなかった。

 

「不安だった!どうしようもなく!瞬きした瞬間にあなたが消えてしまうんじゃないか。次の日にはあなたは別の人のものになっているんじゃないかと怖かった。如月さんには、私の牽制は効かなかったしね…」


ーー私は小輪って人の気持ち、分かる気がするな。

ーーあんたたちずっと一緒だったもんね。

 

 姉の言葉の意味、如月と佳奈が険悪だった理由…。いくつかの過去の出来事がよみがえってきたけれど、今は答え合わせの時間じゃない。佳奈の不安を取り除いてあげなくては。俺は必死になって語り掛ける。

 

「佳奈!俺は佳奈と一緒にいたいんだ。ほかの誰でもない。佳奈と一緒に。如月の告白だって、断るつもりだ」

 

 風向きが変わる。髪が後ろになびき、佳奈の表情が見えた。佳奈は、笑っていた。

 

「あなたのことが好きなの。ずっと前から。多分、一目見た瞬間から。だからね」

 

 佳奈は笑っている。まるで今が幸せで仕方がないのだという様に。涙を流しながら、笑っている。

 

「あなたの『唯一』になりたい。一番でも、二番でもなく」

 

 唯一という言葉で俺は思い出した。『傘持つても濡るる身』。その話の、最後は。


ーー多分、唯一になりたかったんだよ。


「あのお話の大名のように、あなたも私を忘れられなくなる。これで私はあなたの『唯一』になれる」

 

 俺は動かない。動くことが、できない。

 

「だから、ごめんね」

 

 佳奈の姿が消えた。

 

//

 

 

 俺はあの後、結構な期間警察に拘束されることになったが、何とか無事に学校に通うことが出来るようになった。あの状況は本来、俺が佳奈を殺したのではないかと疑われるが当然といったものだったが、それを覆したのはやはり佳奈だった。

 

 佳奈の部屋から遺書が見つかったのだという。内容については俺も詳しくは知らないが、俺に話が来なかったということは、佳奈は遺書に俺の名は書かなかったのだろう。理由はわからない。俺に迷惑をかけたくなかったのか、或いは、俺が普通の生活に戻っても佳奈を忘れないという自信があったのか。

 

 如月の告白は断った。今の俺に告白を受けるという選択肢はなかった。彼女が泣きながら俺のもとを走り去っていったのを見て少し気の毒になった。

 

「風が気持ちいいな…」

 

 青い空が見える。雲一つない。あの日と同じような青空だ。もう迷いはない。佳奈が死んでから、俺は佳奈以外の存在が全くもってどうでもよくなっていた。いや…、少し違うか。

 

 俺はあの日佳奈が立っていた場所と同じ場所に立っていた。もう恐怖はなかった。だからピクニックに行くような気軽さで、俺はその一歩を踏み出す。

 

「今行くよ」

 

 

//

 

 

唯一の君へ。

 

君は自分が死ぬことで俺の唯一になれると考えていたようだけど、それは少し違ったんだ。

 

あの時、涙にぬれながら微笑む君を見たとき。

 

俺は多分、その君に恋をしたんだよ。

 

だから、今行くね。

 

ありがとうございました。

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