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唯一の君へ  作者: snufkinnn
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前編

よろしくお願いします。


ーー君の唯一になりたい。


//


「私は、小輪って人の気持ち分かる気がするな」


 隣の席に座る彼女、黛佳奈が俺に対してそう答えたのは、『傘持つても濡るる身』について学んだ国語の授業のすぐ後だった。


 その眩いばかりの美貌によって大名の寵童となった長坂小輪。しかし彼は、神尾惣八郎という男と恋に落ちた。惣八郎と仲を深めていく小輪だが、その不義が大名に露見してしまう。問い詰められる小輪だったが、彼は惣八郎のことを口にせず、逆に大名を挑発した。嫉妬に狂った大名は、家臣一同の前で小輪をなぶりものにする。そして小輪の亡骸を前に、大名は涙の中にくず折れるのであったーー。


 といった話だったのだが、俺には小輪が大名を挑発した理由がいまいちピンと来なかった。というのも、そのシーンまでは清廉潔白な美少年といった出立ちだった小輪が、いきなり小悪魔のような様相に変貌したように俺には感じられたのである。こういった話をなんとなく佳奈にすると、先のように答えたというわけだ。


 俺はその答えに少し驚いて、さらに尋ねる。


「へぇ、なんでなんだ?」


「ーー多分、唯一になりたかったんだよ」


「…なる…ほど?」


 どういうことだろう。よく分からなかったけれど、佳奈のこの時浮かべていた笑顔が少し悲しそうで、苦しそうだったから、俺はあまり深く考えず、また声をかけることにした。


「今日、一緒に帰らないか?」


「え?」


「アイス食べようぜ!」



//


 

 部活終わりの午後6時、夕暮れの中で俺と佳奈はコンビニ近くのベンチに座って駄弁っていた。片手にはアイス。8月も終わりに近づくとはいえまだまだ暑い。溶けないよう早めに食べ切ってしまおうと思うけれど、どうにも手は進まない。佳奈との会話はとても楽しいからだ。


「…でさ、あいつ、『食べないでくれ〜』なんて言い出してさ」


「それは…世界で一番ベタだねぇ」


「あははっ、確かに」


 佳奈との会話で基本的に話役となるのは俺だった。俺が体験して面白いと感じたような話を佳奈にする。佳奈は楽しそうに俺の話を聞いてくれるのだけど、時々出る返しが結構ユニークなのだ。だから俺も、話すのがもっと楽しくなる。俺たちの幼馴染、そして良き友人としての関係はこんな会話によって築かれてきたといってもいいだろう。

 

 そんなこんなで楽しく会話していると、不意に佳奈が表情を曇らせて俺に言った。


「その…今日は練習は良かったの?」


 俺と佳奈は、高校のバスケ部に所属している。俺は選手。佳奈はマネージャーだ。今年俺たちは2年生。先輩たちがもう引退したこともあって、俺は1年生の頃から続けていた居残り練習に熱を入れていた。佳奈もそれを知っているからこそ、今日俺が全く居残り練をせずにアイス片手にだべっているのが不思議なのだろう。


「あー…、まあ、あれだ。アイスが食べたくてさ。無性に」


 まあ、嘘は言ってない。ちょっと理由を省いただけだ。素直に伝えれば佳奈は気に病みそうだし、何よりどうも格好悪い。まあ大した理由でも無いけれど。


 要するに佳奈のことが心配だったのだ。国語の授業の後、佳奈はどこか辛そうだったから。そんな佳奈を元気付ける為なら、多少の練習時間ぐらいは安い物である。なんせバスケはいつでも出来るが、こっちはそうはいかない。


「…やっぱり優しいね、君は」


「…なんのことだよ?」


 これはバレてるかもなぁ。企み事がバレた後ろめたさからか…それとも夕日が照らす佳奈の笑顔に動揺したのか。俺は今度こそバレないように、そっと彼女から目を逸らした。


//



「…痛ってぇ。やっちゃったなぁ」


「大丈夫ですか?先輩」


「あぁ、うん、ありがとね」


 アイシングを施してくれる後輩マネージャー、如月舞に感謝を告げる。右足の痛みとともにやってしまったという後悔が俺の脳をジンジンと犯してくる。


 練習中のことだった。試合形式の中、リバウンドに飛び付こうとジャンプして、見事ボールをキャッチしたまでは良かったがそこからが不味かった。


 着地時に近くにいた誰かの足を踏んでしまったのだ。俺の足首があらぬ方向に曲がるや否や、目が覚めるような激痛が走った。そこで練習は一旦中止。俺は応急処置を受けているということである。

 

 一歩間違えば他の部員も怪我させていたかもしれない。そう考えれば俺だけで済んで良かったと言えなくも無いが、それでもこれからが新チームとしての大事な時期であることを考えると、やはりやってしまったなぁという思いが募った。


「先輩、落ち込んでます?」


「え?いや…全然、大丈夫だよ」


「ふーん…弱ってる先輩もいいですね」


 そう言って、如月はそのセミロングの髪をサラリと耳にかける。此方を揶揄うような意地悪な笑みを添えて。どうにもこの後輩は、俺を揶揄う癖があるようで、ことあるごとにこういった思わせぶりな態度を取るのである。


 俺とて年頃の男子なので、こういった態度を取られるともしかしてという気持ちになったりもするけれど、その度に佳奈の顔が思い浮かぶのはどうしたものか。彼女より長い髪のポニーテールだったり、あの控えめな笑顔だったり。


「勘弁してくれよ…」


「ふふ、冗談ですよー」


 まあ、本人がこうしてすぐ引いていくのも、彼女を意識しないですんでいる理由の一つかもしれない。


「ところでですね、先輩。これから登下校とか大変じゃ無いですか。だ、だから私がーー」


「ーーねぇ、大丈夫?」


 そう言いながら、佳奈が俺の座っているベンチの方まで走ってくる。佳奈は練習中のタイムキープを指示されていたが、それはもう終わったのだろう。他の部員たちも休憩に入っている様子だ。こちらに急いできたからか、少々息が荒れていて、髪も乱れている。妙に焦っている様子だった。


「あー、まあ大丈夫だよ。ただの捻挫だと思う。如月がアイシングもしてくれたしな」


「…そう、ありがとう。如月さん」


「…いえ、全然。大丈夫ですよ」


 俺が如月の名前を出した時か?佳奈が少し眉根を寄せた。しかしすぐにその表情は消え、笑顔で如月に礼を言った。一方の如月は、言葉とは裏腹にその声色は固く冷たい。表情もやや険しく、ともすれば佳奈を睨んでいる様ですらあった。


 この二人、実は仲が悪かったのだろうか。空気が鉛のように重い。この空気感では、俺が何か発言するのも憚られた。すると如月は俺の方をチラリと見ると、自分の表情を改めた。俺の表情を見て何か察したか。


 ビーッと大きな音が鳴った。休憩の終わりを告げるタイマーの音だ。俺は淀んだ空気を入れ替えるように口を開く。


「ほら、二人は練習があるだろ?俺は大丈夫だから」


「う、うん…安静にするんだよ?」


「無理しないでくださいね?」


「大袈裟だって。大丈夫だよ」


 心配しすぎな二人は、後ろ髪を引かれるように不安そうに俺を振り返ったが、俺が親指を立ててやると、少し笑顔を見せて各々の担当に戻っていった。


 正直あの二人の仲については驚きだった。佳奈は物静かだけれど人見知りというわけでは無いし、まして人を不快にさせるようなことはしない。となれば如月が一方的に嫌っているのか。しかし如月も、人を理由なく嫌うような子では無いはずだけど。


「まあわかんねーよな…」


 人の関係なんてそれこそ千差万別なんだし、俺があの二人を100%理解できている筈もない。佳奈とは小さい頃から一緒だが、それでも分からないことは多い。なら余計な首は突っ込まず、静観している方がいい。寧ろこういう邪推も失礼だよな。


「さて、練習練習…」


 意識したら急にさっきまでの思考が恥ずかしく思えてきた。よってここから先は考えず、練習を眺めることにする。見るだけでも学べることはあるだろう。




「如月さん、やっぱり…」


「どうしよう、私、どうしたらいいの…」




//



 それから二週間ほど、俺はろくに歩けない日々を過ごした。やはり捻挫だったようで、俺の足は固定され、病院で渡された松葉杖をつくことになったのだ。とはいえ、あまり不便はなかった。日常生活では佳奈が世話を焼いてくれていたし、部活では如月もそれに加わってくれた。


 そう、俺は部活にも参加していた。当然、足を使えない俺は別メニューだったが。


 足は使えないが練習はしたいと監督に申し出たところ、監督が別メニューを組んでくれたのだ。結果行うことになったボールハンドリングや筋トレは普段あまり時間の取れないものだったので、それを改めてじっくりとこなすいい機会になったかもしれない。


 俺が練習を休まないと知った佳奈は渋い顔をしていたが、俺が拝み倒すとなんとか許可してくれた。俺がこうして佳奈の許可を欲しがるのは、練習の中で無茶しがちだった俺を佳奈が止めてくれていた頃の名残だと思う。


 ともあれ、そんな調子で二週間を過ごした俺だったが、いよいよ怪我も完治し、まともに動けるようになった。まあ体力はそう簡単に戻っては来ないだろうが、まず走れることには変わりない。頑張るぞーーなんて意気込んでいた俺に大事件が起きた。


「好きです先輩…!付き合ってください!」


 如月に告白された。




後編に続く。

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