第九話 「無知」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今はせかせかと開会式の準備に取り掛かっているが。
山城先生のせいで体育祭の開会式の準備を手伝う羽目になってしまった。
というかあの先生の私物と化してしまった部活のせいだ。まあ活動目的には沿っているとは思うけど。
しかし、そのために朝早くに起きて来たから眠いったらありゃしない。
ふらふらしながら機材を運んでいると、その重みで転びそうになった。
「おっと、大丈夫?」
が、誰かが抱き留めてくれた。
「っと、ありがとう」
「怪我はない?」
「うん、大丈夫そう。」
「そっか、良かった」
体育祭実行委員の男子生徒だ、黒髪イケメンの。
えーと、名前は何て言ったかな……。思い出そうと顔をじっと見つめる。
「ど、どうしたのかな? すごい見つめてるけど……。」
「え?あ、ああ、ごめん」
しまった。見すぎた。彼が照れてしまっているじゃないか。
今の俺は女子なんだから、こういうことは気をつけなきゃいけないな。
二人とも黙ってしまっていると、機嫌の悪そうな声がした。
「何してんだ、蒼、秋宮」
声の主は優佑か。あ、そうだ秋宮くんだ、やっと思い出せたわ。
秋宮 瑛斗くん。
俺たちの学年ではかなりの有名人で、いわゆる陽キャというヤツだ。
てか、優佑はなんでそんなキレてんだ?
「じゃ、じゃあ俺はこれで」
「ありがとね」
秋宮くんは足早に去っていった。
まあ、優佑の顔がすごいし無理ないか。
「蒼、変なことされてないだろうな?」
「されるわけないだろ」
「前にも言ったが今のお前結構かわいいんだぞ、気を付けた方がいいって」
「なっ、わ、わかったよ……。」
お前は俺の親か。娘の心配してるみたいだ。
とはいえ可愛いといわれるのはまだ慣れないが、悪い気はしないな……。
「あんたたち、しゃべってないで手を動かしてよ!」
遠くから牧の声が聞こえる。
「悪い悪い、そっち手伝うよ!」
優佑が牧のもとへ向かっていった。俺もこの機材運ばなきゃな。
時間もあまりない。
さて、体育祭が始まる。
俺たちが準備を手伝った開会式は恙なく終わり、
いよいよ一個目の競技が始まろうとしていた。
第一種目は障害物競走だ。クラスから一名代表が出ているが、うちは優佑が代表だ。
「よし!行ってくる」
「おう、頑張って来いよ」
「行ってらっしゃいのチューくれたらもっと頑張れる」
「行ってらっしゃいのグーならあげられるけど」
「い、いらないです……行ってきます……。」
あいつ最近ああいう変なこと言うの増えたな。きもい。
「加賀美君、ちょっといいかな?」
「ん?どうした、若菜」
「ダンスの確認したくて……」
「わかった、向こうで通しでやってみるか」
「ありがと!」
悪いな優佑。お前が障害物に苦戦してもがいてるところ見れないみたいだ。
日陰へと移った俺と若菜はさっそく最初の振りからやってみる。
しかしあれだな、このペアダンス手をつないだり腕組んだりのボディータッチが多いな。
これがきっかけで付き合い始める奴らがいても確かにおかしくない、かも。
俺には関係ないことではあるが。
「ペアダンスがきっかけで付き合ったりするのかな?」
若菜も同じこと考えてたみたいだ。
「まあ、あるんじゃないか?」
「体に触れる振りが多いもんね」
「俺たちは女子同士だけど、男女ペアはドキドキしてるかもな」
「私は加賀美君とペアで結構ドキドキしてる……けど……。」
え、なんだ若菜……顔、真っ赤だぞ……?
それに、いつもとは違った髪型や近い距離のせいで、
若菜が、かわいく見える。
「あ!いたいた!探したぞお前ら!」
不意に意識が引き戻されるような感覚だった。
優佑がニコニコ顔でこちらに向かってきていた。
「俺、一位だったぞ!」
「すすす、すげぇじゃん!」
「ががが、頑張ったんだね!」
危ない危ない。優佑が来てくれなきゃ体育祭マジックの餌食だったかもしれない。
非日常とは怖いな、普段ならこんな恋愛脳みたいな考えはしないんだが。
「蒼見てくれてたらよかったのになー」
「ごめんて、頼まれちゃってさ」
「ごめんね木崎君」
「まあ、いいけどよ」
俺さき戻ってるわ!と優佑が走り去っていったのを確認すると、
「さっきのは忘れて!ね!」
「お、おう!」
と若菜も元の場所へそそくさと戻っていった。
相変わらずその顔は真っ赤だったが……。
何種目か終わってそろそろお昼ご飯の時間だ。
この休憩時間の前、午前中最後の種目がペアダンスとなっている。
衣装に着替えた俺たちはほかの色がダンスを披露しているのを見て、
自分たちの番を待っている。
そして、俺たちの順番が来る。
最初の位置に各々が付くとグラウンドが青く染まる。
俺たちの色だ。
音楽が鳴り始め、演技が始まる。
練習の時は騒いでいた牧と優佑のペアも綺麗に踊っている。
若菜も苦手としていた振り付けを見事にやってのけた。
他の色の生徒たちが見ている。どう見えているだろうか。
新聞部と思われる生徒が、写真を撮っている。あまり映りたくないが。
踊り始めてしまえば、あとは一瞬だったように感じた。
うまくできたと思う。
「うまくできたね!」
終わって退場した後、若菜がそう言った。
「ああ、練習の甲斐があったな」
そう言いつつも俺はさっきの若菜の言葉を思い出していた。
あれを言われて、俺も少しドキドキしてしまったのはなぜだろう。
可愛いと評判の女子を見ても特に興味も持てず、
秋宮くんみたいなイケメンに触れても顔色一つ変えずにいられたのに、
若菜の時は反応してしまった。
これがどういうことなのか俺はまだ考えたくない。