第八話 「宿敵」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今は放課後に女子と青春の汗を流しているが。
不幸な事故によって女子の選抜リレーの選手に選ばれてしまった俺は、牧に特訓をしてもらっていた。
女子の体になってからまともに走ってなかったし、感覚をつかむのにも丁度いい。
「もっと、こう! こうバーンとだな!」
「な、なに言ってるかわからねぇ……。」
教えるの下手すぎんか。走ること自体はできるのだが、如何せん以前とは体のつくりが違う。
だから、多少のコツを教えてもらおうとしたのだが……。
「ま、慣れだ慣れ。走りこむしかないっしょ!」
同じく特訓に付き合ってくれている優佑が言う。
その奥で特訓を眺めていた若菜もフォローしてくれて、
「それでも十分早いんじゃないかな?」
「ありがとな、若菜。もうちょっと練習してみる」
期待は裏切れないもんな。それにヘマして目立ちしたくないし。
いつになくやる気を出していると、何やら金髪ショートの女子がこちらに来ている。
「誰だ? あれ」
「あ! 佐川さーん!」
佐川?どうやら牧の知り合いみたいだな。
「牧さんこんにちは。今日はバスケ部休みなの?」
「今日は筋トレだけで早く終わったんだ、陸上部は?」
「私たちも今トレーニング終わらせて、これから自主練よ。」
陸上部の人か。確かにそんな雰囲気出てるな、髪型とか。
というか陸上部にまで知り合いいるのか牧は。
「あ、みんなにも紹介するよ! こちら佐川 千秋さん!」
「どうも」
佐川さんは短く会釈をした。なんというかクールな感じだな。
「どうもどうも~! 俺、木崎って言います~!」
下心丸見えの男が特攻していったが誰でもいいのかお前。
ちょっとイラっとするな、なんか。優佑が握手を求めると、
「触らないで頂戴。」
パシっと手を払いのけた。
「お、おう……。ごめんなさい……。」
これはかわいそうだ、個人的には愉快だがな。優佑は固まったまま動かなくなった。
優佑を一蹴した後、佐川さんは若菜の方を向いた。
「あなたは?」
お、これはチャンスじゃないか?がんばれ若菜!
「わ、若菜です……。」
「そう。」
うわー。スーパー人見知りしちゃってるなこれ。
消え入るような声だったけど、大丈夫か?
「よろしくね、あなたとは仲良くしたいわ。」
「へ、へぅ!?」
あれ、なんか優佑とは反応が違うな。めっちゃぐいぐい行くじゃん佐川さん。
手とか握っちゃってるし。変に思ったので牧に小声で聞いてみる。
「牧、あれはどういうことだ?」
「あはは……。佐川さん、男の人嫌いで。」
「それで優佑が」
「その上、かわいい女の子が好きなんだよね……。」
なるほどな。世の中いろんな人がいるもんだ、今の俺が言えたことじゃないが。
とりあえず助けを求めた顔をしている若菜のもとに行くか。
「あのー、佐川さん? 俺……じゃなかった、私の挨拶がまだだったね。」
振り返った佐川さんはこちらを睨んでいる。
なんだよ怖いな、そんなに若菜のことが気に入ったのか?
「あなた、本当に女の子?」
……嘘だろ。たった今初めて会ったんだぞ!?
今知り合った、よく知り合っているわけじゃないのになぜ俺が男かもしれないと思えた?
先生と同じ経験者なのか……!?
「変なこと言ってごめんなさいね。」
「い、いや……というかなんで……。」
「あなた、かわいいのになんだか男の人と話すときの嫌悪感があるの」
おい、すげえな佐川センサー。見た目だけ女でもしっかり発動してんじゃねえか。
「な、なんでだろうね?」
「……。まあいいわ。」
そんなことより、と佐川さんは俺を再び睨み
「あなたの走り、全然だめね。見ていてイライラするわ」
「なっ……!」
いくら陸上部とはいえ酷いことを言う。こちとら素人なんだぞ?
それに努力している人間に対していうことか。
「まあまあ、佐川さん! 加賀美もまだ練習中なんで……」
牧が仲裁に入ってくれた。が、
「加賀美……? もしかして、あなた選抜リレーにでるの?」
「そうだけど……」
「選手リストに見慣れない名前があったから覚えていたけど、こんなものなのね」
ま、当日はせいぜい恥をかかないようにすることね。と佐川は去っていった。
あんな奴、さん付けで呼ぶ必要もないわ!
「ご、ごめんね? 加賀美」
「大丈夫? 加賀美君」
「佐川さん、加賀美が男子なの感じ取ったのかも。そうなると、とことん嫌っちゃうから……。」
「本人も俺に嫌悪感があるって言ってた。」
ただ、目標ができたなこれは……。
「佐川って早いのか?」
「うん、かなり」
「牧がそう言うなら相当早いんだろうな」
が、しかし今の俺はやる気に満ちている。
「あいつに勝てはしないだろうから、認めさせるくらいの走りはしてやる。」
「か、勝つのは諦めるんだね……。」
「やる気あるような眼してたからちょっと期待したんだけど……。」
若菜も牧も苦笑していたが、陸上部に勝つなんて無理難題が過ぎるだろ。
「中途半端なやる気だけど、ないよりましかな?」
「体育祭まで私も特訓つけてあげるし、やれるとこまでがんばろ!」
「頑張ってるのを馬鹿にされたままじゃ嫌だからな。」
前はここまで熱くなることもなかったはずなんだがな。
この対抗心も俺に起きている変化なのだろうか?それとも周りの影響か?
なんにせよ、今は目の前の敵に集中しよう。
つか、いつまで固まってんだ優佑は。