第七話 「貧弱」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今は後ろの席の男にしつこく話しかけられているが。
「なあ、日曜はどうだったんだよ!」
「どうって、普通に例の店に行って、そのあと少し遊んだだけだぞ」
「ドキドキするような展開なかったのかよ!」
この男どこまで恋愛脳なんだろうか。
仮にも今俺は女子なのだからそんなこと起こりえないと思うんだけど。
マジありえなくな~い?
「まあでも、多少の変化はあったかな」
「やっぱり進展してるじゃん!?」
「いや、そういう意味でじゃねぇよ」
実際、若菜の心境には大きな変化があったと思う。
中学の時から俺に頼っていたところをなおす努力をしようとしている。
俺も今のこの現象で手いっぱいだしな。
何なら手いっぱいが現在進行形だ。
この時間では体育祭で出場する種目を選ばなくてはならないのだが、
なるだけ目立たないものがいい。面倒ごとにつながりそうだからな。
しかし、そういう種目は運動苦手な人が集まったりするもので
「じゃあ、棒引きはじゃんけんねー」
結局こうなる。
一番多くの人が参加する棒引きなら目立たずにサボれると思ったんだが……。
ま、勝てばいいだけの話だ。
どうしてこうなった。運がないにもほどがあるだろ。
俺の出場種目は醜き女の争い、騎馬戦になってしまった。
というかじゃんけん負けすぎでは。
「お前、騎馬戦うらやましいぜ」
おお、ここに異端児がいる。
「どこがだよ、めんどくさいわ」
「だって、女子と合法的に手を絡ませあえるんだぞ!」
「……あのな」
「しかも、あらぬところに触れてしまっても言い訳できんじゃんか!」
「ほんとに気持ち悪いんだな、お前」
「蒼は興味ないかもしれないが、男の夢だぜ」
そういうとこは異常に気付くの早いし、妄想に行くまでも早い。
男子高校生って皆こんなもんなのか……?
「それに、まだ騎手が決まったわけじゃないからな」
「騎馬でも前なら大いにアリだぞ……。」
もはや優佑というやつはなんにでも変態性を見つけられるのでは?
少し恐怖を覚えていたところに山城先生が向かってきた。
「加賀美、ちょっといいか?」
「なんです?」
「いやほら、お前体力測定の時はまだ男だったろ?」
「それがなにか」
「そん時の徒競走の記録がそのままでな……。」
今日はとことんついていないみたいだ。
俺は既に状況を察してしまった。
「選抜リレーに参加することになってる」
「やったじゃんか蒼!」
ああ、そうだなやったな。やらかしたって意味の方で。
男子の中ではそこそこ早いくらいでリレーに選ばれるほどじゃなかったのに……。
目立ちたくないどころかヘマできない大舞台なんですが。
「木崎、お前も選抜だそうだ」
「え! マジっすか! やったぜ!」
こいつ運動得意だったな、そういえば。
優佑がいるなら多少心強いか……?
「頑張ろうな! 蒼!」
優佑の二カッとした笑顔が少し不安とプレッシャーを飛ばしてくれた。
今日の部活には珍しく双真と牧がいる。
二人とも今日は部活が休みなんだとか。
「いや~、優佑も蒼もリレー頑張ってよねぇ」
双真がニコニコしながら言っているが、なんかその笑顔含みがあるような気がする。
主に楽しんでそうな。
「私、加賀美に走り方教えてあげられるよ!」
牧も選抜リレーの選手だ。うちのクラスの中でもトップクラスに足が速い。
「さんきゅ、今のままじゃ足でまといだ」
「任せておいてよ!」
やるからにはまともな成績を収めなくて、なるだけ目立たないようにしよう。
そして何事もなく体育祭を終わらせよう。
そう考えていると若菜から尊敬の視線を感じた。
「この部活に三人も選抜がいるのすごいね」
「まあ、俺のは事故みたいなもんだけどな」
「それでもだよ、私なんか運動苦手で……。」
若菜が運動しているイメージは確かにないな。
「でも人には向き不向きがあるからな、運動くらい無理しなくていいんじゃないか?」
「そうかな?」
「それに、若菜は今頑張りたいことあるじゃないか。」
「そうだね、ありがと!」
という平和なやり取りの横で鋭い目の三人がこちらを見ている。
なんだよ。もうこの三人怖いんだけど。
「なんか、心と加賀美距離近いんじゃない?」
「蒼、恋愛とか興味ないんじゃないの~?」
双真と牧がにやにやしながら聞いてきやがる。
「お前ら、日曜にやっぱなんかあったんだな!?」
優佑が爆弾投下。その話はまずい。
ほら見ろ、双真も牧も「日曜なんかあったの!?」とか興味津々じゃねえか。
また質問攻めコースだなと諦めて、若菜の方を見ると心なしか顔が赤い気がした。
夕方、家に帰宅するとすぐさま風呂に直行した。
今日はツイてなさすぎだ。疲れを癒したい……。
服を脱いで浴室に入る。女子の体とはいえ、自分の体だ。もはやなんの感情もない。
浴槽に溶けるように入り込む。
お湯につかりながら、目を閉じる。
若菜の顔が赤かったのはどういうことなのか。
日曜の内容を聞かれるのが恥ずかしかったからか? テンション高かったしな。
それとも若菜はもしかしたら前からああいう時に顔を赤くしていたのだろうか。
だとしたら……
いや、そんなわけないか俺女子だし。
ていうか、以前ならこんなこと考えもしなかった。
「たっだいまー!」
やかましいのが帰ってきたな。扉を貫通して声が届いたわ。
そしてその声は洗面所まで近づいてきて、
「おや、お風呂入っているのね」
「先もらってるよ」
「お姉ちゃんも一緒に入ろうかな!?」
「狭くなるからやめて」
「いいじゃ~ん、今は姉妹なんだし! 照れない照れない!」
「あ、マジで狭くなるから入らないで?」
あ、そスカ……。といって姉は退散した。
正直姉と入りたくない理由はもう一つあって。
俺は自分の胸にそっと手を当てる。貧弱すぎる。
女子になってからというもの、こんな感情が湧いてくるとは……。
なんだかんだ俺の心にも変化は起きているようだった。