第六話 「友達」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今は可愛らしい女の子の装いで駅に向かって歩いているが。
遂に日曜日がやってきてしまった。若菜と例の店に行く日である。
こんな言い方になるのは若菜と出かけるのが嫌なんじゃない。この格好のせいだ。
少し戻って金曜の夜。嫌々姉に服を借りようとしたところ、なぜだか断られてしまった。
そして何を思ったか、変態じみた笑顔で
「明日私と買いに行こうか!」
とか言いやがった。つくづく弟の状況を楽しんでいるのが腹立つところだ。
しかしまあ、そのままでは当日着る服もないし、俺は仕方なしに買いに行くことにした。
問題は当日だ。一言で表すなら俺は着せ替え人形のようだった。
姉は行く先々で、何とも女の子らしい服を見つけては俺に試着を迫ってきて、
元男の俺としては恥ずかしいことこの上なかった。羞恥心フル稼働。
おかげで女物の服に少し耐性がついてしまったような気がする。
そうして迎えた今日である。
姉のアドバイスをもとに自分で選んだボーイッシュなもので、正直これくらいならもはや抵抗はない。
なんだか洗脳されているような気分だな……。
駅に近づくにつれて人の数も多くなる。
おい、そこの男ども。ちらちら見るんじゃねぇ。
急ぎ足で待ち合わせ場所に向かうと、すでに若菜がいた。
「ごめん、準備に手間取っちゃって」
「大丈夫、私も今来たところだから!」
こういうことに疎いからよくわからないが、普通今の会話は逆じゃないのか?
「それより、加賀美君すっごくかわいい!」
「ど、どうも……。」
女友達に言われるとすげぇ恥ずかしい!情けない!
でもちょっと嬉しいとか思っている自分が怖い!
「と、とりあえず店行こうぜ……。」
「そだね、早く食べたいもんね!」
俺と若菜が店についてすぐ、先生からもらった優待券を見せると
店員さんに奥の席を案内してもらえた。
お店はすごい繁盛具合で忙しそうにしていた。
雰囲気もおしゃれで、女子に人気というのもうなずける。
俺たちがそれぞれ注文を済ませると、若菜が
「それで、その洋服どうしたの?」
と、聞いてきたので昨日会った惨劇を話した。
「あはは……。お姉さんアクティブだね。」
「なんか今の俺で楽しんであるんだよなぁ」
「妹ができたみたいなんじゃないかな」
「だとしたらとんでもないシスコンだ」
そんな話をしていると料理がきた。若菜は急に静かになって写真を撮り始める。
よく考えたら、若菜と二人でゆっくり話す機会なんて中学以来だろうか。
俺たちは同じ中学出身で、初めて知り合ったのは三年生の時。
クラスが同じだったのだが、当時の若菜は今ほど明るくなく、口数も少なかった。
さらに言えば、友達も少なかった。
中学三年生になって初めての席替え。
三年生ともなると皆クラスに知り合いが多く、すでにある程度のグループは出来上がっている。
当然、席替えともなれば教室内はうるさくなる。
そんな時たまたま俺の隣の席になったのが若菜だった。
若菜はいかにもクラスに馴染めていなくて、稀に女子と一言二言話すのを見かけるくらい。
俺も当時のクラスに友達が多い方じゃなかったから、少し興味が湧いた。
友達になれるかもしれないと思った。
「若菜さんだよね? よろしく……」
あれ、この後どうなったんだっけ。普通に仲良くなったような気がするが……。
受験が大変だった記憶は残っているのに、こういうことは曖昧にしか覚えていないな。
まあ、今仲良くなれてるならいいか。
そう思いながらパンケーキを食べ進める。え、若菜もう食べきってんじゃん。早くね?
幸せそうな表情をした若菜に聞かれる、
「この後、ちょっと遊びに行かない?」
ところ変わって隣の駅までやってきた。
一駅しか違わないのに何でここまで発展してんだよ、うちもこれくら色々あればいいのに。
俺は若菜にショッピングモールに連れられ、その中の服飾雑貨の店まで引っ張られた。
「ここで加賀美君に選びたいものがありまして」
「それは何でしょう若菜さん」
「これです。」
おうふ。若菜もそっち側だったか。
若菜の手には大きめのリボン、まるでウサギの耳だ、があしらわれたカチューシャがあった。
「い、いや、俺には早いんじゃないかな……?」
「むしろ今の服に似合うと思いまして!」
なんか今日の若菜テンション高くないか……?
結局、カチューシャは買うことになってしまった。可愛いのは否定できなかったし。
段階的に女の子の格好に抵抗がなくなってる。非常にまずい。
俺が焦っていると、次にゲームセンターまで連れてこられた。
「プリクラ!撮ろ!」
マジか……。
若菜の楽しそうな笑顔を見て覚悟を決めるしかないことを悟った。
今日一日、若菜にあちこち連れられて
所謂女子の遊びというものを体験することになったのだが、まあ、その……。
悪くなかった。というか楽しかった。と思う……。
「加賀美君は今日楽しかった?」
私が行きたいとこばかり連れまわしちゃってごめんね。と若菜は言う。
「正直、結構楽しかった。」
「ほんと!?」
「俺も意外だ。女の子の遊びなんて合わないと思ってたんだけどな」
「加賀美君、今はちゃんと女の子だもんね」
「やっぱそのせいなのか……?」
中身まで女の子になってしまったらもう戻れないのでは?
い、いや、考えるのはよそう、怖すぎる。
「私もすっごい楽しかったよ」
「そうか、それは何より」
「仲良しの女子の友達ができたみたいだった」
「牧だって女友達だろ?」
「そうだけど、琴音ちゃんといるときはみんなもいるし」
確かに、五人でいるっていう意識が強いのはわかる。
女友達ってよりは五人のうちの一人って感じか。
それに若菜と牧は知り合ってそこまで長くないし、牧は顔が広く部活もしている。
二人で遊びに行くってこともまだできていないのだろう。
「それに私、友達作るの苦手だからさ……。」
「そうだっけか」
「うん。いつも加賀美君を頼りにしてたから」
何となく思い出してきた。中学の時、若菜は俺伝いに友達を増やしていたんだ。
といっても俺もそこまでの人脈はなかったし、深く仲良くなることも難しかった。
今のグループに誘う前も基本一人でいたし、高校一年生時は大変だったのかもしれない。
だが、若菜の方を見るとその顔は晴れていて、
「でも今の加賀美君は大変なことになってて、心配かけられないし」
そういってこぶしを突き上げ、
「一人でも頑張って友達作ってみせるよ!」
俺に向かってそういって見せた。
女の子になったことで既に周りが変わり始めているのかもしれない。