第十七話 「告白」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今は、そんなこと、どうでもいい。
俺は部屋に戻らず旅館の外で一人座っていた。
あそこまで声を荒げて怒りをあらわにしたのは初めてだ。自分でも驚いている。
だが、実際に優佑の真意がわからない。なんであそこまで俺と秋宮君に噛みついてくるのか。
そこまでの因縁が秋宮君とあるのか、あるいは……。
そんなことを悩んでいると、若菜が隣に座っていた。
「こんなところにいたんだ」
「……俺戻るね」
「まって」
正直いまは若菜にもあまり会いたくはなかった。
温泉での一件を思い出してしまうからだ。
「さっきの温泉でのこと謝りたくて、ごめんね……。」
「もういいよ、それに逃げたのは俺だし」
「でも私が変なことしなきゃ……」
「佐川の影響だろ? 一日一緒にいたみたいだしな」
「そうなの……かな……。」
「とにかく、ここにいたら風邪ひいちゃうし戻ろ」
そういって立ち上がる。これ以上はダメだ。俺の心が持たない。
隣に座られたときから既に、その風呂上がりの姿や香りでドキドキしてんだから。
「わかった、でも」
若菜に手を取られる。
「手つないで戻ろ」
……やっぱり佐川に影響受けてないか?そうなんだよな?
鼓動は早くなるし、手汗かいてないかとかそんなことが気になってしまう。
絶食系だと言い張ってももう無理があるな。ここまでくればいい加減俺でもわかる。
俺は、若菜を意識してしまっている。
こうして事件が多発した一泊二日の海は幕を閉じたのだが、
俺と優佑は喧嘩したままお互いを許せずにいた。
数日後、今日はいつもよりもわかりやすく女の子の格好である。
というのも、あの秋宮君と出かけなくてはならないからだ。まあ、断れなかっただけだが。
秋宮君はああ見えてかなり押しが強いところがあるみたいだ。
彼は俺の中身が男であることを知らない。
そのための準備や気を付けなくてきゃいけないことは多い。
てか、女の子の支度って時間かかるよな。今ならわかるが。
姉にもチェックをしてもらい、家を出る。
待ち合わせ場所にようやくつくと秋宮君がすでにいた。
「おまたせ、ごめんね遅くなっちゃって」
「大丈夫だよ、俺もさっきついたばっかだから」
「そういえば今日はどこ行くの?」
「言ってなかったね、じゃあ行こうか」
そう言われて連れてこられたのは、ここらでも有名な水族館だった。
名前は知っているが、来たことはない。
「以前兄弟できたときによかったから、ここにしてみたんだけど」
「私ここ来たことなかったからちょうどよかった」
「それはなによりだね」
早速チケットを購入し中に入る。施設情報を見る感じかなり広いな。
「どこから見て回ろうか」
「どうしようかな……あっ」
「どうかした?」
マップを見ていた俺は思わずある施設が目に留まる。
「ああ、ペンギンが見たいのかな」
「あ、ご、ごめん」
「いやいいんだよ。ちょっと離れてるからこっちの方見ながら向かおうか」
「それはありがたい……。」
……なんだよ。かわいいだろ。ペンギン。
俺と秋宮君は大きな水槽の前にいた。この水族館で一番大きい水槽だそうだ。
「すごい迫力!」
「そうだね!見て、あんな大きいのまでいるよ!」
秋宮君に言われた方を見ると確かにでかい魚が。
しかしその魚の近くにサメのようなのがいる。え、サメいんの?
「え、サメもいるじゃん! 食べられちゃうよ!」
「あはは、大丈夫だよ」
「そうなの?」
「水族館のサメは飼育員さんにおなか一杯になるまで餌を与えられてるからね」
「へぇー、だから食べる必要ないんだ」
知らなかった。だから一緒の水槽にいられるんだ。
あんまり水族館来ないからこういうのがあるってことも初めて知ったし。
秋宮君はこういうところしっかりしてるよな。優佑とは大違いだ。
あいつはいつもアホなことやってて、呆れさせられるし迷惑はかけるし。
いや、今はあいつのことなんて考えるのはよそう。
次に来たの場所にはは小さい水槽がいっぱいある。
「わーこれ知ってる魚だ。」
「クマノミだね。」
「本物が泳いでるとこ見るのは初めてかも」
「このクマノミって小さいうちはオスだけど、大きくなると一部がメスになる性質があるみたい」
「え」
なんだよその性質。親近感湧いちゃうじゃないか。
クマノミさんよ……お互い苦労するよな、こんな性質……。
「へぇー……他人ごととは思えないかも……。」
「どうかした?」
「な、なんでもないよ!」
危ない危ない。今の聞かれてたらやばいやつだと思われるとこだったわ。
そして俺たちはようやくペンギンのいるところへ。
「か、かわいい~!」
なんだこの生き物可愛すぎるだろ。一匹持って帰りたい。
しかも、ちょうど餌やりのタイミングだったようで飼育員さんが何やら魚をあげている。
夢中になって眺めていると
「ほんとだ、すっごく可愛いね」
「でしょでしょ!たまらないわ~」
「たまらないね」
さっきまでペンギンしか見てなかったからわからなかったけど
秋宮君ずっとこっち見てない? 何を見て可愛いって言ってんの?何見てたまらなくなってんの?
ま、まあ気にしない方が、いいよね?怖いし。
秋宮君少し恐怖を感じていると、おなかが鳴ってしまった。
「す、すみませんお恥ずかしい……。」
「ははは、ちょうどいい時間だしレストラン行こうか」
「魚を食べてるペンギン見てたらつい……。」
「あははは!」
そんな笑わなくてもいいじゃないか。確かに、結構大きな音を奏でてしまったのは認めるが。
レストランで食事を終えたあと
食後の余韻に浸りながら、俺たちは次に行く場所を二人で選んでいた。
「次はどうしようか」
「あ、イルカショーとかやってるみたい」
「じゃあそれ見に行こうか」
「うん!」
これはかなり楽しみだな。そう考えていたときに、ふと気が付いたのだが
これ完全にデートですね、はい。しかも普通に楽しんじゃってるし。
場所が水族館って時点でうすうす感じてたけど。
秋宮君はそういう風に思って誘ってきたんだろうか……。
だとすれば、なんか騙しているみたいで申し訳ない感じがしちゃうな。
しかし俺はイルカショーを含め、そのあとも水族館は存分に楽しんだ。
そうでないとせっかく誘ってくれたのにむしろ悪いからな。
時刻はすでに夕方、秋宮君が家まで送ってくれるというので
お言葉に甘えることにした。
「今日は楽しかったよ」
「それなら誘ったかいがあったよ」
「うん、ありがと」
最寄り駅から自宅までの道。日は落ちている。
あれー?これなんか所謂いい雰囲気ってやつでは? まずいのでは?
「ねえ加賀美さん」
「なに?」
「加賀美さんはやっぱり木崎が好きなの?」
「な、なんでよ? あんなの好きでもなんでもないよ……。」
「いやほら、名前で呼び合ったりしてるし、なんなら付き合ってるのかなとか」
「そんなんじゃないよ、あいつは」
あいつは友達だ。いくら今の俺が女の子だからとはいえ中身は変わらないし、
男と男でそういうのはおかしい、と思う。
まあ、優佑の発言や行動でドキッとさせられることもなくはないが。
しかし、考えに耽っている俺は肩をつかまれ、気が付いたら秋宮君と向き合う形に。
そして、彼から言われた。
「ならさ、俺と付き合ってくれないか……?」
「へっ……?」
いや何言っちゃてんの!?
とんでもない急展開だ。顔が熱くなってくる。
でも俺の中身は男で、こんなのはダメだ。ダメなんだが。
断らなきゃいけないのに、秋宮君の真剣な顔を見ると言い出しにくい……。
「だめか……?」
「あ、あの、その……」
「やっぱり、木崎がいるからか?」
「……それは違うけど……。」
「なら……!」
「だけど、ごめんなさい……。」
「……っ!」
言ってしまった。怒るだろうか。
「そ、そうか、だめか。」
「ほんとに、ごめんなさい」
「いや、悪いのは俺だ。木崎と喧嘩している今ならと思ってしまった。」
そんなこと考えてたのか……。
「でもそれを抜きにしてもフラれてたみたいだし。」
「……。」
「ま、想いは伝えられたし、変なこと言っちゃって悪い。」
「そんな、気持ちは嬉しかったから……。」
「そっか。じゃあ、俺はこれで」
「うん、じゃあね」
まさか、姿が女子になってるとはいえ男に告白されるときがこようとは。
それは俺が立派な女の子として見られているということだろうか、中身は男なのに。
そんな複雑な思いの中で
俺は、駅に向かって戻る秋宮君の背中を見ていた。