第十四話 「恐怖」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今日は女の子とプールデートとなっているが。
俺と若菜は泳ぎの練習のためにプールに来ていた。
若菜がほかのヤツらに泳げないことを知られたくないと言っていたから、今回は二人だけだ。
さっそく更衣室へと向かったのだが
「か、加賀美君そっち男子更衣室だよ!」
「え? あ、ああそうか」
危ない危ない。この期に及んでこんなミスするなんてな。
しかしまあ、女子更衣室に入るのはなんだか怖い。
「入ってよかったのかな」
「今は女の子なんだからしょうがないよ」
「とはいえだな……」
「?」
若菜はまだ気づいてないみたいだが、
「着替えるときは離れておく」
「……!そ、そうだね……。」
流石に俺の中身が男であることを知っている若菜は見られたくないだろう。
そう思い俺は若菜とは離れたロッカーに向かっていった。
さて、着替えも済んだ俺たちはさっそく真ん中の四角いプールへと向かっていた。
「やっぱり加賀美君その水着似合うね!」
「そ、そうかな……若菜もすごく似合ってると思うよその水着」
「あ……ありがとございます……」
なんで敬語?しかも消え入るような声で。
若菜は赤くなった顔をそらしてしまった。いや言った俺もめっちゃ恥ずかしいんだけどね?
ここはかなり広めの屋内プール施設となっていて、
ウォータースライダーや円形の流れるプールもある。
が、今の若菜にはまだ早いかもしれない。
「ま、とりあえずは慣れなきゃだしな」
「頑張る!」
「いいね、やる気に満ち溢れてるじゃん」
「……また加賀美君に頼っちゃったけどね」
「こういうことは習わないとできないし、そんなの気にしないでいいよ」
俺たちはプールの浅いところから入る。
若菜は身長が低いがここならまだ足がつくだろう。
「よし、まず若菜はどれくらい泳げないんだ?」
「……水に顔はつけられるよ!」
「な、なるほど」
ほとんど泳げないってことか……。
「ならまずはプールの縁をつかんで」
「はいっ」
「体を伸ばして、浮かせる感じ」
「こう、かな?」
「そうそう、そしてバタ足」
「えいっ」
「いい感じだよ、できてる」
若菜の表情が少し緩む。
それに思ったよりできるな、この調子ならすぐに泳げるようになるかもしれない。
「じゃあ次は俺の手を握って」
「は、はいぃ」
照れないでほしいな。俺も照れちゃって若菜の顔が見れなくなるから。
「そのままバタ足」
「はいっ」
俺は若菜の手を引いていく。おー出来てる出来てる。
慣れてきたらビート板とかにでも変えてやってみるかな、とか考えていたが
「若菜、もっと顔上げて」
「……。」
「若菜?」
「……。」
なんかバタ足も弱くなってる……。
「若菜!」
慌てて若菜の体勢を起こす。
「し、死ぬかと思った……。」
「ほんとごめん!俺が息継ぎ教えなかったばかりに……。」
堂々と教えるとか言ってたのにこれはやってしまった。
まあ、正直これができないとは思わなかったが……。命に危機を感じたら息はしてください。
この後は大きなアクシデントもなく、息継ぎ以外にもいろいろ教えられた。
若菜の呑み込みが早いのも助かったな。
「いったん休憩にしようか」
「そうだね、おなかすいちゃった」
俺たちはフードコートで何を食べるか決めようとしていた。
その時だった。
「君たち二人だけ?」
「うわ、めっちゃ可愛いじゃないですか二人とも!」
……知らない男たちから話しかけられたんだけど。
これ、反応したら俺の勘違いで本当は後ろの人に話しかけてるとかないよね?
むしろそっちの方が助かるが。
「ちょっと無視しないでよ~」
「これから飯って感じですかぁ?」
「あ、はあ……。」
若菜は俺の後ろに隠れる。そりゃ怖いよな、俺も怖いもん。
だが、俺までビビッてたらいけないなこれは……。
「なんか塩対応じゃね?コミュ障とか?」
「おい失礼だろ、すみませんねウチのが」
ほんとに失礼な奴だな。初対面の相手にふつうそんなこと言えるか?
お前なんか塩対応でも甘いわ。
「岩塩に頭ぶつけてしまえばいいのに……。」
「……は?」
あ、しまった。今の声に出てた……?
「え、え、なんていったの今?もしかして俺なめられてる?」
「う、うるさいな、近づくなよ」
「女の子がそんな物言いはよくないですよ」
そんなことでキレないでよ……。沸点低いな。
それに俺は女の子じゃないし、物言いに関しても問題ないわ。特にお前らにはな。
「めんどくさいな……。行こう、若菜」
「ちょっと待ってくださいね」
足早に逃げようと思っていたときに、手をつかまれた。
「ちょっ、離してっ……」
しかし、振り払えない……。怖い。男女でこんなに力の差があるのか!?
まずいまずいまずい、下手に煽ってしまったせいだ。俺のせいで若菜まで怖い目に……
「何してんの、お兄さんたち?」
「……何お前?」
「俺その子たちの知り合いなんだけど」
「あ、秋宮君!」
秋宮君だ。こんなとこに来てたなんて。
「そういうことだからその子から手離してくれる?周りの人も見てるしさ」
「え……」
知らない間にギャラリーが集まっていたみたいだ。
「このままだとスタッフさん来ちゃうんじゃないの?」
「あ……」
「その前に、自分で帰りなよ」
秋宮君……ちょっと怖い。
「助かったよ、ありがと秋宮君」
「いいんだよたまたま見つけられてよかった」
「わ、私からも、その、ありがとうございます……。」
「若菜さんも無事みたいでよかった。」
「秋宮君は何でここに?」
「兄弟で来ててね、向こうで弟と妹が遊んでる」
「なら弟君たちも一緒にご飯どうかな?」
「そういうことならもちろん」
じゃあ弟たち呼びに行ってくるよ、といって秋宮君は席を立つ。
彼はその時ふと思い出したようにいった。
「そういえば佐川から聞いたんだけど、海行くんだってね?」
「え?ああ、そうだよ」
佐川と秋宮君は同じクラスだったな、そういえば。
「それ、俺も行っていいかな?」