第十一話 「因縁」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今は保健室で女子二名といるが。
俺と牧が騎馬戦を終えた後、若菜は棒引きに出場したのだが最後のあたりで盛大にこけてしまった。
それで膝をすりむいてしまったのでその手当てを保健委員にしてもらっている。俺はその付き添いだ。
「はい、これで大丈夫!」
「ありがとうございます。」
若菜と俺はお礼をして保健室を後にする。
「いやでも、若菜が転んだときは驚いたよ」
「もう、言わないでよっ」
「はは、ごめんごめん」
女子になってから若菜との距離感が近くなった気がする。
若菜もやはり同性相手のように思えるのか、以前よりリラックスしているように見える。
そんなことをしみじみと考えていると、
廊下の先から双真がひょっこり顔を出した。
「あ、いたいた。」
「お、双真どうしたの?」
「蒼にリレー選手は準備しなきゃだよーって伝えに来たんだよ」
「もうそんな時間か。若菜、俺先行くね」
「うん、頑張ってね!」
「ごめんねぇ、イチャイチャしたところ邪魔しちゃって」
「なっ……!」
双真が急にそんなこと言うから俺と若菜は言葉を詰まらせてしまう。
「おや、蒼が反応するなんて意外だなぁ」
「そ、そうか?とりあえず俺もう行くから!」
足早にその場を去る。
が、確かに双真の言う通りかもしれない。以前の俺ならスルー出来ていたと思う。
若菜が絡むといつもの俺らしくいられない。
グラウンドに到着した俺は明るい茶髪とポニーテールを探す。
なかなか見つけられずいると、後ろから肩をたたかれる。
振り向くと秋宮君がいた。
「加賀美さん、リレーの選手は向こうで集まってるよ」
「あ、どうも」
「俺も選手だから一緒に行こうか」
「うん、わかった」
集合場所に向かう途中秋宮君はいろいろ質問してきて、俺はそれに当たり障りのない感じで答えた。
さすが学年の中心人物、大して話したこともないやつとここまでうまく話せるとは。
そんなこんなで集合場所についた。背伸びして優佑と牧を探す。
その時に秋宮君から意外なことを言われた。
「じゃあさ加賀美さん、今度休みの日にどっか遊びに行かない?」
「え?ああ……。」
「加賀美さんすごい面白いし、どうかな?」
「え、えーと……。」
さっきの問答のどこに面白みがあったのだろうか。
予想外のお誘いに困惑していると、こちらに何者かが突っ込んできた。
「見つけたぞ!蒼!」
「お、優佑じゃん」
「やあ木崎」
「秋宮お前、蒼に変なことしてないだろうな……?」
「秋宮君はお……私を集合場所まで連れてきてくれたの」
はぁん?とか言いながら優佑は秋宮君を睨みつけている。
「まあいい、リレーでお前はつぶしてやる。」
「どうだかね。木崎なんかにつぶされるとは思えないけど?」
これまた意外、秋宮君も優佑を煽るとは。
そう言い残して秋宮君は自陣である赤の選手の方に向かっていった。
「優佑、秋宮君とはどういった関係で……?」
「ああ、蒼は知らなかったか。こいつとは同じ中学なんだよ」
「なんであそこまで噛みつくわけ」
「あいつはモテるからな」
「なんだよそれ」
リレーはそれぞれの学年から三名が出場する。
一年生と三年生からは男子二名、女子一名。二年生からは男子一名、女子二名だ。
青の二年生は三人ともうちのクラスからの出場になる。
もう一クラスあるのだが、速いやついなかったのかよ。代わってくれよ。
そんなことを考えていても、もうすでに競技が始まろうとしていた。
第一走者の一年生たちが位置につく。そして、銃声と共に因縁の対決が開幕した。
一年生たちの実力はかなり拮抗している。
中でもうちの色である青と佐川、秋宮君の赤は一位争いを繰り広げている。
頼むから頑張って差をつけてほしい。俺があんまり頑張らなくてもいいように。
一年生最後の走者がもうすぐ二年生にバトンを渡そうというところ。
順位は赤、青、白、黄色となっているが、大きな差はない。
バトンが牧に渡った。
「っだぁりゃあぁー!!」
……だから女の子が出す声じゃないよな、それも。
とはいえ案の定驚異的なスピードだ。赤の選手をすぐに抜き去ってしまった。
さらにその差は広がっていく。やっぱり馬なんだろ?牧。
リードそのままに優佑にバトンが渡る。少しして、秋宮君も走り始めた。
どちらも速いが、秋宮君の方が少し速いのか差が少しづつ迫っていく。
二人の勝負も気になるが、次は俺の番だ、ドキドキしながら優佑を待つ。
しかも相手はあの佐川である。直接対決だ。
そして、僅かにリードを残したまま優佑からバトンが渡った。
「いけぇ!蒼!」
うまくスタートダッシュが切れた。そのまま一気にトップスピードへ。
牧に教えてもらった擬音を思い出す。……あんまり意味ないわ。
練習で培った感覚と優佑のアドバイス、体の使い方をフル活用して走る。
いける!速く走れている!と思ったときだった。
俺の右側を金髪が抜いていく。
「佐川っ……!」
俺も必死に食らいついたが、精々差を広げられないように走るしかなかった。
佐川が見えてからは無我夢中で走っていて、気が付いた時には次の三年生にバトンを渡していた。
「惜しかったな~、蒼!」
「加賀美!佐川さんにあそこまで食らいついたのすごい!」
「うん、ありがと」
あの後、三年の先輩方が取り返してくれたおかげでリレーには勝つことができた。
しかし、結局佐川には完敗だ。
浮かない顔をしていたところに話しかけられた。
「加賀美さん」
「さ、佐川……!」
「あの短期間でよくあそこまで仕上げられたわね。」
「佐川には及ばなかったけどね……。」
「そんなの逆に及んでしまったら私立ち直れないわよ。」
まあ、確かにそうだが。
というかいつから俺は佐川に勝とうとしていたのだろうか、最初はそんな風には考えてなかったはずだ。
認めさせてやる、くらいの気持ちだった。
「とにかく、いい勝負だったわ。」
「お、おう」
佐川と握手を交わす。
「やっぱり謎の嫌悪感は消えないわね。」
「そんなに感じるのかよ」
「ええ、これがなかったらあなたを陸上部に勧誘しているところだもの。」
見た目はかなり好みだし……。と小さい声で言っていたが聞こえてるからな。すげー怖いからな。
その後佐川と別れた俺たちは若菜たちと合流し、閉会式に臨んだ。
総合結果で見事、青が優勝。柄にもなくはしゃぎながら喜んでしまった。
前年よりもいろいろ頑張ったし、いろいろ関わったからかな。
「やったな!蒼!優勝だぞ!」
「ああ!」
嬉しさのあまり優佑に抱き着く。あ、しまった。
「ちょっ、あ、蒼さん……!?」
「ご、ごめん……つい……。」
優佑から離れる。少し気まずかったが、誰も見てなかったみたいだ。助かった。
牧たちは出席番号的に遠いしな。
優佑もいつもの調子を取り戻したようだ。
「ま、今年の体育祭、蒼はよく頑張ったよ」
「ありがと!それに優佑も頑張ったでしょ」
思わず笑顔が漏れる。なんか優佑顔赤いな……今度から優佑の前では笑わない方がいいかも。
それはそれでまた変態性を活性化させそうだが。
「お、おうよ!とりあえず牧たちのところ行こうぜ!」
「そだな」
牧たちのところに向かいつつも、俺は佐川のことを考えていた。
この俺が今年の体育祭でここまで熱くなれたのは佐川の影響が大きいのだろう。
女子になったことでできたライバルは、俺に積極性をもたらしてくれた。