第十話 「開戦」
加賀美 蒼は所謂絶食系男子である。草食系だとか肉食系だとか、そんな結局は恋愛に飢えた若者とは違っていた。
今はたくさんの女子に囲まれているが。
お昼休みを終えて、体育祭午後の部が始まって間もないころ。
俺が出場する競技である騎馬戦が開始されようとしていた。
体育祭前の作戦会議で、運悪く俺は騎手に決められてしまっていた。
というか、やりたがるやつがいなかったので結局はじゃんけんに負けただけだ。
優佑は相当羨ましがっていたけど。
俺の騎馬には牧がいて、前の部分を担当してくれている。
「頑張ろうね!加賀美!」
「……騎手変わってくれない?」
「最速の馬になってみせるよ!」
「……騎手変わってくれない?」
「加賀美はじゃんじゃん敵の鉢巻きとってよね!」
「頑張ります……。」
結構気合入ってるみたいだ。目が怖いもん。
騎馬の後ろを担当してくれる同じクラスの女子二人も少し引いてる。
牧は騎手やりたがると思ったのだが、どうやら騎馬として走りたかったらしい。
リアルウマ娘かお前は。
「青と白の選手の皆さんは位置についてください。」
放送部によるアナウンスが入り、俺たちは準備する。
騎馬戦は4つの色で行われるトーナメント方式だ。
初戦の相手は白。これに勝てば決勝となる。
あまり気乗りしないが、やるからには勝ちを目指したい。
いざ開戦である。
グラウンドにいくつもの騎馬が向かい合って並んでいる。
なんか睨んでない?相手。そんなに鬼気迫ってることある?
そして、相図の銃声が鳴る。
両陣営の騎馬が一斉に駆け出していくなか、とびぬけて早い馬がある。
いや、俺の馬だわ。一番早いのこの馬だわ。てか、牧だわ。
後ろ二人もろとも引っ張っていく。
敵陣に突っ込んでしまった俺は無我夢中で相手の鉢巻きに手を伸ばす。
手には一本の鉢巻き。あれ、この騎馬もしかして強いのでは、
と思っていると不意に体が後ろに動いた。
そして目の前には敵の手が。
「加賀美!集中して!」
「ご、ごめん!」
危うくやられるとこだった。てかみんなガチすぎやしないか?
「さっきの騎馬に反撃いくよ!」
「わかった!」
牧が一気に距離を詰める。
今度はしっかりと前を見て、敵の手をはじきながらなんとか鉢巻きを奪取することに成功した。
いける、いけるぞ!
そのあとも俺たちの騎馬はいくつもの敵を沈めていった。
正直、牧の運動神経を侮っていた。牧一人で勝っているといっても過言じゃないレベルだ。
もうこいつ馬として生まれてきたのでは?
まあ、そのおかげで青色は決勝に進出できたのだが。
ひとつ不安なことがあるとすれば、目立ちすぎたことだな。
さっきからいろんな人にちらちら見られている気がする。
が、ここにそんなことを気にもとめてないやつが。
「いやー、いい汗かいたわー!」
「走りすぎ……。後ろの二人ヘロヘロだったぞ。」
「ごめんごめん!」
牧はまだ余力がありそうでちょっとした恐怖を覚えたとき、銃声が響いた。
次の赤と黄色戦が始まっていたようだ。
俺は一瞬のうちに赤色のある騎馬に視線が持っていかれた。
佐川だ。金髪陸上部の。あいつも騎馬戦に出ていたのか……。
「あ、佐川さんも出てたんだ!」
牧も気が付いたみたいだな。
「負けられないね、加賀美」
「ああ、あいつにだけは鉢巻き取られたくない」
「倒そうとかじゃないんだ!?」
「それは牧に任せる」
「私、騎馬なんだけど!?」
いやだって強いんだもんあの騎馬。
めっちゃ敵倒していくやん。さすが佐川といったところか。
ただ、なんか変な目をしているところだけ危険性を感じる。
無類の可愛い女子好きだから優佑みたいな理由で騎馬戦出てる可能性も否定できない……。
ほどなくして試合終了。いうまでもなく赤が勝ったのだが、
終わり際に佐川の恍惚とした表情が垣間見えた。やっぱそういう理由かよ。
しかしこれで、佐川との対決が実現するわけだ。
女子騎馬戦決勝、青対赤。
先の戦いを制した強者たちが一堂に会している。女子力なさすぎない?この空間。
殺伐とした雰囲気の中、俺は佐川を見つけた。
あいつはこちらの陣営を品定めしているようだったが、どうやら俺に気づいたらしい。
変態の目から戦士の目になっていた。
そして、銃声。始まった。
それと共に両陣営が一斉に動いたなか、牧は一直線に佐川に向かっていく。
佐川もこちらに向かってきていて、取っ組み合いになる。
「ごきげんよう加賀美さん。」
「佐川……。」
「あら、すごい顔。見た目だけは可愛いのにもったいないわ。」
佐川は余裕の表情で攻めてくる。こちらはそれをはじいて守るのに精いっぱいだ。
「どうしたの?さっきの試合での強さはやはり牧さん頼りなのかしら。」
「くそっ……。お前だって変態じみた理由で騎馬戦やってるくせに」
「なっ!? へ、変態ですって!? どどどどどこが!?」
いや、焦りすぎだわ。図星じゃねーか。
だがこのチャンスを生かさない手はない。
牧に合図を送り、一気に攻めに転じる。
その時だった。牧の動きが鈍くなった。
そして、
「は、ハックショーイ!!!」
……女子がするくしゃみじゃないよな。おっさん並みの愉快豪快はくしょんだ。
その上、このくしゃみのせいで体勢が崩れ
攻めに向かっていた俺の手は佐川の頭ではなく、ヤツの胸に食らいついた。
「あ、やべ」
「ひっ……!?」
「ご、ごめん!」
「あ、ああ、あああ……」
顔を真っ赤にした佐川が声を漏らす。バグってますわこの娘。
男子と同じ嫌悪感を覚える女子に胸を触れられてだいぶ混乱してるのか。
「ちょっと何してんの!? 加賀美!」
「いや、お前がくしゃみするからだ!不可抗力だ!」
とはいえチャンスはチャンスだ。固まってしまった佐川から鉢巻きをとる。
はあ、なんか意図せず勝ってしまったが。
これで佐川がいなくなれば、あとは牧が暴れるだけだ。
牧の活躍により騎馬戦は優勝できた。
「よくやったぜ!牧!蒼!」
「二人ともすごかったねぇ」
応援席に戻ると、優佑と双真が迎えてくれた。
若菜は次の競技に出るためすでに行ってしまったようだ。
すると佐川が勝利を喜ぶ俺たちのもとにやってきた。すごい形相だ。
「絶対許さない……!あんな卑怯な手を使うなんて!」
「ほんとごめん!あれは事故みたいなもので……」
「どうだか!」
「そ、それに女子同士でしょ……?」
「女子だから困っちゃったのよ!男子だったらすぐ反撃してたわ!」
「えぇ……。」
「リレーでは覚えてなさいよ!」
そういって去っていった。
「蒼あいつになにしたんだ?」
「まあ……。ちょっとね。」
「なになに気になるねぇ」
「佐川さんの名誉のためにもこいつらには言えないよね……。」
「なんだよ牧まで隠すのかよ」
事故とは言え反省しながら、俺は佐川に少し親近感がわいていた。
触って分かったがあいつと俺は同族かもしれないと。