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河世界の金魚王

作者: 辻 ミモザ

井世界の金魚姫、瀬世界の金魚王子の完結編です。

河の水は時に早く流れ、時に溜まり淀んだ。

この河に来た頃は、水の中に沢山のゴミがあり、新しいゴミも増えていき水も臭いを漂わせていたが、いつからかゴミの投棄が減り水が清らかになってきた。

この変化は良い事だ、河の深い淵に長らく住んでいる大きな金魚は考えていた、しかし、遅すぎたな、ゴミと汚水の中で河の仲間達は減っていった。河の中で最初に出会い恐怖を感じたタガメはもう見かける事はない、鋭いハサミで小魚をつかみ食べていた恐ろしい勇姿に出合う事はない、だがそれは小魚達が安全に住めるようになったのではない。いや、小魚が食べられない世界が良いというのではない。

若い頃は分からなかったが、もう何十年もこの河で生きてきた大きな金魚は知ったのだ、食べるという事も食べられるという事もこの世界に等しく大切なのだ。その活動がこの河の中の世界を作っている。

ある時は浅い瀬でカワウの攻撃を所々にある大きな石を縫うように泳いで撃退したり、ある時は深い淵で巨大な鯉に追われ尾びれを巧に使って急加速と急回転で振り切ったり、そうやって何十年も命長らえてこの河の世界を見てきた大きな金魚は知ったのだ。


大和川の主と呼ばれるのは大きな金魚だった。浅い瀬を素早く泳ぐ姿、深い淵の中に潜む姿をわずかに人の目に見られる様になり、30センチくらいのその大きさと頭の瘤膨らんだ腹と大きな尾びれがまぎれもなく金魚でありしかもランチュウであることで驚かれた。その身体は金色で緑の川底に目立つ様でもあり、陽のきらめきに紛れる様でもあった。「金魚王」と、姿を見た人間と河の世界の生き物が呼んでいた。


最近自分の動きが今まで通りの速さでない事に気づきだした金魚王は大きな石と深い泥のある渕に身を置きこの河世界の事を考える日々を過ごしていた。河は美しくなった、タガメやメダカなどいなくなった生き物もいるが、増えてきた生き物も多い、蛍や、ドジョウがそうだ、しかし恐ろしさを感じる生き物がここ最近突然やってきた。鋭い口を持つ大きな亀だ。カミツキガメと人間がよんでいた。まだあいつは一匹しかいない、しかしああいう獰猛な大食漢はすぐに増えていく、ウシガエルがそうだった。金魚王はその卵を見つけるとエサにし、数を増やさない様に心がけていた。カミツキガメは多分人が飼っていたのが河に放たれたのだ。

「自分と同じだな、」

わがままな金魚姫と呼ばれて大きな世界に放たれた30年前の事を思った。その自分がこんな事をするのは皮肉だ、しかし大きな世界に憧れ、それを知り、その中で生きた自分はこの世界を守りたかった。かなり体力が落ちた自分にあの獰猛なカメを撃退するのは難しい、だが彼らとならできるのではないかと金魚王は考えていた。

彼らとは人間だ、よく河にやってきて生えている草を調べ、水の中を覗き込んで生物をしらべている、中年の先生と呼ばれる男と、数人の若者だ。金魚王はカミツキガメの動きと人間たちの動きを観察しながら時期を待った。



先生たちがやってきた、大きな網を持っている。しっかりとした網だカミツキガメの鋭い歯でも食いちぎれない、今日しかない、日々衰えを感じる金魚王は決心した。カミツキガメのねぐらは人間たちのいる場所よりも上流にあるこれならどうにかなるかもしれない。

金魚王はごつごつとした岩場にあるねぐらに近づくとばたばたと泳ぎだした。金色の尾びれで水をかき回し頭の瘤で泥をかきまぜた。カミツキガメはすぐに気づき簡単に食べようと大きな口を開けた。その瞬間金魚王は反転すると流れに乗って泳ぎだした、金色の尾びれを懸命に動かしスピードをつける、しかしカメの泳ぎの方が速いのだ追いつかれそうになるが、それは勝手知ったる河の中、石の隙間、水草の茂みを抜けてカミツキガメから逃げる。先生たちが見えてきた、もう少し、尾びれに最後の力を入れる、水を蹴って進む、網を持った人に気づかれるように水面近くを泳ぐ、人がこっちを見た。とその時尾びれが動かない、カミツキガメの口が尾びれを捕まえたのだ、金魚王は最後の一振りを尾びれに力を込めたその一振りは金魚王の金色の身体を水面から飛び上がらせた陽の光を受けて金魚王はピカピカと光った。網を持った人間がその光を救い上げた。


金魚王の意識が戻った。そこは流れのない水の中、細かい砂利、数本の水草、ろ過機についた赤い水車、黒い流木、その流木の後ろに魚の姿がある、金魚王と同じくらいの大きさだ、年をとっているのか元は赤かった身体の色が白みがかっている、動きも鈍い、ゆっくりと金魚王に近寄ると金魚はこう言った。

「ここはお腹がすきますよ。」金魚王は聞き覚えのある声だった。

「お帰りなさい、金魚姫。」和金はゆっくりと言った。




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