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3人組、初めての魔術訓練

 2つ部屋を移動して、急遽開けられた元物置部屋に入る。物はなくなっているけど埃まみれだから、下の階の部屋から持ってきたテーブルや椅子だけが綺麗で変な感じだ。

 テーブルに置いてある液体と器具を見てなんだなんだ、と騒ぐ子どもたちに一声かけて3本脚の椅子に座らせる。


 すぐに騒ぐし、病み上がりの腕を振り回すほどやんちゃだけれど、言うことはちゃんと聞いてくれるのがありがたい。来たくて組織に来た子どもはいないから当たり前だけど、素直な生徒と関わることは少ないから3人は本当に教えやすそうだ。

 子どもたちがせっかく興奮しているから、早速訓練を始めることにする。


「じゃあ、これを舐めてみて」


 私は、へらの部分に魔素を薄く塗った金属棒を3人に配る。何の説明もしていないけれど、どうせ今後休憩しながら進めなければならなくなるから、今はまだいい。大人相手なら頑として説明を求める人が多いから先に話すのがセオリーらしいけれど、子どもはあまり気にせずに訓練に入ってくれる。説明しても理解できないことが多いという理由もある。


「なんだこれ?」

「なんか塗ってる……」

「これが魔術師になるための訓練なのか?」


 普段面倒を見るのは怯えた子どもや反抗的な子どもばかりだから、こんなに好奇心でいっぱいの子どもたちは新鮮だ。魔術訓練のためのものではなく、自分を害するための毒物ではないかと警戒する子どもまでいる。


「ええ、そうよ。美味しいものじゃないけれど、訓練はキツいこともあるって言ったでしょう? さ、舐めてみて」


 3人は顔を見合わせる。最初に使う魔素は無色透明の少しねっとりした液体だ。完全に透明の魔素はなかなか用意できないから、今日の魔素は仄かに赤い。私がじっと3人の様子を見ていると、最初にアンナが恐る恐る舐め始めた。途端に、顔が歪む。


「な、何これ……。ピリピリするけれど、これホントに食べて大丈夫なの?」


 同時に、マコとリョータに睨まれた。体に悪影響を与えないか、という意味では、大丈夫なんかじゃない。魔素は毒だ。魔術師とは毒を体に入れて奇跡を起こす職人である、なんて言われることもあるらしい。魔術師が変人だと言われる所以だ。

 そういうわけだから、毒ではないかと警戒する子どもはまったく間違っていない。目的は正しく魔術訓練のためのものだけれど。


「普通は口に入れないようにするけれど、魔術師になるためには必要なものよ。すぐに飲み込まずに、じっくり舐めて少しずつ飲み込みなさい」


 アンナは苦みに耐える顔をしながらゆっくり頷いた。マコとリョータも怒りを収めて舐め始める。その様子を見ながら、私は金属棒に次の魔素を用意する。一度に魔素を摂取しすぎると子どもなんて簡単に倒れるから、塗る量には細心の注意を払わなければならない。


「うお~。マジでピリピリする! でも変なもん舐めるなんて魔術師っぽいな」


 魔素のせいで変な顔をしながらもマコは嬉しそうだ。魔素を舐めながらこんな反応をされたのは初めてで困惑する。アンナまで確かに、と言ってさっきまでと打って変わって喜んでいる。さすがにちょっと気持ち悪い……と思いかけたけれど、訓練に前向きになってくれるならそれに越したことはない。気にせずに進めることにする。


 それにしても、さっきから思っていたけれど、マコは真ん丸な女の子らしい顔をしている癖に口調が男っぽい。アンナの喋り方も普通ではないけど、他にも時々変な口調の人がいるから同じようなものだろうと思う。でも、女の子が男っぽい口調なのは初めてだ。

 昨日の夜もアンナを庇ってあんな大怪我をしたらしいから、この3人組のうち2人は男のようなものね。


「じゃあ、次ね。これも舐めてみて。さっきと同じものよ」


 舐め終わった棒を回収して次の棒を渡す。金属棒は6本しか用意していないから、3人が舐めている間に最初に使った方の棒を回収して洗う。洗わなくてもいいけれど、そのまま使っているとビンの中の魔素の質が悪くなるからだ。小さな桶に魔術で水を入れて洗い、タオルで軽く拭く。


「えっ! 今の何だ? 水が出てきたぞ!」

「これがさっき言ってた水を出す魔法?」

「ちょろちょろっと出てくるんだな」


 水を出せると言っていたし、怪我の治療でも魔術を使ったのに、けっこう驚かれた。魔法じゃなくて魔術だって言ってるのに、と思いながらも、せっかくだから3人のやる気を上げておく。


「ええ、そうよ。あなたたちも訓練を頑張ればすぐにできるようになるわ」



 それから、時間を空けながら3回ほど魔素を舐めさせた。魔術師に憧れる子どもでも、このくらいの子どもならそろそろ嫌がる頃だ。けれどこの子たちは、嫌な顔はするものの、やめたいとはまだ言わない。3人の様子を見ながら、作業を続けていく。


「あなたたち、身体に異変はない?」


 初めてで続けて5回も舐めたら、全く変化がないと言うことはあり得ない。特に、体が小さいから余計にだ。そろそろ様子を見ながら進めないといけない。


「身体に異変? マコはさっきも言ったように喉が痛くなってきたけど……」

「舌もピリピリするというか、痺れて感覚もあんまり分からなくなってきたぞ」

「あ、うちは首が熱くなってきたかも」


 アンナの言葉に、言われてみれば、とマコやリョータも同意する。そのくらいなら、まだ続けても大丈夫ね。魔術師は常に痛みや体力との勝負だ。倒れる兆候さえなければ、問題はない。

 とはいえ、子どもの場合は、多く与えすぎたら倒れるどころか急死することもあるから、少し時間を置くことにする。お酒と一緒で、子どもには特に害が大きい。だから、12歳以下の子どもが魔術を使うのは本来は禁止されている。どうやら3人はその辺りも覚えていないみたいだけど。


「ちょっと休憩にしよっか。体でも伸ばしましょう」


 はーい、と返事をして、3人は立ち上がる。そろそろ日も高くなってきたかしら。秋真っ只中だけれど、日当たりが良いから部屋も暖かくなってきた。質が悪くならないように、コールダーの魔術で一度魔素を冷やしておく。アクアヒールやウォーターを使ったときには大層驚かれたけれど、温度が冷えるだけでは子どもたちも気づくわけがない。こちらには一瞥もせず、仲良く喋っている。



「そう言えばあなたたち、今までのことを覚えていないんでしょ? でも皆他の2人のことは覚えているのね」


 せっかく時間があるから、疑問に思っていたことを聞いてみる。3人は自分だけでなく互いの名前も覚えているし、どんな人かも知っているようだ。


「え……あ、うん。皆のことはなんか覚えてるねん。他の人のこととか何をしていたかは覚えてないんやけど」


 この子たちを連れてきたローダーは、3人を拾った場所から、おそらく変な研究の被検体にされて記憶を失った子どもだろうと言っていた。それなら3人が3人とも記憶を失っているのにも説明がつく、と。何をしていたのかは覚えていないのに、3人のことは覚えているなんておかしな現象は、3人で一度に同じ実験を受けたからかしら。

 それにしても、この子たちを拾ったルーメリアの辺りは研究所が多いとは言っても、基本的にこの国の研究は魔術を使ったものだ。魔道具を使ったとしても、魔術でできることの種類はそう多くない。いったいどんな実験でこうなったのか、不思議に思う。


「家族とかに会いたいって思う?」


 ここに来たばかり子どもは、皆1日もすれば家族のもとに帰りたいと言う。記憶喪失の子どもはどう思うのかしら。覚えていなくても、何となく会いたいと思ったりするものなのかしら。私は家族に会いたいか、と言われると正直よく分からないから、家族に会いたいと切望する子どもの気持ちがそれほど分からない。


「ん? 家族、なぁ……。俺たちは家族のことは覚えてねえから会いたいとかは思わないぞ」

「マコは2人がいれば十分だからな!」


 さすがに覚えていなければ会いたいとは思わないらしい。何をしていたかは覚えていないのに2人がいれば十分、と言い切れるところにやっぱり不思議さを感じつつも、家族に会いたいと思わないと聞いて何となくホッとする。


「それより、そろそろ昼飯食わせてくれよ!」

「え?」


 急にお昼ご飯をねだられて少し困った。私は昼食を取ったことはない。もっと身分が高い人はお昼にも食べると聞いたことがあるけれど、この辺の普通の人は皆食べないんじゃないかしら。朝ご飯はちゃんと届けたはずだけど。


「悪いけど、ここではお昼ご飯は食べないことになっているのよ。ここだけじゃなくてこの辺の人は皆そうだから、我慢してくれないかしら?」

「え~! 朝飯もあんなに少なかったのに……」


 来たばかりの子どもだからちゃんとした量を与えていると思ってたけど、違ったのかしら。この子たちの食事の量は後で確認することにするけど、お昼ご飯に関しては納得してもらわないといけない。


「それに、魔術訓練の最中に食事を取っても気持ち悪くなるわ。水なら作ってあげるから、それで勘弁してくれない?」

「作る? もしかして魔法で?」


 ええ、と返事をしてコップに水を入れたら、喜んでくれた。一気に飲んで何度も欲しがるから何度もそれに応じることになったけど、昼食に関しては諦めてくれたので助かった。



「あ、セディせんせー! 喉の痛みはなくなってきたぞ!」

「マジ? マコはまだ変な感じするけどな」

「違和感はするけど、うちも痛みは引いてきたかも」


 少し3人を放置して道具を洗ったり次の準備をしたりしているうちに、痛みが引いてきたようだ。そろそろ再開してもいいかもしれない。違和感は一晩寝ないとなくならないだろう。けれど念のため、詳しく体の状況を確認しておく。


「本当? 首の熱さはどう?」


 痛みよりも大事なのは体力に関わる部分だ。喉は多少無理しても声が出にくくなるくらいだけれど、体が熱くなっているときは倒れる危険がある。


「首……首……分かんねぇな。たぶんもう大丈夫じゃねえか?」

「うちはまだちょっと熱っぽいかな。言われてみればって感じで、だいぶ良くなったけど」


 それなら、もう休憩はいいかしらね。そろそろ始める?と聞くと、3人は頷いた。それから、休憩を挟みつつ、魔素の摂取を続けた。初日にもかかわらず、最終的に27回も魔素を摂取できた。

 倒れられると困るから、マコがキツそうになってきたのを見て終わりにしたけれど、このくらいの子どもは初めてなら20回が限界だから十分だ。これだけやる気があれば、3人とも脱落せずに魔術師になれるかもしれない。


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