運命を変えた出会い
昨日、新しい子どもの魔術指導を頼まれた。6歳くらいの、なぜか全員が記憶を失っている3人組だそうだ。子どもたちが待機している部屋に向かって薄暗い廊下を歩く。奥までたどり着いて、中の喋り声に注意を向けつつ、どんな子どもかしらと少しばかり緊張しながらドアを開ける。
「子ども?」
私が入ると部屋が静まり、子どもの1人にぽつりとそう言われた。子どもに子どもだと言われたくはない。今まで生徒に「お前だって子どもじゃないか」と言われ続けた私は反射的に身が固くなった。けれど、侮ったり馬鹿にするというよりも、驚いたような表情をしている。
「子どもで悪かったわね。あなたたちよりは年上の、魔術教師セディよ」
それでもちょっとムカッとして、余計なことを言ってしまった。最初の印象は大事なのに。ちょっとだけ後悔していると、布団の上に座り込んでいた3人は立ち上がりながら慌てて言い訳を始めた。
「いや、待ってたら魔法の先生が来るって言ってたからてっきり大人が来るのかと思ってよ」
「リョータは思ったことすぐ言っちゃうタイプだから……」
「気、悪くさせちゃってごめんな」
記憶を失っている割には一緒に言い訳したり、謝ったりと仲が良いようだ。それにしても、髪とか肌とか、この辺の子どもにしては妙に小綺麗に見える。服はうちが貸したボロボロのものを着てるから、よけいに変な感じだ。突っ立っていても仕方がないから、3人を近くの木箱に座らせる。
「あなたたち、名前と年齢は?」
昨日この子たちの指導を頼まれた時には男の子1人、女の子2人と言われただけで、名前なんて聞いていない。
「私はマコよ。年齢は皆覚えてないんだ」
「そうそう。助けてくれた人は6歳くらいとか言ってたけど自分では全く分からねえよ。名前なら覚えてるけどな。俺はリョータってんだ。俺たちの中で力が一番強いんだぞ!」
「男はリョータだけなんやから力強いのは当たり前やん。あ、うちはアンナやで」
つい癖で聞いてしまったけど、記憶喪失だったら年は分からないわよね。でも、名前や力の強さは覚えているなんて、ちょっと不思議かも。
とりあえず、3人の名前は覚えた。髪が暗い紫色の女の子がマコ、真っ黒の男の子がリョータ、茶色でふわふわとしている女の子がアンナ、ね。改めて観察すると、3人とも目の色が黒いからなんだか地味だ。リョータは身長のわりには体格がガッチリしている。
「さっきも言った通り、私はセディよ。ちなみに12歳。これからあなたたちに魔術を教えることになるわ。あなたたちは魔術師になりたがっているって聞いたけど、間違いないかしら?」
魔術師になりたがる人なんていない。昨日この子たちは魔術師になりたがっているって聞いたけど、本当かどうか、本人の口から聞きたい。
子どもならば憧れることもあるけれど、それでもこの年齢なら現実を知る子の方が多いのだから。
「おう! 間違いないぜ!」
「魔術なんて憧れやもん! うちらでも使えるかどうか不安やけど……」
アンナは不安と言いながらも黒い瞳を輝かせている。リョータとマコも表情が明るい。憧れは本当のようだ。記憶を失っているから魔術師の現実についても分からなくなっているだけかもしれないけれど、今憧れているだけでも随分やりやすくなる。忘れているならそれでもいい。
「魔術は誰でも使えるわ。訓練はキツいこともあるかもしれないけど……。頑張れる?」
体力はあった方が良いかもしれないけれど、諦めなければどんな人でも魔術師になれる。本人の気持ち次第だ。3人がどう反応するか、じっと見つめる。
「訓練がキツいなんて当たり前だろ? マコたち助けてもらったんだから、魔術師になって早くアンタたちの役に立てるようになるよ」
マコは笑顔で言い切って、リョータとアンナも声を出して頷いている。安心すると同時に、組織でこれほどまっすぐな笑顔を見ることもないから、少し戸惑う。
記憶を失って知り合いも帰るところも分からずフラフラしていた3人は、衣食住を提供する代わりに、魔術師になってここで働いて欲しいと言われたらしい。当然、私たちが犯罪組織だなんて教えていない。
マコの言葉に騙している罪悪感が増したのに、まっすぐな笑顔に反応して私の口元も少し緩んだ気がした。組織に簡単に見限られることがないように育てようと心に決める。
「でも、魔術って何ができるんだ? 空を飛んだりできるのか?」
ぬぬっと考えるようにしていたマコに聞かれた。思考を切り替えて、ぼんやりしていた視線を子どもたちに定める。確かに、何ができるのか分からなければ、本当に魔術師になりたいと思うことはできないわよね。とは言っても、憧れを砕くようなことしか言えないけれど。
「よっぽど熟練した風魔術師ならできないことはないらしいけど……。普通は人間が飛ぶなんてできないわ」
え~、と言いながらがっくりしているのはマコではなくリョータだ。できるだけやる気になってほしいけれど、さすがに嘘は言えない。小さなものを浮かせて少し動かすくらいならできるけれど、自分が飛ぶなんて私でもできないんだから。
「じゃあ、簡単なのは何ができるん?」
「そうね、火をつけたり、水を出したり、風を起こしたりできるかしら」
3つの属性の一番基礎の魔術だ。アンナは火を出せるなんて、と興奮しているけれど、リョータはつまらなさそうだ。これでは魔術訓練に身が入らないかもしれない。3人は記憶を失っている割に仲が良いみたいだから、誰か1人でもやる気が欠けていては困る。
どうしようかと一瞬考えたけれど、すぐに良い方法を思いついた。もっと興味を持ってもらうために、魔術を見せることにする。空を飛ぶことはできなくても、魔術を実際に見たらやる気になるかもしれない。組織が無理やり連れてきた子どもであっても、魔術を実演したら一時は興奮する子どももいるのだから。
「あなたたちに魔術を見せてあげる。マコ、右腕をテーブルの上に出して、袖を捲ってみて」
マコは昨夜右腕を怪我したと聞いている。アンナがまさか、と言っている隣で、マコが傷と擦れる痛みのせいか少し顔をしかめながら服を捲ってくれる。骨が見えそうなくらい酷い傷だけれど、辛うじて骨が折れているわけではない。これなら大丈夫だ。
失敗しないように右手で傷にそっと触れて、傷をじっくり見てから、軽く目を閉じる。平常な腕をイメージしながら魔力を籠めるようにすれば、私の右腕は少し重くなる。目を開けたときには、マコの傷は治っていた。
「わあっ! 青く光ったと思ったら……傷がなくなってる!」
「治ってる……。痛くない」
「そうなのか? すげえな、魔法!」
随分興奮している。水は汲んでくればいいし、火は魔術なんか使わなくても起こせるけれど、回復はそうはいかない。ちゃんと喜んでくれて、実演した甲斐があったようだ。
とはいえ、せっかく治した腕を振り回すのはやめてほしい。アクアヒールをかけたと言っても、前日の怪我だから完全には治らないはずだし、そんなことをしたら痛むんじゃないかしら。これだから子どもは、と軽く息を吐く。
「魔法じゃなくて魔術よ。完全に治ったわけじゃなくてまだ違和感があると思うから、そんなにブンブン振り回さないで」
「そうなのか? でも、治してくれてありがとな」
振り回すのはやめてくれた。代わりに、怪我をしていたところをじっと見つめたり、押したり叩いたりしている。まだ治したばっかりなんだから刺激しないでほしいんだけど……。
「うぉぉ! なっ、早く魔術教えてくれよ!」
さっきはつまらなさそうにしていたリョータも、興奮して声が大きくなっている。少しうるさくも感じるけれど、これならば成長も速そうね。
「ええ。部屋を移動して魔術訓練を始めましょう」
さて、この子たちはどこまで毒に耐えられるかしら。