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罰を受けた日

「待ちなさい!」


 ――まずい。生徒に逃げられた。9歳のはなたれ小僧が、明かりもなしに真っ暗な魔物の巣窟を駆けていく。


「あんたたちはここにいなさい」


 呆然としている残りの子どもたちに告げ、即座に魔術で全身を身体強化。一瞬で身体が軽くなった。力がみなぎってくる。そのままの勢いで地を蹴り、奥に逃げた生徒、セニールを目掛け疾走した。


 暗闇の中を突き進んでいると、目の前に、魔窟の天上にまで達しそうなどのどデカいドラゴン現れた。ずっと一本道なのに、セニールの人影はない。


 ――嘘でしょ!?


 あいつはドラゴンをすり抜けて奥へ逃げたのだ。奥に行けば行くほど強い魔物が出てくるのだから、魔物に潰される未来しか見えない。


 行く手を阻む黄金色(こがねいろ)のドラゴンは、ここら一帯の空気を吸い込み始めた。ブレス攻撃を放つ前兆だ。大きく開かれた口から炎が噴き出される直前、身を大きくスライドさせる。

 ――ドラゴンのブレスは空振りに終わった。なんとか、やり過ごすことができた。


 ……追いかけないと!


 今ので時間を食った。あいつを捕まえに行かないと。魔物に潰されるならまだしも、逃げられでもしたらシャレにならない。



「うわああぁぁぁ!!」


 セニール!? あいつの悲鳴が響き渡った。魔物にでもやられたのかしら。けれど声が近いから、それほど遠くに逃げていないのは分かる。それだけは助かったかしら。


「セニール!」


 明かりを持って近づくと、その姿が見えてきた。地面に座り込んだセニールは、血まみれで、片足をなくしている。


 セニールの奥には、テガークス。気味が悪いほど真っ青で、巨大な人型の魔物だ。腕には、暗闇の中でも分かるほどの返り血が付着していた。


「グオオオオォォォ」


 雄叫びを上げながら、巨大な片足を持ち上げた。その影の下には、セニールがうずくまっている。


「――危ない!」


 テガークスの足がセニールに触れる直前、巨大な足の動きは止まった。


 ……間に合った。攻撃を弾くアイスシールドが暗闇の中で青く光る。再度突進されてもいいように、シールドを大きく拡大。これでテガークスの攻撃を完全に防ぐことができる。


 ホッと息を吐く。ひとまず転がったセニールを回収しなければ。テガークスの動向に注意を払いながら、セニールのもとに近寄った。そのとき、背中に何かの気配を感じた。


「ド、ドラゴンが!!」


 セニールの叫び声に反応して後ろ振り向く。そこには、黄金色の巨体が迫っていた。


 ……挟み撃ちだ。


 前にはテガークス。後ろにはドラゴン。一本道の魔窟の中で、この状態から、どうやって脱出してやろうかしら。

 もう1人、補助の魔術師を連れてきているけれど、あいつは残りの生徒たちを見ているだろう。私1人で何とかしないといけない。


 ……来たときみたいに、上手く避けられるかしら。あの時は運が良かったようなものだ。

 けれど、迷っている暇はない。やるしかない。


 セニールを抱える。ドラゴンの脇をすり抜けようと、力任せに身体を動かす。その刹那、ドラゴンはまた空気を大きく吸い込み始めた。


「まずい!」


 咄嗟にドラゴンの視線の先から外れようとする。足を動かし、身体をよじる。

 けれど、セニールを抱えて、テガークスに向けてシールドを張ったままでは、さっきと同じようにはいかなかった。


「いっっ……」


 直撃は避けたものの、横腹を焼かれた。力が抜ける。地面に崩れ落ちる。


 瀕死のセニールに当たらなかったのは幸いか。それとも、逃げたこいつを盾にでもすれば良かったかしら。

 起き上がることもできないまま、そんなどうでもいいことを考えてしまう。


「グオオオオォォォ!」


 更なる状況の悪化を知らせる雄叫びが頭に響く。ブレスの衝撃で、アイスシールドが外れている。動けるようになったテガークスがこちらに向かってこようとしていた。


 ……まずい。ドラゴンもじきに第2の攻撃を始めるはず。

 せめて、2匹の魔物の様子をちゃんと目視しないと。そう思って身体を持ち上げたけれど、完全に起き上がることはできないまま、その身体は地に落ちた。


「……ごめん、なさい」


 どうにもならない状況を受けて、セニールが涙声で謝る。


 ……腹が立った。こいつのせいで、私は終わるのか。こんなところで。



 産まれたときから組織の奴隷だった。母に見捨てられ、組織に教師の役目を命じられ、生徒に逃げられて。

 逃げた生徒を追って、魔物にやられる。


 そんな人生。これで私は終わり。



「わっっ」


 一瞬のうちに人生を回顧し終えたとき、目の前が激しく光った。白が目に焼き付いて、何も見えなくなる。


「ガ、ガガ、グガガ……」


 ドラゴンの鳴き声、かしら。



 視力が回復した頃、目の前にドラゴンはいなかった。代わりに、補助の魔術師レークが立っていた。


 ――セイライトだ。「魔」そのものを浄化する光魔術。ドラゴンを一度で倒してしまうなんて。こんなに強力なセイライトを、私は初めて見た。



「ハァ……ハッ……」


 透き通るような赤い目をした男は、そのまま魔窟の壁にフラフラと倒れこんだ。


「だ、大丈夫!?」


 思わず身体が動き、声が出る。光魔術は代償が大きいらしい。魔物にやられもしていないのに苦しみ始めたのは、そのせいだろう。

 力なく崩れ落ちるレークを心配したとき、反対側のテガークスが動き出すのが見えた。


「このぉぉ!」


 魔力と気力を絞り出して、アイスシールドを張る。再度、テガークスの攻撃は青い光に阻まれた。


「グ、グオオオォォ……」


 真っ黒の瞳がこちらを睨む。攻撃しても無駄だと分からないのか、何度も攻撃を仕掛けてくる。そのたびに魔力が消費される。


 このままシールドを張り続けていたら、いつかは私の魔力か、あるいは体力が尽きる。

 けれど、腹をやられた私も、片足が跳ね跳んだセニールも、セイライトの代償を受けたレークも、動けない。なんとか立ち上がれないかと奮起しながらも、時間ばかりが過ぎていく。



「……シールドを、代わる。オレがライトシールドを張るから、てめぇはその間に、自分にアクアヒールをかけろ」


 いつの間にか体勢を持ち直していたレークが、実に苦しそうな声を出しながら提案してきた。確かに、それで私の腹の怪我が治ればこの事態を何とか切り抜けられるかもしれない。


「……大丈夫なの?」


 ライトシールドもまた、光魔術だ。光魔術師レークにはそれしか使えないから仕方がないけど、また代償を受けるんじゃないかしら。倒れることもあるし、運が悪ければ死に至ることもあると聞く。


「そうするしかないだろう」


 そう言って、レークはアイスシールドの手前に光輝く盾を張った。

 仕方なく自分のシールドを消す。その間に急いでアクアヒールをかけた。



 ……腹の痛みは治まった。出血が止まったからか、視界のぼやけもマシになったように思う。けれど治療をしている間、ライトシールドにテガークスの攻撃が入る度に、レークは荒い息を繰り返していた。


 少しでも早くシールドを解除できるようにとふらつく身体を持ち上げ、ついでにセニールも抱え直す。ここで倒れるわけにはいかない。


「レーク、いけるわ」

「お前らは先に行け。オレがしんがりを務める」

「……わかった」


 吐き気を押さえて、飛びそうな意識を繋ぎ止め、残りの生徒たちのもとへ戻る。幸い、生徒の誰かが欠けているということはなかった。

 血まみれの私たちを見てぎょっとする生徒たちに、今日の実習は終わりだと声をかける。瀕死のまま、けれど誰も命を終えることはなく、組織に帰りつくことができた。




「その子どもはどうした?」


 やっと魔物のいない屋内に入れたとホッとしたとき、玄関を通りがかった組織の構成員ヌーブルに見つかった。大怪我を負ったセニールを見て、唸るような声で詰められる。


 私は今日の出来事をそのままに話した。ヌーブルは険しい顔のままで聞いている。


「そのガキは使い物にならんな」


 話を聞き終えたヌーブルはそう言って、近くにいた下働きを呼び止める。使えないと言われたセニールは、元から怪我のせいで良好ではなかったものの、より一層顔色をなくした。


「こいつを魔力奴隷部屋に放り込んでおけ。暴れるなら魔術師を連れてきて押さえろ」


 ……片足がなくなったんじゃ、魔術師にはなれない。それは当然のことだ。逃げだしたのはこいつなんだから、私は何も思わない。

 けれど、魔力奴隷に落とされると知ったセニールは泣き叫ぶ。


「お、俺にも回復魔術をかけてくれよ! そしたらまだ戦える! 魔力奴隷は……それだけは、勘弁してくれよ!」

「お前の怪我はアクアヒールでは治らん。逃げたやつのためにライトヒールなんぞ使えるか」


 セニールの訴えをにべもなく切り捨てる。ライトヒールならば、なくなった足さえ再生させられる。けれど、それほど大きな怪我を回復しようと思えば代償は大きいし、そもそも光魔術の使い手は少ない。


 それでも抗議するセニールに、一度でも逃亡を図ったやつを外になど出せんと言って、とどめを刺す。


「さっさと連れていけ」


 言葉を失ったセニールは、大人しく下働きの後ろをついていった。



「さて。……セディ。生徒1人を潰した罪の大きさが分かるな?」

「はい」


 セニールへの罰が終われば、矛先がこちらに向かうのは分かっていた。けれど、自然に顔は俯き、手に力が入る。


「なぜだ! 逃げたやつが悪いだろう。セディはちゃんと……」


 ヌーブルが次の言葉を放つ前に、レークが割り込んで庇おうとしてくれた。

 けれど、使える生徒を潰すのも、みすみす逃がすのも重罪だもの。それが罪になることを私はよく知っている。


「よそ者は口を出すな! 補助の魔術師だったなら、貴様にも責任がある。……所属が違う上に、最も責任が重いのはセディだからな。こちらから君を罰しはしないが、さっさと帰れ!」


 レークは納得のいかない表情をしたままヌーブルを見据えている。けれど反論する言葉が出てこないのか、黙ったままだ。


「レーク、もういいから……」


 何かを言おうとするレークを止める。こいつには関係ない。

 しばらくレークを見つめていると、諦めたように、何も言わずに出ていった。



「セディ、3晩下働きだ。いいな?」

「……分かりました」


 3晩、夜通し下働きの仕事をさせられるという罰。重い罪を犯したときに与えられる組織の一般的な罰だ。

 下働きの仕事が特段にキツいわけではないけど、その罰の重さは3晩寝られないところにある。一睡もしないまま、これ以上の失態を重ねることなく、昼間の通常業務を遂行しなければならない。


 ミスを重ねて、最後には死んでいったやつを何度か見たことがある。少しは、怖い、と思ったかもしれない。

 けれど、ここまで生きてこられたのに、レークに助けられて帰ってこられたのに、ここで死んでたまるかと意を決する。


 一度身体に力を入れ直し、下働き部屋に向かう。ヌーブルの横を通り過ぎたとき、ふいに腹がうごめいた。何事だ、と思考を巡らそうとした瞬間、強烈な吐き気と全身の尋常じゃない違和感に襲われた。


「これはオマケだ」


 後ろから聞こえてくるヌーブルの声に振り返ると、うすら笑いを浮かべていた。


 ……気持ち悪い。


 あいつの顔も、胃の中のものがせりあがってくるような感覚も、全てが気持ち悪い。


 ヌーブルによってかき乱された魔力を必死に元の状態に修復しながら足を前に進める。普段ならあいつなんかの攻撃、すぐに治せるというのに。ドラゴンに腹を焼かれたのが尾を引いていた。


 治らない。汗が噴き出てくるばかり。

 だけど、苦しむ様子なんて見せてやらない。振り返らず、立ち止まらず、下働き部屋に到達した。




 これが、私が罰を受けた日。この後のことはあんまり覚えていないし、思い出したくもない。

 だけど、これからもずっと、この地獄の中で生きていき、地獄の中で息絶える。それだけは決定事項だと理解した日だった。


 ――それなのに、2年後にはこの組織を飛び出しているなんて、この時は思いもしなかったわね。

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