間違って女の子になる話
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小学五年の男の子。新藤三城。健康登録更新のために、地域の中核医療センターを訪れたところだ。
こんなにドキドキしている理由は、小さい小さいと言われ続けたあそこのことだ。自分が見てもぷるんとした肌色があるだけなのが、なんともなさけない。
男子は精液の採取というものがあって、ちょっと気持ちがいいらしい。でも自分にはどうしても無理だとしか思えなかった。
細い管を差し込まれて、いろいろ刺激されるらしい。怖いような恥ずかしいような、むず痒い話だ。
しかし女子はそうした検査は無いようだ。ちらっと聞いた話なのだが。
どちらにせよ健康状態登録の検査は義務なので逃げられないが、なんとしても今回の男子の検査は回避したかった。
そこで受付のお姉さんに健康カードを忘れたと言って、自分が女の子として受診してしまう方法を思いついたのだ。
よし。うまく行きそうな予感がする。三城は自分をふるい立たせて受付に向かうのだった。
ミキといいます。女の子として受診をするために来ました。と言うと受付のお姉さんは健康カードはお持ちですか?と返してきた。
ミキはふるふると否定をすると、お姉さんは仮カードを発行して渡してきた。これを持って3番の診察室まで行くように説明された。
お姉さんの様子が少し心配そうだったのが、ミキの気にかかった。そんなに頼りなくみえるのだろうか。
ミキはお礼を言って受付を離れた。
ちょうど近くに居た案内端末にカードをかざした。どうやら地下1階にいっしょに行ってくれるようだ。ミキはうまくいくといいなと楽天的に考えた。
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診察室にミキが入ると、医師が一人座っていた。
小児科のようなパステルな色使いの部屋でテディベアまで置いてある。ちょっと安心できる雰囲気だ。
医師は入ってきたミキに近くの席を勧めた。診察室入り口のスキャナーによると、受診者鎖骨にある埋め込みIDでは男の子と出ている。
そして健康カードには、女性として治療することを希望、となっている。仮カードのためか他の項目は空欄だ。
医師がミキという受診予定者を呼び出すと、確かに性同一性障害の既往歴がある。すでにステップ4で性別適合手術が本日行われる予定だ。
この手術は第二次性徴前であるなら日帰りで対応可能である。既にギリギリのタイミングであるため、すぐに取り掛かるべきだろう。
医師はミキに最終同意書を示した。少々長い文章だったが、性不一致、適応、必要な通知や処置、などの文言がミキの頭に残った。
これで男子の検査回避はうまくいきそうだと楽観的に考え、同意欄のサインにミキと記すのだった。
医師は頷くと、ミキさん貴方のQOLが大きく向上することを願います、と言った。
ミキはうれしそうに、はいと答えた。
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ミキの体格は小学五年男子として少々小さい。クラスでは女子たちが先に成長期に入るため、小さいミキは良い意味で可愛がられた。
髪の毛はさらさらショートカットで弄られ反応も良く、全体的に見ると女の子と言われても違和感無かった。
そんなミキの前に用意されたものは、上は綿の白体操服で下は紺色の産褥ショーツというものだった。
女性が出産後に使うもので簡単に各部を開けるようになっている、と説明書に書いてある。
ミキたち小学校の体操服といえば、上は白体操服で下は膝丈のジャージだ。こんなに体にぴったりした服はかなり恥ずかしい。
全体のフォルムが女の子的というか、なぜこんな服を、と考えたところで女の子として受診をするために来たのだと思い出した。
男は度胸である。今は女の子としてだが。ミキはふるふると頭を振って着替えると、更衣スペースから診察室に戻った。
診察室では医師や看護師たちが青い服に身を包み、髪キャップやマスクをして立ち働いていた。
あれよあれよという内にミキは内診台に座らされ、注射器で採血された。すぐに抗生剤と安定剤を飲まされる。
ミキがぽわぽわとした気分でいると、仰向けに背もたれが倒された。お尻が少し下がり足の支えが左右に動いて開脚させられた。
あれ、なにこれ、と考えている間に産褥ショーツを開く音と、医師から何回かちくっとしますよ、との声。
うそ、女の子の検査ってこんなことされるの?ミキはようやくあわて始めたのだった。
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きちきちという拡張の痛みに、熱せられた薬剤のくすぐったい感覚。器具がもたらす異物感はただただ怖い。
せんせい。これなんですか。つらいです、と涙目で訴えるミキ。それにこんな姿を大勢に見られている思うと顔が熱くなる。
女の子なら耐えられるはずです、という医師の言葉は意味不明だったが、必要な検査と念じたミキは必死に耐えるしかなかった。
せんせい。せんせい。んう。無意識だろうかミキの声が少し大きくなっていった。
ミキにとって、無限に続くかと思われた検査が終わった。
どのぐらい時間がたったのだろう。ミキは疲労でぐったりとして動けなかった。
こんなに痛くてつらいことがあるなんて、思っていたより女の子は大変なんですね、とミキは医師に言った。
医師はミキの頭をやわらかく撫でた。良く頑張りましたね。全てうまく行きましたよ。安心してくださいね、と励ました。
医師がミキに行ったのは男性から女性への適合手術だ。昔と違い今では日帰り手術が可能なほど一般化したのだ。
第二次性徴前だったミキは、いくつかの置換型の臓器と表層組織の移植を受けた。この後徐々にミキの体細胞と置き換わっていく。
性ホルモンバランスも変わっていくので、やがて女性らしい体つきを得るだろう。
医師の優しい手に安心したのか、ミキはふにゃりと笑った。
本来は数時間後に帰宅させ投薬と通院になるのだが、付き添いの無いミキに対し、医師は一日入院の手続きを取った。
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ミキはうかつでそそっかしい一面があった。そして大変状況に流されやすいのだ。
その日の夜にかけて患者の取り違えが発覚した。本物の三木さんが別に居たことが分かったのだ。
家族が呼ばれ、ミキが寝かされた個室には医療センター長、執刀医、母親、受付のお姉さんがずらりと顔を揃えた。
ミキはこのとき自分が女性となったことを知ったが、それよりも、先生や受付のお姉さんのことが気になった。
自分のつまらないウソのせいで、先生やお姉さんが罰せられてしまう。これはミキには受け入れられなかったのだ。
ぽろぽろと涙が出てきた。ごめんなさい。どうしても女の子になりたかったのです。ぼくがウソを言いました、とミキが言う。
どうして女の子になりたかったのですか、と執刀した医師が聴いてくる。ミキが医師を見上げるとちょうど瞳が合った。
優しそうな瞳を見て、ぼくは先生が好きです、とミキは口に出していた。とたんに体が熱くなってミキは顔を伏せてしまった。
すっかり支離滅裂になってしまったミキを落ち着かせた後、一同は次のような結論を得た。
今後のケアは執刀医が行う。医療センターは謝罪し費用を受け持つ。懲罰は行わない。家族はこの条件で和解する。
ミキは心身ケアのため七日間入院することになった。
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執刀医は秦野譲二という。35歳で比較的長身である。31歳で後期研修が終了した脂が乗り切った医師である。
ミキの予後は良かった。すぐに産褥ショーツも取れて四分丈の黒スパッツと白体操着姿で、ぺたぺたと院内を歩き回っている。
ケア内容にはトイレトレーニングや性教育など、知っていないと困ることの他に、譲二とのふれあいの時間も取られていた。
譲二とミキは24歳差がある。確かに好きと言われたが、どう考えてもお父さんが好き、の範疇ではないかと思うのだ。
男の子が亡くしてしまった父を求めている、と考えるとミキの言動もなんだかしっくり来る。
とはいっても自分の膝に座ろうとしてくるミキに対し、妙なうれしさを譲二は感じるのだった。
髪を撫でられてミキは頭を譲二に預けた。最初は勢いで好きと言ってしまったがそれは間違っていなかった。
もぞもぞと座り心地がよい位置を見つけて、譲二の胸に額をぐりぐり押し付けてみる。密かにくんくんと匂いを確かめてしまった。
ミキは消毒薬の匂いの奥に、譲二のかすかな体臭を見つけてうれしくなった。
ぼく変態さんみたいだよ。どうしよう嫌われたくないな、ともんもんとしたミキは、えへへと笑ってごまかすことにした。
女の子はちょっと大変そうだけどがんばれそうかな、と相変わらずミキは楽天的に考えたのだった。
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