昨夜はお楽しみでしたね
頭を軽く撫ぜられて目覚めると、レイチェルが俺の顔を覗き込んでいた。
「おはようヨシヒコ」
「あ?ああ、おはよう」
一瞬、藤原かと焦ったが、藤原が俺を名前呼びするわけがない。
俺の可愛いレイチェル、さあ目覚めのキスを交わそう。始めは軽く啄むように数回、そして深くねっとりとキスしつつ、彼女の躰をきつく抱きしめる。抱き心地を堪能した後に少し力を緩めると、レイチェルは俺の腕からスルりと抜け出して起き上がった。
朝の光の中に立つレイチェルの裸身は素晴らしい。アスリートのようにひき締まった肢体と抜群のスタイル、欠点のない完璧ボディ。まあNPCだからモデリング班の手にかかればどんな体型でも思いのままだ。しなやかさと弾力を兼ね備えていることも、昨夜のラブラブタイムで確認済みだ。
まて、昨夜? 今回の夢は、ゲーム世界の昨夜の続きから始まったぞ。
前回と前々回の夢は、牧草地に立っているところから始まった。前回までと今回の違いは何だ?
前々回の夢は、牧草地で平面アニメ顔娘に股間を強打されて気絶して終わった。
前回の夢は、同じ牧草地で藤原顔レイチェルに出会い、魔物と戦い、レイチェルと愛し合い、眠って終わった。
レイチェルと愛し合うことが、次に進む鍵なのか?
情報が不足していて、これ以上の考察は無理だな。とりあえずこの夢を楽しむことにしよう。さて、何をしようか。目の前のレイチェルの裸身にムラムラしてきたので昨夜の続きをお願いしてみた。
俺の願いはレイチェルにあっさり却下された。朝っぱらからヤルのは論外らしい。彼女は濡れタオルで体の汚れを拭き取り、服を体に当てて「着衣」とつぶやく。服がぱっと広がり彼女の裸身を包み込んだ。うーーん、このゲーム世界の服は便利だが風情がないな。女の子がブラにおっぱいを納めて形を整えるシーンとか、パンツに片方づつ脚を通してからお尻までクィっと引き上げて履くシーンとか、そういう着衣の流れが見えないのが残念だ。
そういえば、こちらの下着事情はどうなっているのだ。最初に出会った平面アニメ顔娘はパンツを履いていなかった。今朝もレイチェルは全裸からいきなり服を着衣したぞ。スカートの中を覗いて確かめたいが、覗かせてと頼むわけにもいかない。偶然を装って覗くか?いやバレたらもっと気不味い。どうしたらよいのか真剣に悩んでいると、レイチェルに背中を叩かれた。
「ヨシヒコ、早く体を拭いて服を着て。放牧に出るわよ」
俺は股間にこびりついた昨夜の残滓を拭き取ると、着衣してレイチェルの後を追った。
キャンプ地には羊の群れがグループ分けされ羊番を待っていた。レイチェルは他の羊番達となにやら相談中だ。彼らから俺にむけてチラチラと視線が飛ぶ。目が合うとニヤニヤされた。その目は『昨夜はお楽しみでしたね』と語っていた。俺はポリポリと頬を掻いて視線を外した。昨夜はテント村に一晩中、レイチェルの嬌声が響いていたので俺達が何をしていたかバレバレだ。壮年の羊番がこちらに近づき声をかけてきた。
「よう、レイの客人。おいらは羊番頭のバーニー、槍士バーナードだ」
「ヨシヒコです。昨日、魔物に追われていたところをレイチェルに助けられました」
どうやら、このおっさんがキャンプ地のトップのようだ。
「ヨシヒコか、ヨシと呼べば良いかい? 魔物八匹を仕留めたんだってな。大したものだ」
「レイチェルから借りた剣のおかげですよ」
「剣?ああ、アリシアの形見か。レイがあの剣を他人に使わせるとは驚きだぜ」
バーナードは、レイチェルを呼び寄せて剣について問い質した。レイチェルの説明に納得すると、俺に言った。
「おめぇが悪人なら剣を盗ってトンズラしてるはずだ。盗賊の類ではなさそうだが、おめぇ、どっから来た? どうやってレイを誑し込んだ?」
どこから来たか、何者なのかをこの世界の住人に説明するのは難題だな。この世界の創造主です、とか言ったら火炙りだ。とりあえずノーコメントにしておこう。
「どこから来たかは上手く説明できません。レイチェルとは一目惚れというか……」
バーナードは目を細めて俺を値踏みしていたが、何かに納得したように頷くと言った。
「わかった。言いたくないことは黙っとけ、誰も余計な詮索はしねえから安心しろ。ここは人手不足だ、手伝ってくれるなら、好きなだけ居ていいぜ」
「ありがとうございます。しばらくお世話になります」
「歓迎するぜ、ヨシ」
なんとか切り抜けた。公式会談はこれで済んだのか、バーナードは俺の肩を抱いて内緒話モードに入った。
「なあヨシ、おめぇもレイも若いから夢中になるのはわかるけどよー、ちょっとは周囲に気を配れや。昨晩の乱痴気騒ぎは迷惑だったぜ」
「はい、今後は気をつけます」
「よし、わかりゃいい。付いてこい、おめぇを仲間に紹介するぜ」
バーナードは、羊番の輪の中に俺を連れ込んだ。
「皆の衆。もう知っていると思うが、こいつはレイの客人だ。
呼び名はヨシ、おいら達の仕事を手伝うことになった。
若造だが、魔物八匹を倒し、レイを一晩中鳴かせる色男だ。
ヨシ、皆と挨拶しな」
俺は、羊番たちと握手して互いに名乗ってまわった。一通り挨拶が終わると、バーナードは羊番を羊の群れに割り当て始めた。
「レイとヨシには、この群れを預ける。ちょっと大きな群れだが、二人いればなんとかなるだろう」
「この羊の数は、チャッピーだけでは捌ききれないわ。犬を足してちょうだい」
「よっしゃ、リッキーも付けよう」
俺とレイチェルは、羊の群れを追いたてる二匹の牧羊犬とともにキャンプ地を出発した。
ゲーム世界にささやかな居場所を確保した主人公が、次に目指すのは…