進捗会議
俺の午後一番の仕事は、開発スケジュールの進捗確認だ。各作業班の代表を会議室に呼び集めて報告を聞く。俺は司会進行役として開始を宣言する。
「時間になりましたので、進捗会議を始めます。まずはテスト班から現状報告を」
テスト班は、ゲームをテストプレイをして問題を見つけ出すグループだ。指名された男は、壁面ディスプレイに映しだされたグラフを見せて説明を始めた。
「テスト班の大田です。昨日の問題報告は35件、うち既存報告と重複した内容が18件、それを除くと17件が新規追加です。前週の平均は14件/日なので、問題報告数は収束の兆しがなく、逆に拡大中です。現状をグラフ化し予想曲線を重ねると収束は3ヶ月後になります」
来月のリリース予定日時点では、バグだらけで話にならんということだな。
「設計開発班の橘。問題報告のうち未着手312件、着手済み47件、昨日修正完了11件。問題報告の新規追加件数に対して完了件数が追いついておらず、未着手増加中。減少に転じる兆候なしデッス!!」
橘の拳が机に叩きつけられる。気持ちはわかるがキレるなよ。
1件直すと2件増える。これが長期間続くと精神をやられるやつが多い。
「グラフィック班の一条です。作業工程90%消化済み。月末100%の予定です」
順調だ。その調子で頼みます。
ああ、そうだ。以前に却下した毛皮のモフモフ、時間に余裕あるならば、試しにやってみてください。
え、藤原から提案がある? この場で進捗以外の話はやめてください。
どうせBL要素追加とか、ろくでもない提案でしょ、藤原だもの。
俺の指摘に全員が揃って頷いた。会議室にひろがる一体感。藤原の奇行には誰もがうんざりしている。次いこう次、シナリオ班どうぞ。
「シナリオ班…平川。
開幕イベントシナリオ…脱稿。
装備のフレーバーテキスト…八割完成。
マップは…六割完成。明日から…帝都マップ…作成開始」
ぼそぼそとした喋り声だが、その内容は核爆発クラスだ。会議室が騒然とする。
え? マップの締め切り今週末でしょう。だいたい昨日までの報告では、そんなこと一言も言ってなかったよね。
「昨日まで…イベントシナリオ…集中。マップ…後回し」
俺は天を仰ぐ。だれだよ、こいつを班長に据えたのは!
シナリオ班長、平川 亜璃西。有名文学賞の候補作家になったこともある才媛で、キラキラネーム持ち。シナリオ班の絶対的エースとして君臨し、だれもこいつには逆らわない。だが、コミュ障かつ、1つのことに集中して他は放り出す悪癖あり。中間管理職としては無能だ。ちなみに社内変人四天王の一角である。
俺は平川に問い質す。
「平川さん、帝都マップを明日から作るとはどういうことですか。帝都マップのデータは先々週に受領して、すでにゲームサーバに入れましたよ」
「先々週…そんなの…知らない」
「おい!そんな言い訳、」
俺はブチ切れて、平川を怒鳴りつけそうになったが、テスト班の大田が俺を遮って発言した。
「皇さん、その件でテスト班から報告があります」
お、おう。聞こうじゃないか。ちなみに俺の名前は皇 吉彦な。
「問題報告にも載せましたが、『帝都』の場所には森が広がっているだけでした」
「ゲームサーバ上の帝都マップは、森で埋め尽くされた仮置きデータということか?」
「はい、そういうことかと」
なんてこった。俺の夢の中のレイチェルは『帝都』を知らなかったが、本当に存在していなかったんだな。辺境のNPC村人は無知だとバカにしてスマンかった。
まてよ、俺の知らない事実を、俺の夢が織り込んでいたのは何故だ。ただの夢とは思えなくなってきたな。目が覚めれば現実に戻れるので、今の所はあの夢に実害はない。だが、あの夢の中で死ぬと危険かも知れないぞ。
前回も前々回も、【サンダル・布の服・木の棒】の初期三点セットを装備して牧草地に立っているところから夢が始まった。システムウィンドウも開けず、あまりに無力だ。なにか対策を考えてみるか。
本文中では説明を省きましたが、主人公が「先々週に受領した帝都マップデータ」は、シナリオ班員が用意した仮置きデータです。
その時の平川は取り組んでいたイベントシナリオ以外は眼中になく、中身も見ずに承認して設計開発班へ提出してしまいました。