戦闘開始
「これは俺の夢で、ここには平面アニメ顔娘がいるはずだった。どうして藤原が出てくるんだよ!」
「何言ってるの? ああ、もう火炎壁が消えるわ。早く配置について!」
俺の疑問を無視し、残念美人の藤原は長杖を構えて呪文を唱え始める。
「精霊よ、我がマナを捧げて請い願う。走れ炎、矢となりて敵を貫け!」
長杖の先端から放たれた火炎矢は、消滅した火炎壁の向こうから飛び出してきた魔狼の右肩に突き刺さった。魔狼は絶叫して地面を転げ回り、火炎矢を外そうとする。他の魔物はそれを見て怯んだのか攻撃してこない。
「早くトドメを刺して!」
藤原の指示を聞き、はっとした俺は手負いの魔狼に駆け寄り、腰紐に刺した木の棒を引き抜いて上段から魔狼の鼻先へ一撃を入れる。パキンと甲高い音がして木の棒が折れた。うん、知ってた。手負いの魔狼の頭頂部には三段節の角が生えている。こいつは魔狼LV3であり、戦闘スキルを持たない俺が、ランクを付与していない素の木の棒で攻撃しても歯が立たないのだ。
「え、あなたの武器はそれだけ?」
藤原の問いに俺は黙って頷いた。彼女が唖然として俺を見た。
だから事前に言ったじゃないか、俺は弱くて戦力外だって。
「次の火炎壁は出さないのか」
「え? あ、そうだった!
精霊よ、我がマナを捧げて請い願う。踊れ炎、壁となりて敵を阻め!」
魔物の周囲を再び火炎壁が囲んだ。
藤原はくるりと背を向けて走り出す。ちょ、待て。逃げるんかい。俺は慌てて追いかけた。
「戦いを仕切り直すわ」
藤原は、後方の灌木の茂みに隠れるとそう言った。
持っていた頭陀袋を開いて、なにやらごそごそしていたが、そこからひょいと長剣を取り出した。なるほど、あの頭陀袋は魔法収納アイテムか。
「これは剣士だった母の形見。森の奥の魔物にだって刃が通る名剣よ。これを貸すから今度こそトドメを刺して」
「わかった」
その剣のグラッフィクは知っている。レア装備「鋼鉄の剣」だ。標的のHPを固定値で15削り、さらに装備に付与されたランクの二乗値を追加で削る性能がある。LV3の魔物はHP30なので、ランクなしでも二撃、ランク4以上なら一撃で倒せる。俺の振るった剣が魔物に届けばだが。
「魔物は八匹、囲まれて一斉攻撃されたら私達はお終いよ。
常に位置取りに注意し、正面対峙する形を維持して。
最初はここから隠れて火炎矢で狙撃して魔物を弱らせる。
魔物がこちらに気付いたら火炎壁で足止めし、火炎矢と剣で攻撃。
さあ、やるわよ」
藤原は灌木の陰から遠方の消えかけた火炎壁を見つめ、火炎矢の呪文を唱え始める。
火炎壁が消えると同時に魔物へ火炎矢が放たれ、俺達を見失って横を向いていた魔猪の腹に突き刺さった。他の魔物はぱっと飛び退き、必死に周囲を見渡すが俺達はまだ見つかっていない。
そこへ二の矢が放たれる。射点を隠すために火炎矢は牧草すれすれに低く飛び、次の魔物の脚に突き刺さる。三の矢も同じく別の魔物の脚を射抜くが、ついに魔物に気付かれた。魔物が咆哮し、俺達へ向けて集団突撃を敢行する。だが足を撃たれた魔物たちはやや遅れて集団が縦に伸びる。
ここで藤原は魔法を切り替えて火炎弾で迎撃する。魔物集団は回避せずに真っ直ぐ突っ込んできたので、まともに火炎弾を喰らって先頭の数匹がまとめて火に包まれた。次に火炎壁が立ち上がり、火に包まれた先頭集団と後続集団を分断した。
すごいぞ藤原、惚れ惚れする魔法戦の組み立てだ。作戦指揮も上手い。なんで羊飼いなんてやってるんだ。
「弱った先頭集団にトドメを刺して!」
「まかせてくれ」
俺は渡された剣を手にして飛び出し、火炎弾で弱った魔物を屠ってゆく。
レア装備「鋼鉄の剣」は一撃で魔物を倒した。HPを固定値で削る機能があるので、剣術スキルも急所狙いも不要だ。単に魔物の体のどこかを突き刺すだけで良い。まあ俺のステータスでは、回避する魔物に剣を届かせることが難しいのだが。
「全部殺った。魔狼が三匹だ」
「わかったわ、残り五匹ね。魔猪三匹、魔狼二匹か。次の灌木まで後退して距離を取るわよ」
俺達は再び火炎矢による削りと火炎壁による分断を行った。壁の向こうに三匹、こちらは魔猪二匹だ。火炎矢は速度極振りで火炎弾にくらべて威力が小さい。今回の二匹は削りが不十分なので危険だ。俺は慎重に接敵し、同時攻撃されないように位置取って剣戟を加える。倒すまでにそれぞれ二撃が必要だった。
「手間取ったが片付いた。魔猪が二匹だ」
俺が剣を下げて後退しかけると、藤原が大声で叫んだ。
「火炎壁が消える!後退急いでっ」
しまった、倒すのに時間をかけ過ぎた。残りの魔物三匹が俺を目掛けて突っ込んでくる。魔猪LV3、魔狼LV3、魔狼LV2だ。どれも強い個体だが俺が足止めして、藤原が後退する時間を稼がなくては。そう思ってちらっと振り返ると、藤原が長杖を構えて駆け寄ってくるのが見えた。あのバカ、俺に構わずさっさと後退しろ!
後衛の魔術師と、レア装備を使って無理やり戦力を上げている初期ステータスの俺。この二人で魔物三匹との直接戦闘は無理だ。なんとかして1匹減らし、おのおのが魔物と1対1で正面対峙する形にしないと詰む。
ここが正念場だ、俺は覚悟を決めて魔物三匹へ剣を繰り出す。突出した魔狼LV2を二撃で仕留めた。よし、計画通り。とほくそ笑んだら、残った魔物二匹がぱっと左右に別れて両サイドから同時攻撃してきた。ああ、挟まれて万事休すと思ったとき、右の魔猪に火炎矢が突き刺さった。その隙をついて右へ脱出し、駆けつけた藤原と合流した。藤原は俺達を囲むように火炎壁を展開した。
「おい、魔術師が前に出てどうするつもりだ」
「あなたが倒れたら、私も終わりだからよ。
もうマナが残っていないの。この火炎壁が最後よ」
なんてことだ。回復職がいないパーティで、あれだけ魔法を連発すればMP切れは必然。ゲームシステムを知り尽くしている俺が、もっと早く気付いてケアすべきだった。
残りは二匹、魔狼LV3と魔猪LV3だ。最強個体が残った。最悪だな。
「この火炎壁が消えたら、俺は魔猪を無視して魔狼へ突撃する。
俺から離れずに、その長杖で魔猪を牽制してくれ」
「わかったわ」
「危なくなったら俺を見捨てて逃げろ。逃げ切る時間は稼いでやる」
「最初に魔物をすべて押し付けて逃げようとした人とは思えないわね」
「気が変わったのさ。美人は大事にする主義だ」
「遠回しに口説いているの? この戦いを生き延びたら続きを聞かせてね」
俄然やる気が出た。くっそ、この女は男を手玉に取るのが上手いな。