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残念美人とトーク

 早番出勤の後輩に背中を突かれて、俺は目覚めた。

 昨夜は作業中に寝落ちしてしまったようだ。


「朝ですよ、起きてくださいよ〜」

「ああ、すまんな藤原。コンビニへ目覚ましコーヒーを飲みにいくわ」

「行ってら〜」


 この藤原後輩はグラフィック班の中堅でオープンヲタな腐女子だ。

 グラフィックといえば、昨夜見た夢の中で気になることがあった。細部まで思い出せる、妙にしっかりした夢だった。コンビニの100円コーヒーで頭をシャッキリさせて職場に戻り、藤原のデスクに立ち寄った。


「CGモデルをチェックさせてくれ」


 俺はMMORPGの開発フォルダを開き、NPC村人の3Dモデルを順番に読み出した。

 夢に出てきた平面アニメ顔娘が見つかった。むむ、正夢ってやつか。


「この仮置きの顔、直しておけって言ったよな」

「え〜、そうでしたっけ〜」

「そういう態度ならば、ヲタイベント期間の有休申請は却下する」

「酷い、横暴っす!」

「いつまでに直る?」

「ん〜、グラフィック素材を別のに変えて良いなら今日中っす」

「OK、それで頼む」


 夢の通りならば、もう一つ問題がある。

 NPC村人の3Dモデルを縦に回転し、足元から見上げる構図にしてみた。ああ、やっぱり。


「なあ、これをどう思う」

「これは私へのセクハラっすか?」

「違う」

「スカート内盗撮の自白っすか?」

「全く違う」

「まさかノーパンプレイの要求?」

「いい加減にしろ。スカートのNPC村人にはパンツを履かせろ!」

「了解っす」


 はあ〜駄目だこいつ。話すだけで精神がゴリゴリ削られる。

 見た目はゆるふわ美女だが、中身が難あり過ぎる。社内で「残念美人」と渾名される変人だ。だらけた勤務態度と、ふざけた言動により社内に敵を量産中だが、他社から引抜いて採用した天才グラフィッカー様なので、こんな人格でも許されてしまう。


「藤原よ、もうちょっと言動を直せ。せっかくの美人が台無しだぞ」

「うわ〜遠回しに口説いてます? NPC女子のスカート中を覗くキモい変態男はお断りっす」

「もういい、黙って仕事しろ」


 ちなみに、社内で俺に付いた渾名は「猛獣使い」だ。藤原を筆頭とした社内変人四天王の使いこなしが絶妙なんだとさ。冗談じゃねーよ、猛獣担当ならば特別手当をくれ。



 ☆


 ☆


 ☆



 目を開けると、牧草地が一面に広がっていた。麗らかな春の日差しが心地よい。


 またこの夢か。夢の中でも制作中のMMORPGをテストプレイする社畜乙。

 周囲を見渡すと羊の群れと牧羊犬がいた。あれに近づくと、牧羊犬に吠えられて第一村人の平面アニメ顔娘から盗賊認定される流れだ。これを回避するには……撤退だ。制作中のMMORPGはオープンワールド型なので自由に行動できる。俺は羊の群れから離れるように歩き始めた。


 5分ほど歩くと森の端に着いた。ゲームの設定通りなら、森の浅いところにはLV1〜3の魔物が棲息している。初期ステータスのプレイヤーがレア装備もスキルもなしに戦ったら、低確率の攻撃回避を連続して成功させないかぎり、瞬殺されて終わりだ。敢えてそういう縛りプレイをする遊び方もあるが、ドM以外にはお薦めしない。

  まずは俺のステータスを確認しよう……ああっ、システムウィンドウが開けないじゃねーか。俺の手持ち装備は、サンダル・布の服・木の棒の初期三点セットのみ。保持スキルも不明、おそらくスキルなしの真っさらな初期状態。これでは戦えない。ならば、戦わずに済む方法を考えよう。この先生きのこるには……なんてな、どうせ夢の中だ、適当にやろう。


 結局、森の端で薬草採取を行うことにした。鑑定スキルはないが、薬草のグラフィックは知っている。見覚えのある草を引き抜いてポケットに詰め込んでゆく。雑草や樹木は背景グラフィックだが、薬草はポリゴンなので見つけやすい。冒険者ギルドの買取価格は薬草5本で1コイン、夕飯付きの宿屋一泊が20コインだから、それを目標金額にして100本集めよう。


 30分も採取を続けるとポケットが満杯となった。100本には少し足らないが、採取を終えて冒険者ギルドに向かうとしよう。ん?冒険者ギルドはどの方角にあるんだ? システムウィンドウが開けないから、マップが使えない。付近の地理も現在位置もわからないぞ。

 木に登って周囲を見渡したらなにか見えるだろうか。試しに手近な木に手をかけてみるが、登れなかった。樹木は背景グラフィックであり、突き抜け防止の当たり判定があるだけで、プレイヤーが足場にできるオブジェクトではないのだ。そこにいる魔猿は木の枝に座っているのだが、あれは樹木を足場にしているのではなく、魔猿に対して樹木エリアでは地上5メートルまで移動可能な設定がしてあるせいだ。その設定仕様を思い出しつつ魔猿を眺めていたら、目が合った。お、これはマズイ気がするぞ。


 魔猿が牙を剥くと、俺はくるりと背を向けて脱兎の如く逃げ出した。魔猿は盛んに吠え続け、それに応えて森の奥からわらわらと魔物が湧き出て俺を追ってきた。魔猪が3匹、魔狼が5匹だ。俺は森を抜けて牧草地を目指してひた走る。そこには牧羊犬と火魔法スキル持ちの平面アニメ顔娘がいるはずだ。どこだ、どこだ、よし見つけたぞ、右前方に羊の群れだ。


「おーい、魔物だ、魔物が来るぞ~」


 俺の叫び声に牧羊犬はすばやく反応し、羊の群れを魔物から遠ざけるように追い立て始める。おお賢いな。NPCの自律学習AIは着実に成長しているようだ。次に灌木の茂みから人影が立ちあがった。たのむぜ平面アニメ顔娘よ、魔物退治は君に任せた!彼女は長杖をこちらに向けて大声で叫ぶ。


「魔物トレイン!なんてことをしでかすのよ、寄って来ないで!!」


 俺は構わず彼女へ向けて走り寄る。魔物との距離は近く、彼女が羊の群れを守るためには、もはや戦闘は避けられない。


「なんでもするから、助けてくれ~っ」

「仕方ない、礼金は金貨10枚よ。

 精霊よ、我がマナを捧げて請い願う。踊れ炎、壁となりて敵を阻め!」


 俺と魔物の間に火炎壁が立ち上がった。

 ふう、助かった。俺は速度を緩めずに彼女の横を走り抜ける。このまま戦闘区域から離脱だ。


「こら、待ちなさい!逃げずに戦いに加わりなさい」


 彼女が指笛を吹くと、羊の群れを追い立てていた牧羊犬が、俺をめがけてすっ飛んできた。

 くっそ、逃走失敗だ。俺は渋々ながら彼女の元へ引き返した。


「俺は弱くて戦力にならないぞ」

「そんな言い訳で逃げようとしても許さない。きっちり戦ってもらうわよ。

 火炎壁はあと1分で消えるわ。

 消えた直後に先頭の魔物に私が火炎矢を放つ。

 あなたは、それにトドメを刺して他の魔物を牽制する。

 その間に私が次の火炎壁呪文を唱える。

 魔物が羊を襲わないように、目を配るのを忘れないで。

 わかった?」


 魔術師と戦士のツーマンセル戦闘の定石だ、説明されるまでもない。

 だが俺は他のことに気を取られて返事をすることができなかった。


「ふ、藤原???」


 そこにいたのは平面アニメ顔娘ではなく、会社の後輩、残念美人の藤原だった。


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