愛と青春の旅立ち
羊番キャンプは慌ただしい空気に包まれていた。
放牧に出る羊の群れ、行軍隊列を整える歩兵、徴発された食糧の積み込みで、キャンプの出入り口はごった返している。その喧噪の中で、羊番頭のバーニーが同年代の男と肩を抱いて別れの挨拶を交わす。
「それじゃ、留守の間は頼んだぜ。おめぇが羊番頭の代理だ」
「バーニー、ここは引き受けた。一人も欠けることなく無事に帰って来てくれ」
次に、男はバーニーの傍にいた俺達に向き直り深々と頭を下げた。
「レイ、ヨシ、娘のことを頼みます。
メル、気を抜かずにしっかり働くんだぞ。だが、無理はするな」
「父ちゃん。わたし、わたし、、、行きたくない、うぁああん」
ああ、この男は回復職の少女の父親なのか。泣きじゃくる娘を抱いてあやす父親の目にも涙が光る。突然に従軍パーティに入れられて旅立つ娘を、心配しつつも懸命に励ます。
「メル、子供じみた駄々をこねるんじゃない。
お前はもう15歳、成人の儀をする歳だ。
一人前の大人の女になれ。あいつの伴侶になりたいんだろ」
「なっ、な、父ちゃんのバカ~!!」
泣いていたメルが、顔を真っ赤にしてわたわたする。
感情の起伏が激しく、自分で制御できていない。これはちょっとマズいぞ。戦闘中にメルがパニック状態になればパーティが全滅だ。俺はバーニーに小声で囁く。
「なあ、あのメルって娘、パーティに入れて大丈夫か?」
「ヨシ、お前の言いたいことはわかるが仕方ねぇんだよ。回復職の替わりがいない」
「ならばパーティを上限いっぱいの9人に増員して、あの娘に子守りを付けるべきだよ」
「ここは人手不足だって言ったろうが。腕利きを根こそぎパーティに入れて連れ出したら、ここの仕事が回らなくなる。生還できる保証もねぇしな。この4人のパーティでやり繰りするしかあるまいよ」
このゲーム世界のシステムでは、最大9人で1つのパーティが組める。
魔物と戦って得られる経験値はパーティ人数で等分されるので、人数が少ないほど実入りが大きい。逆に人数が多いほど戦力が上がり戦術の幅も広がる。また人数が多ければ人間関係の揉め事が増え、団体行動の統率も難しくなる。それらの諸条件を考え合わせると5〜6人がパーティの適正人数だ。
バーニーは続けて少人数パーティの利点を強調する。
「メルの光魔法スキルは『治癒・回復』のみで、まだ『再生・大回復』が使えねぇ。それが使えるように従軍中にレベルを上げさせて、いざというときの保険にしたい。少人数パーティの方が早く上がる。それに、ヤバくなってトンズラする時は人数が少ないほうが動きやすいぜ」
「ヤバくなりそうなのか?」
「最近、森が騒がしい。どうも嫌な雰囲気だぜ。軍もそれを探りに出張って来たんだろう」
現実世界では、開幕イベントに向けてゲームサーバの各種負荷試験が進行中だ。魔物を制御するプログラムに対してテストが実施されれば、森は大量の魔物で溢れる。バーニーの危惧は正しい。
テスト予定表を思い出しながら生き延びる方法を考えていると、一人の少年が駆け寄ってきた。
「バーニー、僕も連れていってくれ」
「マイク、お前みたいなガキに森は無理だぜ。足手まといだ」
「僕と同じ歳のメルが行くなら、僕も行く!」
少年の叫びを聞いた途端に、メルが嬉しそうにはにかんだ。
ああ、このマイク少年がメルの想い人か。いいね、いいね、青春だね。
と、ほっこりしたら、とんでもない爆弾が投げ込まれた。
「僕がレイ姉ちゃんを守るんだ!」
おい、こら、レイチェルが目当てかよ、この糞ガキめ。
メルがこの世の終わりを見たような表情で凍りついている。
マイク少年はメルに構わず俺に向かって言い放った。
「僕は誰よりもレイ姉ちゃんを愛してる。
ヨシ、突然現れたお前よりも、僕のほうが深く愛しているんだ!」
手で口を覆って嗚咽するメルがよろめき、レイチェルが慌てて彼女を支えた。
少年よ、やらかしてくれたな。『愛の深さ』とか恋愛脳もいい加減にしろ。
回復職のメルが潰れたら、レイチェルの命が危うくなるのがわからないのかよ。
自分の愛欲を満たすことに夢中で、周りが全く見えちゃいない。
子供相手に大人気ないとは思うが、本気でむかついた。
「なあバーニー、この糞ガキを殴っていいか?」
「こんな時に色恋沙汰の喧嘩はやめろと言いたいが、そうでもしなきゃ収まらんだろうな。好きにしな」
よし、バーニーの許可は出た。俺はファイティングポーズをとり、少年に向けて華麗に挑発の台詞を吐く。
「来いよ少年。ガキと大人の愛の違いを教えてやる」
◇ ◇ ◇
色ボケして頭に血がのぼったガキ相手なら、良い勝負になるだろうと思ったが甘かった。
ステータスLVに差があるのだろうか、こちらが一発入れる間に三発被弾する。
服を掴んでインファイトに持ち込んだが、ボコボコにされて地面に沈んだ。
「マイク、もうやめて」
レイチェルが俺を庇って間に入った。
「レイ姉ちゃん、こんな弱っちい奴が好きなのかよ!」
「げほっ、レイチェル、助けに入ってくれてありがとう。愛してるよ」
「ヨシヒコ、私とメルのために怒ってくれたんでしょ。嬉しかった。愛してるわ」
レイチェルの肩を借りてなんとか起き上がる。彼女に情けない姿を晒すことになったが、こんなことで俺達の愛は揺るがない。それには確信があった。
「レイ姉ちゃん、こんな奴より僕を選べよ!」
「マイク、私の伴侶はヨシヒコに決めたの」
「残念だったな少年。お前の愛は相手の気持ちを無視した自己陶酔な代物さ。
俺とレイチェルは互いを必要とし、心と体を重ねて愛を育てた。
この愛の違いを学んだら、さっさと失せろ」
俺はダメ押しでレイチェルと唇を重ね、それをマイク少年に見せつけた。
舌を絡め、わざとらしく音を立てて唾液を吸い合う。
少年は悄然として立ち去った。
去り際にメルが走り寄って治癒しようと声をかけたが、少年は無言でメルの手を振り払った。
糞ガキめ、せっかく俺が体を張ったのに何も学んでいない。
俺は地面に横になり、レイチェルの膝枕の上でため息をついた。
◇ ◇ ◇
格好悪いが一件落着だとほっとしていたら、バーニーがにやにやして近づいてきた。ああ、言わずともわかるから、言うなよ。言わないでくれ。
「ヨシ、真顔であんな臭い台詞をキメるとは、おそれいったぜ」
頼む、忘れてくれ。
「『ガキと大人の愛の違いを教えてやる』は名台詞だったぜ」
だから忘れてよ。
「『心と体を重ねて愛を育てた』とか笑わせるぜ。
たった二晩で何が育った、え?」
もう言うな、言わないでくれ。
「『この愛の違いを学んだら』とか偉そうに、お前は何様だよ。
そういう台詞は伴侶と十年以上連れ添ってから言え」
恥ずかしくて精神的に死にそう。
というか肉体的にも怪我で真面目にヤバイ。治癒魔法をプリーズ!
「俺っちに言わせれば、ヨシもマイクも愛を語る資格のない若造だ。
だが、マイクは己のために、ヨシはレイとメルのために戦った。その違いは認めてやるぜ。
メル、この愛の勇者様に治癒をかけてやってくれ」
バーニーに呼ばれてメルが俺の傍に来る。
泣き腫らした瞼が痛々しいが、意外にさっぱりした表情だ。
「ヨシさん、あの……ありがとう。わたしは羊番のメル、聖者メリッサです」
「俺は、流れ者のヨシ、剣士ヨシヒコだ。早速で悪いが治癒を頼む」
メルは頷いて光魔法の呪文を唱える。
「聖母よ、我がマナを捧げて請い願う。進め光、時を駆けて友を治癒せよ!」
白い光の粒子が俺の体へ奔流となって流れ込み、体の傷や痣が治ってゆく。
ゲームの設定では、MP2を消費して10日分の自然治癒を起こす魔法だ。
自然治癒では治らない大怪我は、この治癒呪文では治せない。今のメルには使えない再生呪文が必要となる。それは術者がステータスLV3以上にならないと発動できないのだ。
パーティで魔物を倒して経験値をメルに分け与え、一刻も早くメルをLV3にすることが肝心だ。俺達の生存率はそれでグンと高まる。
「ヨシ、治ったらさっさと起きろ。パーティを組んで出発するぜ」
レイチェルの膝枕をもうすこし堪能していたいが、仕方ない。
さて行くか、俺達の冒険の旅へ。
次から第三章です。
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