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ポンコツMMORPGへようこそ  作者: フォークと白紙
残念美人と羊番
16/19

愛と青春の旅立ち

 羊番キャンプは慌ただしい空気に包まれていた。

 放牧に出る羊の群れ、行軍隊列を整える歩兵、徴発された食糧の積み込みで、キャンプの出入り口はごった返している。その喧噪の中で、羊番頭のバーニーが同年代の男と肩を抱いて別れの挨拶を交わす。


「それじゃ、留守の間は頼んだぜ。おめぇが羊番頭の代理だ」

「バーニー、ここは引き受けた。一人も欠けることなく無事に帰って来てくれ」


 次に、男はバーニーの傍にいた俺達に向き直り深々と頭を下げた。


「レイ、ヨシ、娘のことを頼みます。

  メル、気を抜かずにしっかり働くんだぞ。だが、無理はするな」

「父ちゃん。わたし、わたし、、、行きたくない、うぁああん」


 ああ、この男は回復職の少女の父親なのか。泣きじゃくる娘を抱いてあやす父親の目にも涙が光る。突然に従軍パーティに入れられて旅立つ娘を、心配しつつも懸命に励ます。


「メル、子供じみた駄々をこねるんじゃない。

 お前はもう15歳、成人の儀をする歳だ。

 一人前の大人の女になれ。あいつの伴侶になりたいんだろ」

「なっ、な、父ちゃんのバカ~!!」


 泣いていたメルが、顔を真っ赤にしてわたわたする。

 感情の起伏が激しく、自分で制御できていない。これはちょっとマズいぞ。戦闘中にメルがパニック状態になればパーティが全滅だ。俺はバーニーに小声で囁く。


「なあ、あのメルって娘、パーティに入れて大丈夫か?」

「ヨシ、お前の言いたいことはわかるが仕方ねぇんだよ。回復職の替わりがいない」

「ならばパーティを上限いっぱいの9人に増員して、あの娘に子守りを付けるべきだよ」

「ここは人手不足だって言ったろうが。腕利きを根こそぎパーティに入れて連れ出したら、ここの仕事が回らなくなる。生還できる保証もねぇしな。この4人のパーティでやり繰りするしかあるまいよ」


 このゲーム世界のシステムでは、最大9人で1つのパーティが組める。

 魔物と戦って得られる経験値はパーティ人数で等分されるので、人数が少ないほど実入りが大きい。逆に人数が多いほど戦力が上がり戦術の幅も広がる。また人数が多ければ人間関係の揉め事が増え、団体行動の統率も難しくなる。それらの諸条件を考え合わせると5〜6人がパーティの適正人数だ。


 バーニーは続けて少人数パーティの利点を強調する。


「メルの光魔法スキルは『治癒・回復』のみで、まだ『再生・大回復』が使えねぇ。それが使えるように従軍中にレベルを上げさせて、いざというときの保険にしたい。少人数パーティの方が早く上がる。それに、ヤバくなってトンズラする時は人数が少ないほうが動きやすいぜ」

「ヤバくなりそうなのか?」

「最近、森が騒がしい。どうも嫌な雰囲気だぜ。軍もそれを探りに出張って来たんだろう」


 現実世界では、開幕イベントに向けてゲームサーバの各種負荷試験(ストレステスト)が進行中だ。魔物を制御するプログラムに対してテストが実施されれば、森は大量の魔物で溢れる。バーニーの危惧は正しい。

 テスト予定表を思い出しながら生き延びる方法を考えていると、一人の少年が駆け寄ってきた。


「バーニー、僕も連れていってくれ」

「マイク、お前みたいなガキに森は無理だぜ。足手まといだ」

「僕と同じ歳のメルが行くなら、僕も行く!」


 少年の叫びを聞いた途端に、メルが嬉しそうにはにかんだ。

 ああ、このマイク少年がメルの想い人か。いいね、いいね、青春だね。

 と、ほっこりしたら、とんでもない爆弾が投げ込まれた。


「僕がレイ姉ちゃんを守るんだ!」


 おい、こら、レイチェルが目当てかよ、この糞ガキめ。

 メルがこの世の終わりを見たような表情で凍りついている。

 マイク少年はメルに構わず俺に向かって言い放った。


「僕は誰よりもレイ姉ちゃんを愛してる。

 ヨシ、突然現れたお前よりも、僕のほうが深く愛しているんだ!」


 手で口を覆って嗚咽するメルがよろめき、レイチェルが慌てて彼女を支えた。


 少年よ、やらかしてくれたな。『愛の深さ』とか恋愛脳もいい加減にしろ。

 回復職のメルが潰れたら、レイチェルの命が危うくなるのがわからないのかよ。

 自分の愛欲を満たすことに夢中で、周りが全く見えちゃいない。

 子供相手に大人気ないとは思うが、本気でむかついた。


「なあバーニー、この糞ガキを殴っていいか?」

「こんな時に色恋沙汰の喧嘩はやめろと言いたいが、そうでもしなきゃ収まらんだろうな。好きにしな」


 よし、バーニーの許可は出た。俺はファイティングポーズをとり、少年に向けて華麗に挑発の台詞を吐く。


「来いよ少年。ガキと大人の愛の違いを教えてやる」



 ◇ ◇ ◇



 色ボケして頭に血がのぼったガキ相手なら、良い勝負になるだろうと思ったが甘かった。

 ステータスLVに差があるのだろうか、こちらが一発入れる間に三発被弾する。

 服を掴んでインファイトに持ち込んだが、ボコボコにされて地面に沈んだ。


「マイク、もうやめて」


 レイチェルが俺を庇って間に入った。


「レイ姉ちゃん、こんな弱っちい奴が好きなのかよ!」

「げほっ、レイチェル、助けに入ってくれてありがとう。愛してるよ」

「ヨシヒコ、私とメルのために怒ってくれたんでしょ。嬉しかった。愛してるわ」


 レイチェルの肩を借りてなんとか起き上がる。彼女に情けない姿を晒すことになったが、こんなことで俺達の愛は揺るがない。それには確信があった。


「レイ姉ちゃん、こんな奴より僕を選べよ!」

「マイク、私の伴侶はヨシヒコに決めたの」

「残念だったな少年。お前の愛は相手の気持ちを無視した自己陶酔な代物さ。

 俺とレイチェルは互いを必要とし、心と体を重ねて愛を育てた。

 この愛の違いを学んだら、さっさと失せろ」


 俺はダメ押しでレイチェルと唇を重ね、それをマイク少年に見せつけた。

 舌を絡め、わざとらしく音を立てて唾液を吸い合う。

 少年は悄然として立ち去った。


 去り際にメルが走り寄って治癒しようと声をかけたが、少年は無言でメルの手を振り払った。

 糞ガキめ、せっかく俺が体を張ったのに何も学んでいない。


 俺は地面に横になり、レイチェルの膝枕の上でため息をついた。



 ◇ ◇ ◇



 格好悪いが一件落着だとほっとしていたら、バーニーがにやにやして近づいてきた。ああ、言わずともわかるから、言うなよ。言わないでくれ。


「ヨシ、真顔であんな臭い台詞をキメるとは、おそれいったぜ」


 頼む、忘れてくれ。


「『ガキと大人の愛の違いを教えてやる』は名台詞だったぜ」


 だから忘れてよ。


「『心と体を重ねて愛を育てた』とか笑わせるぜ。

 たった二晩で何が育った、え?」


 もう言うな、言わないでくれ。


「『この愛の違いを学んだら』とか偉そうに、お前は何様だよ。

 そういう台詞は伴侶と十年以上連れ添ってから言え」


 恥ずかしくて精神的に死にそう。

 というか肉体的にも怪我で真面目にヤバイ。治癒魔法をプリーズ!


「俺っちに言わせれば、ヨシもマイクも愛を語る資格のない若造だ。

 だが、マイクは己のために、ヨシはレイとメルのために戦った。その違いは認めてやるぜ。

 メル、この()()()()()治癒(ヒール)をかけてやってくれ」


 バーニーに呼ばれてメルが俺の傍に来る。

 泣き腫らした瞼が痛々しいが、意外にさっぱりした表情だ。


「ヨシさん、あの……ありがとう。わたしは羊番のメル、聖者メリッサです」

「俺は、流れ者のヨシ、剣士ヨシヒコだ。早速で悪いが治癒を頼む」


 メルは頷いて光魔法の呪文を唱える。


「聖母よ、我がマナを捧げて請い願う。進め光、時を駆けて友を治癒せよ!」


 白い光の粒子が俺の体へ奔流となって流れ込み、体の傷や痣が治ってゆく。

 ゲームの設定では、MP2を消費して10日分の自然治癒を起こす魔法だ。

 自然治癒では治らない大怪我は、この治癒(ヒール)呪文では治せない。今のメルには使えない再生(リジェネレイト)呪文が必要となる。それは術者がステータスLV3以上にならないと発動できないのだ。

 パーティで魔物を倒して経験値をメルに分け与え、一刻も早くメルをLV3にすることが肝心だ。俺達の生存率はそれでグンと高まる。


「ヨシ、治ったらさっさと起きろ。パーティを組んで出発するぜ」


 レイチェルの膝枕をもうすこし堪能していたいが、仕方ない。

 さて行くか、俺達の冒険の旅へ。


次から第三章です。

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