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ポンコツMMORPGへようこそ  作者: フォークと白紙
残念美人と羊番
15/19

辺境の民の義務

 激しく吠える牧羊犬に眠りを覚まされた。

 俺と抱き合って寝ていたレイチェルがガバッと起き上がり、いきなり服を掴んで「着衣!」と唱える。彼女の裸体を一瞬で服が包み込む。


「ヨシヒコ、剣を持って付いてきて」


 彼女は頭陀袋(マジックバッグ)から剣を取り出して俺に手渡すと、魔術師の長杖を引っ掴んで寝床のテントから飛び出していった。

 夜明け直後の冷え切った空気がテント内に流れ込み、俺は寒さに震えた。まずは状況確認だ。


 今夜は藤原の部屋で酒を飲み、誘惑されて彼女を抱いた。三回?いや四回したかな。一回目はすぐに果ててしまい、藤原に「プッ、早すぎっす」とバカにされた。二回目は藤原を絶頂に導いて汚名返上したが、三回目以後も厳しい戦いだった。俺は限界まで精力を搾り取られて最後は寝落ちした。


 まあ、そんなわけで俺は藤原の部屋で眠りに落ち、毎晩見る『ゲーム世界の夢』の中で目覚めたところだ。場所は放牧キャンプ、時間は早朝、犬が異常を知らせている。よし、状況確認完了。


 俺は両手で自分の頬をパンと叩き、喝を入れた。

 そして着衣して剣を握り、レイチェルの後を追ってテントを出た。



 ◇ ◇ ◇



 放牧キャンプを囲う柵の出入り口に、羊番たちが武器を手にしてわらわらと集まってくる。レイチェルと俺もその集団に加わった。

 柵の外側に目を向けると、こちらを目指して兵士が隊列を組んで接近中だ。


「レイチェル、あいつらは?」

「魔物討伐軍よ。盗賊よりはマシだけど、嬉しいお客じゃないわ」


 ゲーム設定では、魔物討伐軍は州都に駐屯しており、森から魔物が溢れると出撃して討伐する。時には森に分け入って魔物を間引くのが仕事だ。

 魔物の脅威から人々を守る軍隊であり、感謝されこそすれ、嫌がられる存在ではないはずだが。


 兵士の隊列は柵の50mほど手前で止まり、素早く横陣を展開した。

 槍や剣を装備した歩兵がざっと40〜50人、騎兵が数名だ。

 騎士甲冑を着た指揮官らしき騎兵が大声を上げる。


「我らは魔物討伐軍327偵察小隊である。ここの長は前に出よ」


 俺たち羊番集団の先頭に立っていた壮年の男が一歩踏み出して、大声で返事をする。


「俺っちは羊番頭のバーニー、槍士バーナード。ここの長だぜ」

「お前が長か、話がある。武器を持たず一人でこちらへ来い」

「騎士様が羊番ごときを恐れるとは笑い草だぜ、互いに武器持ちで中間地点だ!」

「はは、その気骨、気に入った。よかろう」


 バーニーは振り返って小声でレイチェルに指示を出す。


「レイ、俺っちが合図したら出入り口を火炎壁で塞いでくれや」

「バーニーの合図で火炎壁、了解よ」


 バーニーは短槍を手にして、騎士は戦斧を手にして互いに歩み寄り、中間地点で相まみえた。

 映画のワンシーンのようでカッコイイな。俺は固唾を呑んで成り行きを見守る。

 そこそこ距離はあったが、バーニーと騎士の会話は俺達にも聞こえた。

 両者ともに敢えて大声で会話して、密室取引とならないように気を配っている。


「それで、用件は何ですかい?騎士様」

「なに、たいしたことではない。50人10日分の食糧の徴発だ」


 騎士の要求内容から、魔物討伐軍が『嬉しいお客じゃない』ことを俺は理解した。

 兵站を整えず、行く先々の集落で食糧を現地調達しているのだ。これじゃ嫌われるわな。


「それは無茶だぜ騎士様。そんな量を徴発されたらキャンプの備蓄食糧が底をついちまう」

「羊を潰して食べれば良いだろう」

「ふざけんな、羊は俺達の財産、稼ぎの種だ!食っちまったら未来が無くなる」


 バーニーが短槍を頭上で大きく振る。

 それを見たレイチェルは呪文を唱え、出入り口に火炎壁を出現させた。

 おいおい、軍隊と喧嘩なんて無理だろ! 俺のレイチェルに何をさせやがる。


「ほう、我ら魔物討伐軍と一戦交えるつもりか」

「財産を損ねるやつらは、俺達にとっちゃ盗賊と変わらねぇ。お相手するぜ」


 相手は50名の正規軍、こちらは数十名の羊番。戦って勝てる見込みはない。だが一矢報いるぐらいは可能だ。バーニーの口ぶりからして、実際に盗賊相手に一戦交えた経験もあるのだろう。周りの羊番の連中も覚悟が決まった目付きになった。


「戦えば命はないぞ」

「勝てるとは思ってねえよ。だが、どうせ死ぬなら騎士様が欲しがっている食糧も羊も全部、火魔法で焼き尽くて何も残しませんぜ」


 バーニーのブラフに対し、騎士は決定的な対立を避けて攻め口を変えた。妥協点の探り合いが始まる。


「魔物討伐軍の求めに応じるのは、辺境の民の義務であろうが」

「求めるにも限度があるって話ですぜ、騎士様」


 騎士はため息をつき、問いかけた。


「どこまでなら出せる」

「50人3日分」

「ならぬ、7日分だ」

「騎士様、これは街の屋台の値切りじゃないんだぜ。掛け値なしで3日分だ」


 騎士はしばらく思案した後に言った。


「宜しい、徴発する食糧は50人3日分だ。

 食糧の不足分は狩りで贖うとしよう。パーティを1つ用意しろ。

 我が小隊に従軍し、10日間の狩猟を命ずる。

 狩場は魔物の出る森の中だ。腕利きを選んでくれ」


 バーニーは難色を示す。


「騎士様、パーティ1つで50人分の食糧を狩るのは無理だぜ」

「狩りには兵も使う。兵が野獣を追い込み、お前たちのパーティが仕留める」

「仕留めるのも兵で良いだろ。わざわざ俺達を使う理由がわからねーな」

「魔物と戦えば力が授かり、仕留めれば換金アイテムを落とす。戦いで死傷すれば軍規で定められた報償も出る。だが野獣と戦っても食糧以外に得るものがなく、死傷すればやられ損だ。払う犠牲と成果が釣り合わず、兵が嫌がるのだ」


 食糧を得られるなら十分に釣り合うと思うが、食糧は徴発するものと考えている連中にとっては釣り合わないのだろう。


「兵と違って、俺っちのパーティは都合よく使える駒ってことですかい」

「そういうことだ。嫌なら10日分だ。選べ」

「食糧3日分とパーティを出す」

「よし、決まったな」



 ◇ ◇ ◇



 交渉を終えて戻ってきたバーニーは、差し出す分の食糧集めを指示し、従軍パーティの人選に入った。


「聞こえていたと思うが、魔物討伐軍に従軍するパーティを出すことになった。

 騎士様は狩人を雇う風に言ったが、実質は10日間の期限付き徴兵だ。

 森の中に踏み込む以上、命の保障はできねぇ。

 悪いがメンバーは俺っちが選ぶ。一人目は俺自身だ」


 交渉をまとめた本人が、責任をとって一番の危険を引き受ける。

 いいねぇ、理想の上司だよこの人。


「二人目はレイ、このキャンプ一番の火魔法の使い手だ。引き受けてくれや」


 レイチェルが黙って頷く。

 なんだと!理想の上司は撤回だ。俺のレイチェルを危険に巻き込むんじゃねーよ。


「三人目はヨシ、魔物八匹を倒した男だ。その剣の腕を見込んで頼むぜ」


 え、俺ですか。

 魔物を倒せたのは剣の性能ですから。

 俺は糞弱いんで、森に入ったら死んじゃいますから。

 と、即座に辞退したいところだが、レイチェルが行くならば俺も行くぜ。こんちくしょう。


「四人目はメル、このキャンプでただ一人の回復職だ。レイを支えてくれや」


 メルと呼ばれた10代半ばの少女が、体を震わせ涙目で頷く。

 丸顔で金髪のベリーショート、小柄でぽっちゃりした体つき。庇護欲を掻き立てるタイプだ。


「わたし……レイ姉ちゃんのために頑張る」


 そう言ってレイチェルに抱き着いた。レイチェルも優しくメルの頭を撫でて応える。

 美女と美少女の抱擁シーン、これは良いものが見れたぜ。


「人選は以上だ。急いで旅支度を整えろ、すぐ出発するぜ」


 前衛の槍と剣、後衛の攻撃魔術師と回復職。バランス良いパーティだ。

 問題は俺がへなちょこ剣士であることだ。回復職の少女もメンタル弱そうだなぁ。

 うーん、不安でたまらん。


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