残念美人とデート
どうしてこうなった。
「皇さん、ここが私の家っす。さあ、入って入って」
駅のホームで怒らせたお詫びに飯を奢ってチャラにしようと軽く考えて、藤原と街をぶらついたのが失敗だった。
こっちこっちと藤原が引っ張るので、お気に入りのレストランがあるのだろうと行先をまかせたら、ワンルームマンションに連れ込まれてしまった。
「なあ藤原、一人暮らしの女が男を自宅に招く意味をわかってるか?」
「セックスおっけ~、て意味っす」
直球すぎる!もうすこし遠回しの表現にしろよ。
てか、OKなのか。マジかよ。
いままで手を出すつもりは欠片も無かったが、二十代後半でフェロモン出まくりのゆるふわ美人。抱きたいか抱きたくないかで言えば、抱きたい。だが、中身に問題がありすぎて恋人や嫁にしたくないし、同じ職場で顔を合わせる以上、やり捨てることもできない。
やるなら互いに承知した一夜の関係、後腐れのない大人の遊びで済ませたい。
などと卑怯なことを考えて部屋に上がったのだが、俺の下心はお見通しとばかりに直球勝負を挑まれた。ここで言質を取られて結婚を迫られるような事態は避けたい。まずは躱そう。
「おいおい、俺と藤原はそんな関係じゃないだろ。ただの同僚、違うか?」
「そっすね。だから安心っすね。問題な~し」
んなわけあるか、問題ありありだ。
これから、そういう関係になっちまいそうだろうが。
だが、ここは話の流れに乗っておく。別の話題を振って逃げ切ろう。
「そうか、問題ないなら良い。
しっかし、汚い部屋だなぁ、人を招くならば事前に掃除ぐらいしとけよ」
「週末のつもりだったのに、『今すぐやれ』って約束を急かすからっす」
「約束?俺が急かした?いったい何の話だよ」
藤原が言うには、一緒に酒を飲みその後に下着姿を見せる約束だったらしい。
なるほど、アレか。それを履行しようとするなど、常軌を逸脱している。
「アホか。俺が今すぐと命じたのは、NPC村人のパンツの落書きを消すことだ。落書きの内容じゃない」
藤原は頬を膨らませてジト目で俺を睨んだ。くっそ、可愛い仕草をしやがって。
俺はお前の下着姿なんか見たくねーよ。本音では見たいけど、見るだけでは済まないからな。
「パンツはともかく、酒のほうは付き合うよ。ワインか?」
「正解っす。一人でボトル一本空けるのは辛いんで、飲む相手が欲しかったんすよ」
「藤原、おまえは友達いないのかよ」
「うっさい!」
冗談のつもりだったが、藤原の心に刺さる言葉だったらしい。
簡易キッチンに向かった藤原は、濡らした布巾を俺に投げつけてきた。
黙ってキャッチし、足元のローテーブルを拭いていると、底の広いワイングラスを2つ手にして藤原が戻ってきた。
「皇さんは、飲み友達が沢山いるんすか」
「昔はいたが、ここ数年は仕事が忙しすぎて連絡もしてないな」
「なーんだ、実質、私と変わらないっすね」
「うっせー、連絡してないだけだ」
藤原は、やり返してやったとばかりにニヤニヤして立ち上がり、部屋の角に鎮座する巨大なワインセラーから一本のボトルを引き抜いてテーブルに置いた。藤原がワインマニアという噂は本当だった。自宅に本格的なワインセラー、しかもキッチンの冷蔵庫より大きいぞ。
「じゃーん、今日の主賓、D,R,C La Tâche 1992 っす」
「凄いのを出してきたな。ブルゴーニュのオールドビンテージじゃないか」
「部長から貰ったっす」
「ああ、例の事件の詫びワインか」
数々の社内伝説を積み上げている藤原だが、例の事件はその中でも極めつけの逸話だ。
他社から高給で引抜かれて入社した藤原に対して、経営陣は豪華な歓迎会を催した。
藤原の中身はまだ知られておらず、その美貌に男性陣は全員デレデレだった。
そして件の部長が酔った勢いで権力を嵩に口説きはじめた。最初は軽くあしらっていた藤原だったが、尻と胸を撫でられてブチ切れた。
部長はその場で藤原に張り倒され、尻穴にビール瓶を捩じ込まれ、肛門炸裂で病院送りになった。
藤原曰く『セクハラしていいのは、セクハラされる覚悟がある奴だけっす』
あきらかに過剰防衛なのだが、それは問題にされず、部長が藤原に謝罪してお詫びの品を差し出すことで手打ちとなったのだ。
セクハラの代償はいくらかと興味本位でスマホで検索した俺は血の気が引いた。予想と一桁違う!
ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ ラ・ターシュ 1992 市場価格45万円。
「おいおい、これを今日開けて良いのかよ。もっと特別な日に特別な相手と飲むワインだろうが」
「特別って?」
「彼氏と婚約の日に、とかそういうやつだ」
藤原は返事をせず、ボトルの封蝋を剥がし、二股の薄歯が付いた古酒用オープナーをコルクに刺し、慎重に奥まで差し込む。それからゆっくりコルクを引き上げて抜栓した。コルクの底を鼻に近づけて香りを確かめて頷く。
「うん、良い香り……ダメになっていなくて良かったっす。
私、皇さんが好きっす。
そして、今日は初デートっす。
特別な相手と特別な日にこのボトルを開けることができて良かったっす」
この告白はずるい。くっそ、やられた。逃げ道なし。
「好きって、いつから?」
「昨日、朝起きたら好きになってたっす」
「は? 最近、俺と藤原の間で、そんなロマンス溢れるキッカケあったか?」
「ないっすね」
訳がわからん。奇人変人の藤原を理解できるのは同類だけだろう。凡人の俺には無理だ。凡人を代表して素朴なツッコミを入れておこう。
「それ、変だろ」
「わけわかんないっす」
お前も訳がわからないのかよ!
「藤原、そもそもお前にはIT起業家のイケメン彼氏がいるだろうが」
藤原のイケメン彼氏は、超高級外車を会社の玄関に乗り付けて藤原を送り迎えし、社内で話題になった。藤原も『金持ちイケメン』って浮かれていた。
「あんなやつ、とっくに別れたっす」
そういえば、最近見ないな。
「外見が良いだけで、中身は最悪っすよ」
それ、藤原のことじゃん。似た者同士お似合いだぜ。
「金や地位で私を囲って飼おうとする男にはうんざりっす。
あいつが求めていたのは私じゃなくて、私をアクセサリーにして周りに見せびらかすことっす。
私の都合や希望はガン無視で連れ回し、挙句に『仕事を辞めて家庭に入れ、BL同人活動も卒業しろ』と命令するんすよ。冗談じゃないっす。ぶん殴って蹴り飛ばしてサヨナラしたっす」
なんだよそれ、プロポーズされてるじゃん。
お前を妻に望む奇特な男は二度と現れないぞ!しかも金持ちイケメン。
それを(物理的にも)蹴って別れるとか正気か?
うむ、わかっている。藤原は正気じゃない。頭オカシイ女だ。