スカートの中の伝言
牧草地への道すがら、俺とレイチェルは色々な話をした。
羊の扱い方、キャンプ地での暮らしのこと、レイチェルの両親のこと。
「父のことは覚えていない。魔物討伐軍の兵士で、私が生まれてすぐに戦死してしまった。母も兵士だったけど、私を育てるために軍を辞めて、放牧の暮らしに入ったの。そして私が成人の儀を済ませる前の年に病気で亡くなったわ」
「お母さんは兵士だったのか。筋骨たくましい女傑? それとも君に似てスレンダーな美女?」
「えと、よく覚えていないわ」
「え?」
成人直前までともに暮らした母の容姿を覚えていない、覚えていないことに疑念も感じない……レイチェルは本物の人間のように見えるし、彼女の心の存在も感じられるが、こういうところに作り物のNPCっぽさが垣間見えて少し悲しくなる。
このゲーム世界は稼働開始から一ヶ月も経過してしない、出来立てホヤホヤの世界だ。それ以前の過去は存在せず、フレーバーテキストによる歴史設定があるのみ。レイチェルの両親は架空の存在で、彼女にそういう記憶(過去設定)が与えられているに過ぎない。母親の設定絵までは用意されていなかったのだろう、彼女が覚えていないのはそれが理由だ。
『世界五分前仮説』というものがあるが、ここはその仮説を地で行く世界なのだ。
「ヨシヒコのご両親はまだ生きているの?」
「ああ、故郷の父と母はピンピンしてる」
「いつか会ってご挨拶したいわ。ヨシヒコの故郷は遠いのかしら?」
「ああ、それは……」
レイチェルに嘘をつきたくない。俺の正体を明かすべきだが、火炙りにならないように上手く説明しないとな。
俺の故郷はこことは違う世界だ。
昨日、突然この世界に飛ばされた。
その原因はわからない。神様の意思かもしれない。
ここから故郷に戻る方法はわからない。
結局こんな説明をした。うん、嘘は言っていない。言わなかったことがあるだけだ。
俺のトンデモ説明に、レイチェルはかなり驚いていたが「そんな不思議なことがあるのね」と、彼女はあっさり納得した。俺の話を否定や拒絶せずに受け入れたのは、おそらく彼女の魂である自律学習AIの性質だ。それは新しい情報を取り込み、論理の一貫性や既知情報との整合性を精査し、問題なければそれを受け入れて、自らの知識データベースを更新することで、人格や個性が成長するように設計されている。
人工的な疑似人格だが、十分に学習が進めば、本物の人間と区別がつかなくなるだろうと俺は思っている。今現在でも日常会話や、恋人同士のバカップル会話ならば全く違和感がない。哲学的議論を吹っかけると、まだボロが出るけどな。
◇ ◇ ◇
牧草地に到着した俺達は羊の群れを放し、灌木の陰に肩を寄せ合って座った。
柔らかな春の日差し、ゆったり流れる雲、隣には愛する女。最高に満ち足りた時間だな。いつまでもこうして彼女の肩を抱いて寛いでいたいが、試したいことがある。
俺は、親指をたてて胸の前で左から右へシュッと、空中でスワイプする動作をしながら「システムウィンドウ」と唱えた。
初期ステータスのままで非力な今の俺では、魔物が跋扈するこのゲーム世界で自分自身やレイチェルを護ることが難しい。昨日の魔物八匹との戦いでは、一歩間違えば死んでいた。自身を強いプレイヤーキャラに育成するには、ガチャで当たりを引いて装備とスキルを揃える必要がある。なんとかして、システムウィンドウを開いてガチャメニューを操作したい。
そこで現実世界にて俺はゲームエンジンに手を加え、プレイヤーがシステムウィンドウを開くときに、プレイヤーキャラが特定の動作を行うようにした。ちょっとした演出の追加に過ぎないが、このゲーム世界にいる俺がその動作をすることで、システムウィンドウを開くことができると思ったのだ。
シュッ「システムウィンドウ」
シュッ「システムウィンドウ!」
シュッ「開けシステムウィンドウ!!」
シュッ、シュッ「システムウィンドウ、オープン」
ダメだ、なにも起きない。失敗だ。
レイチェルが俺を不思議そうに眺めている。俺はこの場を誤魔化すために話題を振った。
「ああ、レイチェル。キャンプの皆のように、俺も君を『レイ』と呼んだ方が良いかい?」
「何を言ってるのヨシヒコ。私たちは昨夜『伴侶の交わり』をしたのよ、いまさら呼び名なんて嫌! ちゃんと名前で呼んで」
伴侶の交わり?ハンドル?アイディ? ちょっと何のことか分からない。悪いけど教えてくれ。
「信じられない。ヨシヒコの故郷って、いったいどんなところなのよ」
レイチェルは半分呆れながら説明してくれた。
彼女の場合、『レイ』が呼び名で、『レイチェル』が名前だ。
いかにもゲーム世界らしい用語だな。
そして、互いに名前を呼び合ってセックスするのが『伴侶の交わり』だ。子を授かるには伴侶の交わりが必要で、妊娠すると二人は夫婦となる。逆に名前を呼び合わなければ妊娠しない。楽しむだけのセックスだ。それを『娯楽の交わり』と呼ぶ。
マジかよ、なんと簡単で確実な避妊方法!
この世界には性病もなさそうだし、夜は他に楽しみもないとすれば、『娯楽の交わり』放題ではないだろうか。確かにレイチェルは男慣れして床上手だったなぁ……俺は恐る恐る、彼女の性生活を尋ねた。
「毎晩、夜這いされるわよ。気分が乗らなかったり、気に入らない相手は追い返すけど」
「つまりあのキャンプの連中とは……」
「今いる人達は良い人ばかりだから、追い返したことはないわ」
ぐはぁ、俺は連中と穴兄弟だった。
幻滅したぜレイチェル、おまえは誰とでも寝る女だったのかよ。
「失礼ね、私は貢物を目当てに無節操に交わる女じゃないわ。
相手は選ぶし、一晩に一人よ。夜に娯楽の交わりをするのは、キャンプ地に泊まる女の務めよ」
ごめん、なじった俺が悪かった。そういう社会習慣だということはわかった。
だが、レイチェルが他の男に抱かれる? 嫌だ、絶対に認めないぞ。
「私もヨシヒコが、他の女を抱くのは嫌よ」
「バカ言うな、俺はレイチェル一筋だ」
「なら、私もヨシヒコ以外には抱かれない。夜這いは追い返す」
ありがとうレイチェル。だが『務め』はどうする。罰を受けたりしないのか。
「務めは一晩に一人で良い。相手はいつもヨシヒコ。これで問題はないわ。これから毎晩、私を可愛がってね」
こんなことを言われたら、夜までなんて待てないぞ。
野外だが構うものか、今ここで可愛がってやる。
◇ ◇ ◇
一戦交えてスッキリした俺たちは、さっと着衣して昼飯の支度を始めた。そのとき事件が起こった。
レイチェルのスカートの裾に潅木の枝が引っ掛かり、それに気付かず彼女が座ろうとした結果、裾が捲れあがって、その中の可愛いお尻が、俺の目に飛び込んできた。先ほどまで全裸で絡み合っていたので、お尻そのものにはありがたみを感じなかったが、問題はそこではない。彼女のお尻には桃色の布切れが張り付いていた。パンツを発見!!
レイチェルは「何よ、もう」と可愛く悪態をついて裾を直そうとしたが、俺はそれを押しとどめる。
「待ってくれ、パンツをじっくり観察させてほしい」(迫真)
残念な人を見る目で睨まれたが、俺は怯みはしない。毒を喰らわば皿までだ。
お尻側から詳細に観察を進める。シルキーな光沢を放つピンクの布地には凝ったレース飾りが縫い付けられており、日常履きの下着とは思えない。前はどうなっているのかと正面にまわって覗き込む。なんと前側はスケスケのシースルー生地だった。
これは勝負パンツと断定して良いだろう。着衣解除の魔法一発で全裸になってしまうこのゲーム世界で、勝負下着に存在意義があるのか甚だ疑問である。さらに観察を続けると、シースルー生地には手書きで文字が書き殴られていた。
---------------------------------------------------
NPC女子のスカート中を覗く変態男へ
興奮したっすか? 飲みにつきあってくれるなら
わたしがこのパンツを履いて覗かせてあげるっす
---------------------------------------------------
藤原ーーーっ、お前の悪戯かぁああああああ!!